The Incredible String Band – The Big Huge (1969)
英国アシッド・フォーク/サイケデリック・フォークの最高峰として君臨し、ビートルズやレッド・ツェッペリン、さらにはのちのフリーク・フォーク勢にまで絶大な影響を与えたスコットランド発のグループ、ジ・インクレディブル・ストリング・バンド(The Incredible String Band)。彼らが名匠ジョー・ボイド(Joe Boyd)のプロデュースのもと、1968年後半に録音し、英国での2枚組大作『Wee Tam and the Big Huge』の後半部として、米国ではエレクトラ(Elektra Records)から1969年に単独LPとして分売された金字塔が、この『ザ・ビッグ・ヒュージ(The Big Huge)』だ。
ケルトの民間伝承と東洋神秘主義が交錯するコズミックな音世界
『The 5000 Spirits or the Layers of the Onion』や『The Hangman’s Beautiful Daughter』でサイケデリック・フォークの表現領域を一気に押し広げたロビン・ウィリアムソン(Robin Williamson)とマイク・ヘロン(Mike Heron)。パートナーのリコリス・マッケクニーやローズ・シンプソンを交えた4人体制で制作された本作は、日常の営みや素朴な自然を描いた『Wee Tam』に対し、広大無辺な宇宙の運行や東洋哲学、神秘主義的ヴィジョンへと深く分け入った瞑想的な性格を帯びている。
その極致が、アルバムの幕開けを飾る9分超の叙事詩「Maya」だ。ヒンドゥー教の「マーヤー(現世の幻影)」をモチーフに、シタールやシェーナイ、サラング、ウードといった多彩な東洋・中東楽器が交錯するなか、ウィリアムソンの歌声は存在の儚さと超越的な美を幻惑的なリズムに乗せて歌い上げる。さらに、禅の思想に触発された著書『頭がない男(On Having No Head)』で知られる哲学者ダグラス・ハーディングに捧げられた「Douglas Traherne Harding」など、60年代後半のカウンターカルチャーが希求した精神世界の探求が生々しく刻まれている。
ジョー・ボイドとジョン・ウッドが捉えたアコースティックの生々しい立体美
本作のサウンドを語る上で欠かせないのが、ロンドンのサウンド・テクニクス・スタジオにおいてプロデューサーのジョー・ボイドと名エンジニアのジョン・ウッドが創り上げた卓越した音響空間だ。ニック・ドレイクやフェアポート・コンヴェンションを手掛けた黄金コンビによる録音は、生楽器の一音一音の擦れや倍音、ハルモニウムの呼吸までもが生々しい立体感をもって記録されている。
マイク・ヘロンによる「Cousin Caterpillar」では、毛虫の変態を寓話的に捉えた素朴なユーモアと、万物に魂が宿るアニミズム的な世界観がアコースティック・ギターとマンドリンの温かな調べに乗せて奏でられる。また、ウィリアムソンによる「The Iron Stone」の重層的でプログレッシブな展開や、祈りのように穏やかな讃歌「The Circle Is Unbroken」の神聖な旋律は、トラディショナル・フォークの形式美を解体・再構築した彼らの独創的なソングライティングの頂点を示している。
ウッドストック前夜、ヒッピー・カルチャーの純粋な夢を伝える不朽の遺産
本作をリリースした1969年、彼らは歴史的なウッドストック・フェスティバルのステージに立ち、世界的な注目を浴びることとなる。電気楽器による爆音のロックが台頭する嵐のなかで、世界の民族楽器と古風な詩情、そして自然への畏敬を抱きながら孤高のユートピアを築き上げたインクレディブル・ストリング・バンド。『The Big Huge』は、サイケデリック・ムーブメントが到達した最も純粋で霊的な美を永遠に留めた、英国フォーク史に燦然と輝く名盤だ。
トラックリスト
- A1 - Maya (9:24)
- A2 - Greatest Friend (3:30)
- A3 - The Son Of Noah's Brother (0:16)
- A4 - Lordly Nightshade (5:13)
- A5 - The Mountain Of God (1:51)
- B1 - Cousin Caterpillar (5:15)
- B2 - The Iron Stone (6:33)
- B3 - Douglas Traherne Harding (6:15)
- B4 - The Circle Is Unbroken (4:47)