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The Mops – モップスと16人の仲間 (1972)

The Mops『モップスと16人の仲間』について

The Mops(ザ・モップス)の『モップスと16人の仲間』は、1972年に日本で出た作品で、バンドの活動後期にあたる1枚だ。1960年代後半のグループサウンズから出発し、サイケデリック・ロックで知られるこのバンドにとって、60年代のイメージだけで語れない時期の記録でもある。

モップスは、1966年に高校の友人同士で結成されたバンドで、初期はベンチャーズ系のインストゥルメンタル色が強かった。その後、時代の空気を取り込んでサイケデリック路線に踏み込み、日本のサイケ・グループの代表格として知られるようになる。『モップスと16人の仲間』は、そうした流れの先にある作品として位置づけられる。

作品の位置づけ

モップスは、1970年代に入るとToshiba/EMIへ移り、よりブルースロック寄りの方向へ進んでいった。この作品が出た1972年は、そうした移行期の中にある。グループサウンズの華やかさだけではなく、より演奏中心のロックバンドとしての側面が見えやすい時期だ。

バンドは1971年の「月光仮面」にあたる「Gekko Kamen (Moonlight Mask)」でヒットを記録しており、同じく1971年には「Goiken Muyo (No Excuse)」、翌1972年には吉田拓郎が提供した「Tadoritsuitara Itsumo Amefuri」でも動きがあった。そうした流れの中での1972年作という点は、この時期のモップスを追ううえで重要だ。

モップスの文脈と比較

モップスは、日本のグループサウンズの中でも、単なる歌謡寄りのバンドではなく、洋楽ロックの影響を前面に出した存在として語られることが多い。とくにサイケデリック期は、Jefferson AirplaneやThe Doors、The Animalsといった同時代の英米ロックの影響がはっきり見える。

ただし、モップスのオリジナル曲は、必ずしもサイケの作り込みだけでなく、ガレージ感のある演奏に寄ることが多い。そこが、同じGSでも他のバンドと少し違うところだ。日本のロック史の中では、早い段階でサイケやスタジオ的な工夫を持ち込んだバンドとして見られている。

作品にまつわるエピソード

モップスのサイケ時代は、かなり印象的な逸話が多い。1968年のアルバム『Psychedelic Sound in Japan』では、サイケデリックな装丁や衣装、ファズ・ギター、シタールなどを取り入れ、発売記念の場で記者にバナナの皮を配ったという話もある。そうした振る舞いからも、バンドが当時のヒッピー文化やサイケの空気を強く意識していたことがわかる。

また、「Blind Bird」のように、歌詞に“please kill me”が含まれる曲が一部の再発盤で外されたこともあった。モップスが、当時の日本のロックの中でも少し踏み込んだ表現をしていたことを示す例だ。

聴きどころとして見えるポイント

実際にこの時期のモップスを聴くと、60年代末のサイケ色だけでなく、70年代らしいロックバンドの輪郭が前に出てくる。ファズやオルガンの厚みだけで押すのではなく、曲の作りや歌の運びに、より整理された印象がある。

『モップスと16人の仲間』というタイトルも、バンド名義のアルバムでありながら、周辺の仲間や時代の空気まで含めてまとめたような響きがある。モップスが長く活動を続けたバンドだったことを考えると、この時期の作品は、サイケの代表バンドという枠から少し広がった姿を示す1枚と言えそうだ。

基本情報

  • アーティスト: The Mops
  • タイトル: モップスと16人の仲間
  • オリジナルリリース年: 1972年
  • リリース国: 日本
  • ジャンル: Rock
  • スタイル: Folk Rock, Psychedelic Rock

トラックリスト

  • A1 – たどりついたらいつも雨ふり
  • A2 – 大江戸冒険譚
  • A3 – いつか
  • A4 – マイ・ホーム
  • A5 – 母さんまっ青
  • A6 – くるまとんぼ・アンドロメダ
  • B1 – あるがままに
  • B2 – ねえ、ちょいとそこゆくお嬢さん
  • B3 – 当世少女気質
  • B4 – 窓をあけろ
  • B5 – もう、いやだよ
  • B6 – 輪廻

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2026.09.21
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