Ash Ra Tempel – Ash Ra Tempel (1971)
西ベルリンのアンダーグラウンド・シーンから生まれたアシ・ラ・テンペル(Ash Ra Tempel)が、1971年にドイツの新興レーベルOhr(オール)から発表した記念すべきデビューアルバムが本作だ。ギタリストのマニュエル・ゲッチング(Manuel Göttsching)とベーシストのハルトムート・エンケ(Hartmut Enke)、そしてタンジェリン・ドリーム(Tangerine Dream)の1stアルバム『Electronic Meditation』に参加した直後だったドラマーのクラウス・シュルツェ(Klaus Schulze)の3人によって結成された。
ハンブルクでの1日セッションとコニー・プランクの手腕
もともとゲッチングとエンケは、1960年代末からスティープル・チェイス・ブルースバンドなどのビート/ブルース・グループで腕を磨いていた。1970年にシュルツェと合流した彼らは、ベルリンのアート拠点「ゾディアック・フリー・アーツ・ラボ(Zodiak Free Arts Lab)」などを舞台に、定型的な楽曲構成を捨て去り、30分を超える長尺のフリーフォームな即興演奏へと傾倒していく。
彼らのライブパフォーマンスに着目したOhrレーベルの主宰者ロルフ=ウルリッヒ・カイザーの計らいにより、1971年3月11日、バンドはハンブルクのスター・スタジオ(Star-Musikproduktion Studio)に入った。当時ベルリンには実験的な大音量セッションを十全に録音できるエンジニアが少なかったため、カイザーの紹介で白羽の矢が立ったのが、後にクラウトロックの名作群を一手に手掛けることになる音響エンジニア、コニー・プランク(Conny Plank)だった。
プランクは彼らの生々しいインプロビゼーションのダイナミクスを損なうことなく、テープエコーやリバーブを巧みに操りながら、わずか1日のスタジオセッションで本作の録音を完了させている。オーバーダブを極力排し、スタジオライブに近い一発録りのテンションを記録したエンジニアリングの手腕が、バンドの初期衝動をそのまま盤面に刻み込んでいる。
「動」と「静」が対をなす2つの長尺インプロビゼーション
本作の構成は極めて明快で、レコードの各面に1曲ずつ、それぞれ約20分と約25分の長大なインストゥルメンタルが収められている。「動」と「静」、「陽」と「陰」の対比を明確に意識したこのコンセプチュアルな構成は、その後のバンドの作品群にも受け継がれていく基本フォーマットとなった。
A面を占める「Amboss」(金床の意、19分40秒)は、重厚なスペースロックの嵐のようなトラック。静かなシンバルレガートとエコーを伴うギターのつま弾きから徐々に熱を帯び、シュルツェの力強いドラミングとエンケのうねるベースラインが疾走感を加速させていく。その上をゲッチングのファズが歪んだリードギターが切り裂き、後半にかけて音の壁となって雪崩れ込む展開は、当時のトリオ編成ならではの推進力に満ちている。
対するB面の「Traummaschine」(夢の機械、25分24秒)は、打って変わってビートを排した静謐なコズミック・ドローン。揺らぐギターの持続音、電子音、控えめなパーカッション、そして微かなボーカルの響きが霧のように漂う。ブライアン・イーノらが「アンビエント」という言葉を定義するより数年早く、空間そのものを音で満たすような実験が試みられている。
ピラミッド型の特殊見開きジャケットとその後
音楽内容とともに初期盤の大きな特徴となっているのが、ベルンハルト・ベンディヒ(Bernhard Bendig)がデザインを手掛けた凝ったパッケージングだ。オリジナルLP(カタログ番号 56 013)は中央から左右に開く観音開き(ダブルフォールドアウト)の変形仕様となっており、展開するとピラミッドや寺院、天体を描いた幻想的なアートワークと、各曲のテーマを記した詩的なテキストが現れる仕掛けになっていた。
録音終了後、ドラマーのクラウス・シュルツェはバンドを離れ、自身のソロ活動へと移行(1972年に1stソロ作『Irrlicht』を発表)。残されたゲッチングとエンケはゲストメンバーを招き入れながら『Schwingungen』やティモシー・リアリーとの共作『Seven Up』を制作していくことになる(シュルツェは1973年の『Join Inn』で一時的に復帰)。クラウトロック黎明期のベルリンが生んだ、エレクトロニクスとサイケデリックジャムの交差点を示す記録として位置づけられる作品だ。
トラックリスト
- A - Amboss (19:40)
- B - Traummaschine (25:24)