Luis Alberto Spinetta – A 18′ Del Sol (1977)
アルゼンチン・ロックの先駆者ルイス・アルベルト・スピネッタが、トリオ編成のバンド「インビシブレ(Invisible)」を解散させた直後の1977年に発表したソロ通算3作目(バンド時代を含めると通算10作目)のアルバム。ジョン・マクラフリン率いるマハヴィシュヌ・オーケストラやマイルス・デイヴィスらのジャズ・ロック/エレクトリック・ジャズに深く傾倒し、洗練されたフュージョン・サウンドを全面に展開した作品だ。
ディエゴ・ラポポルトとの出会いとカルテットの結成
1976年12月、ルナ・パークでの大舞台を最後にインビシブレを解散させたスピネッタは、新たな音楽的探求としてジャズの語法を採り入れたアンサンブルを構想し始める。翌1977年3月、ジャズの素養を持つキーボード奏者ディエゴ・ラポポルトがスピネッタの自宅を訪問。2人でセッションを重ねるうちに強い手応えを得たスピネッタは、インビシブレの盟友ベーシストであるカルロス・アルベルト・“マチ”・ルフィーノに「フェンダー(ジャズベース)を持ってこい」と声をかけて呼び寄せた。
当初はドラマー不在のままラポポルトの簡易的なリズムボックス等を併用してツアーを回っていたが、やがて腕利きのジャズドラマー、オズワルド・アドリアン・ロペスが加入。これにより、のちに「バンダ・スピネッタ」とも呼ばれる精鋭カルテットが完成する。なお、アルバム冒頭を飾る「Viento Del Azur」のみ、スピネッタの実弟であるグスタボ・スピネッタがドラムスを、マルセロ・ビダルがベースを担当している。
宇宙的なタイトルに隠された「10分の計算違い」
原題の『A 18′ Del Sol(太陽から18分)』は、「太陽から放たれた光が地球に到達するまでの所要時間」を意味するタイトルとして構想された。しかし実際の天文学上、太陽光が地球に届くまでの時間は約8分強(約8分19秒)であり、約10分の計算誤差・勘違いが生じていたことが判明する。それでもスピネッタとその制作陣は、この天文学的な誤りを知った後も、タイトルの持つ詩的でコズミックな響きを気に入り、変更することなくそのまま作品名として採用した。
精緻なジャズ・アンサンブルと過去の旋律
全曲の作詞・作曲とアレンジはスピネッタ自身が手掛けている。ディエゴ・ラポポルトの奏でるフェンダー・ローズの柔らかな和音と、マチ・ルフィーノのタイトなベースライン、オズワルド・ロペスの細やかなシンバルワークが織りなす「Telgopor」や表題曲「A Dieciocho Minutos Del Sol」は、当時の南米プログレッシブ/ジャズ・ロックでも屈指の緊密なインタープレイを誇る。
一方で、アコースティック・ギターを中心とした「Canción Para Los Días De La Vida」のような静謐な楽曲も収録されている。この曲は本作のために新たに書き下ろされたものではなく、1970年代初頭のアルメンドラ時代に構想されながら頓挫した幻のロック・オペラ『Señor de las latas』のために書かれていた古い楽曲をサルベージしたものだ。
初演時の戸惑いとスピネッタ自身の誇り
1977年10月、ブエノスアイレスのテアトロ・コリセオで行われた本作の発表コンサートでは、これまでのハードなロックや「Muchacha (Ojos de papel)」に代表される素朴なフォーク調の歌を期待していた観客から野次が飛ぶ一幕もあった。軍事独裁政権下の閉塞した社会情勢も相まって、複雑で先鋭的なインストゥルメンタル主体のジャズ・フュージョン路線は、当時の一般的なロックファンには即座に受け入れられず、セールス面でも苦戦を強いられることになる。
しかしスピネッタ自身はこの作品の完成度に終生揺るぎない自信を持っていた。後年のインタビューでも「生涯で最高の録音を残すことができた」と振り返っており、南米音楽史におけるプログレッシブ・ジャズ・ロックの重要作として今なお語り継がれている。
トラックリスト
- A1 - Viento Del Azur
- A2 - Telgopor
- A3 - Viejas Mascarillas
- A4 - A Dieciocho Minutos Del Sol
- B1 - Canción Para Los Días De La Vida
- B2 - Toda La Vida Tiene Música Hoy
- B3 - ¿Dónde Está El Topacio?
- B4 - La Eternidad Imaginaria