• TOP
  • Rock
  • Can – Tago Mago (1971)

Can – Tago Mago (1971)

城の古間に構えた手作りスタジオ「インナー・スペース」

カン(Can)が1971年に発表した2作目の公式スタジオ・アルバム(映画サントラ集『Soundtracks』を挟むと通算3作目)『Tago Mago』は、西ドイツのケルン近郊にある古城、ネルフェニヒ城(Schloss Nörvenich)で録音された。美術収集家のクリストフ・フォーヴィンケル(Christoph Vohwinkel)の好意により、城内の大広間を無償で借り受けたバンドは、部屋の壁に古いマットレスを立てかけ、傾斜した板を組んで手作りの防音壁を設置。ここを「インナー・スペース・スタジオ(Inner Space Studio)」と名づけ、共同生活を送りながら音作りに没頭した。

現代音楽家カールハインツ・ストックハウゼンのもとで学んだキーボード奏者のイルミン・シュミット(Irmin Schmidt)とベーシストのホルガー・シューカイ(Holger Czukay)、フリージャズ界隈で叩いていたドラマーのヤキ・リーベツァイト(Jaki Liebezeit)、そして若きギタリストのミヒャエル・カローリ(Michael Karoli)。異なる背景を持つ音楽家たちが集まったカンは、デビュー作『Monster Movie』を残して初代ボーカリストのマルコム・ムーニーがアメリカへ帰国したのち、新たな表現方法を模索していた。

そこで加わったのが、日本人ヒッピーのダモ鈴木(鈴木健二)だった。1970年5月、ミュンヘンのカフェのテラスで歌いながら大道芸をしていた彼をシューカイとリーベツァイトが見かけ、その日の夜に行われたクラブ「Blow Up」でのライブに飛び入り参加させたことが加入のきっかけとなった。言葉の意味よりも響きや即興性を重んじるダモ鈴木のボーカルスタイルは、バンドが志向する自由なアンサンブルに見事に溶け込んでいった。

2トラックのオープンリールとカミソリによる「逆算の作曲」

当時のインナー・スペース・スタジオには、大型のミキシングコンソールや最新鋭のマルチトラックレコーダーは存在しなかった。機材は数本のマイクと、ルボックス(Revox)の2トラック・オープンリールテープレコーダー2台という簡素な構成。演奏はマルチ録音によるオーバーダビングではなく、一発録りのステレオトラックとして直接テープに刻まれた。

ベース演奏と同時にレコーディングエンジニアを担当していたホルガー・シューカイは、スタジオ内で行われる即興セッションの間、常にテープを回し続けた。楽曲の演奏だけでなく、チューニング、休憩中の雑談、偶然スタジオ内で鳴った物音に至るまで、あらゆる音をアーカイブしていったという。

シューカイは膨大なテープの中から、カミソリの刃とスプライシングテープを使って断片を切り出し、つなぎ合わせる編集作業に没頭した。あらかじめ完成図を設計して録音するのではなく、奔放なジャム演奏の記録を編集室で解体・再構築することで楽曲に仕立て上げるという、現代音楽のミュジック・コンクレート的手法をロックの制作プロセスに持ち込んだ形だ。

催眠的グルーヴと逆回転テープ――Side AとSide B

アルバムタイトルの「タゴマゴ(Tago Mago)」は、スペインのイビサ島北東沖に浮かぶ小さな岩礁、タゴマゴ島に由来する。オカルティストのアレイスター・クロウリーにまつわる伝承など神秘的な噂が残る島で、イルミン・シュミットが旅の記憶やインスピレーションから名づけたとされる。

2枚組LPのディスク1は、ロックやファンクの形式を踏まえつつも独特の浮遊感をたたえた楽曲群で構成されている。1曲目の「Paperhouse」は、アコースティックギターの静謐なアルペジオから突如としてファズギターと強烈なドラムが炸裂する、ダイナミックな対比を持つ楽曲。「Mushroom」では、リーベツァイトによる抑制の効いた正確無比なビートの上で、ダモ鈴木が不穏なフレーズをつぶやき、叫びを重ねていく。

続く「Oh Yeah」では、テープ操作による実験が前面に現れる。リズムトラックを逆回転再生させ、その逆再生音をモニターしながらダモ鈴木が歌を重ね、再びテープを正方向に反転させるという手法が取られた。巻き戻されるシンバルの残響音や、ダモ鈴木が口にする日本語の断片が、現実感を歪めるような音像を生み出している。

そしてLPのB面すべてを費やした「Halleluwah」は、演奏時間が18分を超える長大なトラック。リーベツァイトが刻み続ける反復的なドラムパターンを中心に、ファンクのグルーヴを極限まで引き伸ばした構成を持つ。何時間にも及ぶセッションテープから、シューカイが最もテンションの高い瞬間を選び取ってループやカットを施したことで、単なるジャムセッションにとどまらない強烈な推進力を保っている。

混沌と静寂の対比――Side CとSide D

レコードの後半となるディスク2に入ると、従来のロックバンドの枠組みは完全に解体され、ノイズや電子音響が支配する前衛的な領域へと移行する。

C面を占める17分超の「Aumgn」は、シュミットによる呪術的な声のチャント、弓弾きのチェロ、オルガンの低音ドローン、不規則なパーカッションが交錯する音響絵巻。セッションの合間の空き時間や偶然のハプニングから録音された断片が多く使われており、スタジオ内に遊びに来ていた近所の少女の無邪気な声までコラージュとして紛れ込んでいる。

D面の冒頭を飾る「Peking O.」では、当時としては珍しかった初期のリズムボックス(エース電子工業製のエース・トーン)のチープな電子パルスが導入された。不規則に打ち鳴らされる電子ビートに、フリーキーなピアノ連打、ダモ鈴木の錯乱したような絶叫が重なり、テープが唐突に途切れては別のテイクへ飛び移るアグレッシブなジャンプカットが連続する。

混沌の果てに置かれたラストの「Bring Me Coffee Or Tea」では一転、カローリのシタールを思わせるアコースティックなギターの響きと、脱力したようなアンサンブルが静かに広がり、アルバム全体の幕を閉じる。

後の世代へと受け継がれた音響実験

ドイツのユナイテッド・アーティスツ(United Artists)から発売された本作は、商業的なヒットチャートを賑わすものではなかったが、国境を越えて同時代のミュージシャンや後の世代に強いインパクトを与えた。

セックス・ピストルズ解散後にパブリック・イメージ・リミテッド(PiL)を立ち上げたジョン・ライドン(John Lydon)は、カンのファンであることを公言しており、リーベツァイトのビート感覚やシューカイの編集思想からの影響をインタビュー等で度々口にしている。また、ザ・フォールのマーク・E・スミス(Mark E. Smith)やソニック・ユース、プライマル・スクリーム、さらに『Kid A』制作時に本作の反復構造に触れたレディオヘッドなど、ポストパンクからオルタナティヴ・ロックに至る数多くの作り手たちによって、その革新的なプロダクションは繰り返し参照され続けている。

トラックリスト

  • A1 - Paperhouse (7:29)
  • A2 - Mushroom (4:08)
  • A3 - Oh Yeah (7:22)
  • B - Halleluwah (18:22)
  • C - Aumgn (17:22)
  • D1 - Peking O. (11:35)
  • D2 - Bring Me Coffee Or Tea (6:47)
2026.10.27
この記事をシェア