IQ – The Wake (1985)
1981年にイングランド南部サウサンプトンで、ギタリストのマイク・ホームズとキーボード奏者のマーティン・オーフォードを中心に結成されたIQ。1970年代後半から活動していたインストゥルメンタル主体の前身バンド、ザ・レンズ(The Lens)を母体とし、ヴォーカリストのピーター・ニコルズ、ベーシストのティム・エサウ、ドラマーのポール・クックが揃ったことで黄金期のラインナップが確立された。マリリオンやペンドラゴン、パラス、トゥエルフス・ナイトらとともに、ロンドンのマーキー・クラブを拠点とする80年代英国ネオ・プログレッシヴ・ロック・ムーブメントの中核を担った彼らの通算2作目のスタジオ・アルバムが、1985年6月に発表された『The Wake』である。カセット・テープ作品『Seven Stories into Eight』(1982年)、および1983年のデビュー・アルバム『Tales from the Lush Attic』に続く本作は、全英オフィシャル・アルバム・チャートで最高72位を記録しており、バンドの長いキャリアにおいて全英チャート本編にランクインした唯一の作品でもある。
ロンドンのファルコナー・スタジオでの録音とセルフ・プロデュース体制
前作『Tales from the Lush Attic』が1983年8月にロンドンのフレイム・スタジオでわずか4日間という極めて短期間で録音されたのに対し、本作は1985年3月から4月にかけて、ロンドンのカムデンにあったファルコナー・スタジオ(Falconer Studios)にてレコーディングとミキシングが行われた。プロデュースはマイク・ホームズとティム・エサウの2人が共同で手がけ、レコーディング・エンジニアにはハルーン・クームス(Harun Coombes)、アシスタント・エンジニアにはジョナサン・マイルズがクレジットされている。インディペンデントでの制作ゆえに予算とスタジオ時間の制約は依然として厳しく、ホームズは後年のインタビューでも「常にもっとスタジオの時間が欲しかった」と振り返っているものの、前作に比べれば格段に緻密なオーバーダビングとアレンジの構築が可能になったセッションだったようだ。
当時のリリース元は、バンドのマネジメントを手がけていたジム・ホワイト(Irate Management)らが関わるインディ・レーベルのSahara Records(カタログ番号:SAH 136)。この1985年のUKオリジナルLPは、英国流通盤でありながらプレス自体はフランスのMPO工場で行われており、センター・レーベルに「Made in France」と表記されているのも当時の英国インディ盤によく見られた仕様だろう。また、レコード内周のランアウト(送り溝)には、A面に「’THE MORE THE DO’….. MPO」、B面に「’THE OTHER THE MORE THE DO’….. (TRUTH) MPO」という遊び心めいたメッセージが刻印されている。
死後の意識と境界線をめぐる緩やかなコンセプト
本作は後年の2枚組大作『Subterranea』(1997年)のような直線的な物語を持つコンセプト・アルバムではないが、ピーター・ニコルズが書いた歌詞には「死」と「死後の意識の彷徨」、そして「再生への移行」という一貫したテーマが張り巡らされている。ニコルズはエドガー・アラン・ポーの怪奇小説に見られる「早すぎた埋葬(生き埋め)」のモチーフなどから着想を得ており、アルバムの冒頭で命を落とした主人公の魂が現世の記憶や執着と向き合いながら、最終的に解放へと至るまでの心理的・霊的な変遷を辿っていく。
ジャケットのイラストレーションとデザインもピーター・ニコルズ自身の手によるもの(カバー写真はジョージ・ボドナーが担当)。当時のステージでフェイスペイントや衣装を取り入れ、シアトリカルなパフォーマンスを行っていたニコルズの視覚的な美意識が、歌詞の死生観と連動するようにアートワークにも投影されている。
多彩なシンセ群とシタール・ギター、タブラが交差する各楽曲の編成
クレジットされた使用機材を紐解くと、1970年代のプログレッシヴ・ロックの象徴であるメロトロンと、1980年代中盤ならではのデジタル/アナログ・シンセサイザー群が細かく使い分けられていることがわかる。マーティン・オーフォードは本作でメロトロンやフルート、ローランドVK-1オルガン、ローガン・ストリング・シンセに加え、Emulator II、Yamaha DX7、Memory Moog、Yamaha CS-80、ARP Odyssey、Oberheim Expanderといった多彩なシンセサイザーを駆使して分厚いレイヤーを構築した。
アルバムの幕を開ける8分半の大曲「Outer Limits」は、制作当初「The Bridge」という仮タイトルで呼ばれていた楽曲で、生と死の境界にある「橋」を渡るイメージからアルバム全体のテーマを起動させる。変拍子を交えた攻撃的なインストゥルメンタル・パートを経て、そのまま3分50秒のタイトル曲「The Wake」へと緊迫感を途切れさせずに雪崩れ込んでいく。続く「The Magic Roundabout」は初期から温められていた楽曲のひとつで、オーフォードのフルートやメロトロン、さらにティム・エサウのフェンダー・フレットレス・ベース(エサウはほかにミュージックマンやフェンダー・ジャズ・ベース、ベース・ペダルを使用)が柔らかな陰影を添える。
A面ラストに置かれた「Corners」は、シンフォニックな大作群のなかにあって東洋的で内省的な空気を放つ異色のナンバー。ここでマイク・ホームズは、メインのギブソン・ファイヤーブランドやフェンダー・ストラトキャスター、アイバニーズ製アコースティック・ギターに加え、コーラル製のエレクトリック・シタール・ギター(Coral Sitar Guitar)を導入している。さらにスタジオ・エンジニアのハルーン・クームスがタブラ(Tablas)の演奏でゲスト参加しており、ポール・クックの抑制されたドラムスおよびパーカッションと絡み合うことで、アルバム中盤に独特の静けさと異国情緒をもたらしている。
B面冒頭の9分を超える「Widow’s Peak」は、物語上の大きな山場となる楽曲だ。視点は残された未亡人(Widow)と墓の下の主人公へと交錯し、ここで主人公が実は生き埋めにされていたという悲劇的な経緯が明かされる。静謐な導入部からヘヴィなギター・リフと変拍子の応酬へと展開するドラマティックな構成。続く4分間の「The Thousand Days」が彷徨える魂の転換点として機能し、アルバムを締めくくる「Headlong」(7分27秒)では、魂がついに現世の束縛を解き放ち「誕生の場所(place of birth)」へと向かうクライマックスが、オーフォードの重厚なシンセとホームズの伸びやかなギター・ソロによって描き出される。
ピーター・ニコルズの突然の脱退とバンドの転換点
『The Wake』の発表によってIQはネオ・プログレ・シーンにおける評価を決定づけたものの、リリースから間もない1985年夏、フロントマンのピーター・ニコルズが音楽的な方向性の違いやバンド内の緊張関係から脱退してしまう(ニコルズはその後、自身のバンドであるNiadem’s Ghostを結成)。看板ヴォーカリストを失ったバンドは後任としてポール・メネル(Paul Menel)を迎え入れ、同年10月のリハーサル音源などを収録した資金調達用のオフィシャル・ブートレグ2枚組LP『Nine in a Pond is Here』(1985年11月)を発表したのち、メジャーのフォノグラム(Vertigo)と契約して『Nomzamo』(1987年)、『Are You Sitting Comfortably?』(1989年)というよりポップでメインストリーム寄りの2作を制作することになる。
その後1990年にニコルズがIQへ復帰を果たして以降、『The Wake』の楽曲群は再びライブの核として演奏され続けてきた。発売25周年にあたる2010年には、マイク・ホームズ自身による新規リミックスや1984〜1985年当時のデモ音源、初期楽曲「Dans Le Parc Du Château Noir」などを網羅した4枚組コレクターズ・エディション(3CD+DVD)がバンド自身のレーベルであるGEP(Giant Electric Pea)からリリースされている。
トラックリスト
- A1 - Outer Limits (8:29)
- A2 - The Wake (3:50)
- A3 - The Magic Roundabout (6:33)
- A4 - Corners (6:22)
- B1 - Widow's Peak (9:10)
- B2 - The Thousand Days (4:00)
- B3 - Headlong (7:27)