Rayuela – Rayuela (1977)
フリオ・コルタサルの代表的な実験小説『石蹴り遊び』(原題:Rayuela)からその名を冠したアルゼンチン・ブエノスアイレスのプログレッシヴ/ジャズ・ロック・バンド、ライウエラ(Rayuela)。1976年末の結成から1978〜1979年の解散までに残された唯一のスタジオ・アルバムが、1977年にDiscos CBS(Orfeo)からリリースされたこのセルフ・タイトルのLP『Rayuela』である。クルシス(Crucis)やラ・マキナ・デ・アセール・パハロス(La Máquina de Hacer Pájaros)、ブブ(Bubu)らと並び、1970年代後半のアルゼンチン・ロック(Rock Nacional)におけるシンフォニック・ロックとジャズ・フュージョンの交差点を記録した一枚として知られる。
ソルーナとのリハーサル地下室とCBSスタジオでの録音背景
バンドは1976年末、キーボード奏者のマルセロ・モラノ(Marcelo Morano)とベーシスト兼ヴォーカリストのウィリー・カンピンズ(Willy Campins)を中心に結成された。結成初期の彼らは、グスタボ・サンタオラージャ(Gustavo Santaolalla)率いるフォーク・ロック/プログレ・グループ「ソルーナ(Soluna)」と同じリハーサル用地下室をシェアしており(カンピンズの姉モニカ・カンピンズもソルーナに参加していた)、活発な音楽的交流の中でアンサンブルを磨いていたという。そこにギタリストのアンドレス・ゴールドスタイン(Andrés Goldstein)、ドラマーのギジェルモ・ノジェチョヴィッチ(Guillermo Nojechowicz)、サックス/フルート奏者のエドゥアルド・ベリンスタイン(Eduardo Berinstein)が合流し、5人編成が整った。
レコーディングは1977年の冬(南半球のため6〜8月頃)、ブエノスアイレスのCBSスタジオで行われた。CBS側のアーティスティック・ディレクションにはルベン・アギレラ(Rubén Aguilera)が就き、バンド自身との共同で制作・ミックスが進められた。エンジニアはミゲル・アンヘル・ラブラガ(Miguel Ángel Labraga)とオスカル・ヒメネス(Oscar Giménez)、ミキシングにはホルヘ・ガリード(Jorge Garrido)が関わっている。1977年アルゼンチン盤オリジナルLP(カタログ番号:OLS 198/199)は、コーティング加工された見開きジャケット(Gatefold)仕様。表ジャケットの写真はマウリシオ・タラブ(Mauricio Tarrab)、見開き内側および裏面の写真はマルティン・ベリンスタイン(Martín Berinstein)が手がけている。
軍事政権下の時代状況と文学的な陰影
本作が録音された1977年当時のアルゼンチンは、1976年3月の軍事クーデターによって発足したビデラ軍事政権(国家再編成プロセス)による厳しい弾圧と検閲が社会全体を覆っていた時代だった。ロック・コンサートの開催や表現活動には強い制限が課され、ミュージシャンたちは直接的な政治批判を避け、比喩や文学的表現、あるいは高度なインストゥルメンタル主体のジャズ・ロックへと活路を求める傾向が強まっていた。
バンド名がコルタサルの小説に由来するように、彼らの楽曲や歌詞にも内省的でシュルレアリスム的な陰影が漂う。「Sexo Y Dinero(性と金)」のような当時の世相への皮肉を孕んだタイトルを持ちながらも、過度に扇動的になることなく、緻密なアンサンブルと叙情的なメロディのなかに複雑な感情が織り込まれている。
アナログ・シンセ、サックス、変拍子が織りなす楽曲構成
本作のサウンドを際立たせているのが、マルセロ・モラノによる多彩な鍵盤楽器のレイヤーと、エドゥアルド・ベリンスタインの管楽器の存在だ。モラノはアコースティック・ピアノやフェンダー・ローズ・エレクトリック・ピアノに加え、クラビネット、オルガン、アナログ・シンセサイザー、ストリング・アンサンブルを駆使しており、クレジットにはシンセサイザー監修(Synthesizers Supervision)としてエドゥアルド・ゲデス(Eduardo Guedes)の名も記されている。
A面幕開けの「La Casa Del Hombre(人間の家)」は、アコースティック・ギターと叙情的なヴォーカルから幕を開け、変拍子のリズム隊とサックス、シンセサイザーが絡み合うジャズ・ロック展開へと移行する。続く6分超の「Los Últimos Grillos(最後のコオロギたち)」では、クラシカルなピアノのアルペジオと伸びやかなエレキ・ギターが交錯し、シンフォニック・ロックの構成美を見せる。インストゥルメンタル曲「Aéreo(空中)」は、ローズ・ピアノとサックスが軽快にリードするカンタベリー・ロックやリターン・トゥ・フォーエヴァーにも通じるフュージョン・ナンバー。A面を締めくくる「Vientos De La Calma(静寂の風)」では、フルートとアコースティックな響きが静謐な空間を作り出す。
B面冒頭の「Acaso Tú Crees (Que No Me Di Cuenta Que Te Fuiste Hace Diez Años?)」(7分16秒)は、ファンキーなクラビネットのバッキングからドラマティックなストリング・シンセへと展開する大曲。皮肉めいたボーカルと切れ味鋭いホーン・セクションが交差する「Sexo Y Dinero」を経て、アルバムの最後を飾るのがドラマーのノジェチョヴィッチが共作した7分46秒の「Vendré Con El Viento(私は風とともにやって来る)」だ。叙情的な歌い出しから一転し、ベリンスタインのテナー・サックスとゴールドスタインのロングトーンのギター・ソロ、そしてモラノのシンセサイザーが重なり合いながら壮大なクライマックスを形成して幕を閉じる。
バンドの解散とメンバーたちのその後の軌跡
本作を残したのち、ライウエラはセカンド・アルバムの制作に至ることなく1978年から1979年にかけて自然消滅のような形で解散した。しかし、メンバーたちはその後も国内外の音楽界で重要な活動を続けている。
ギタリストのアンドレス・ゴールドスタインは、ダニエル・タラブとのコンビで映画音楽の世界に進出し、ダニエル・ブルマン監督の『抱擁のかけら(El abrazo partido)』やルシア・プエンソ監督の『見知らぬ医師(Wakolda)』など、アルゼンチン映画界を代表する数々の劇伴を手がける作曲家となった。また、ドラマーのギジェルモ・ノジェチョヴィッチは渡米して名門バークリー音楽大学で学んだのち、ボストンを拠点に自身のラテン・ジャズ・アンサンブル「El Eco」を結成。現在も国際的なジャズ・ドラマー/作曲家として活動している。長らく幻の作品とされていた本作は、1990年代以降に南米プログレ専門レーベル「Viajero Inmóvil Records」やソニー・ミュージックを通じて再評価が進められ、70年代アルゼンチン・ロック史を彩る記録として聴き継がれている。
トラックリスト
- A1 - La Casa Del Hombre (3:59)
- A2 - Los Últimos Grillos (6:18)
- A3 - Aéreo (4:50)
- A4 - Vientos De La Calma (3:45)
- B1 - Acaso Tú Crees (Que No Me Di Cuenta Que Te Fuiste Hace Diez Años?) (7:16)
- B2 - Sexo Y Dinero (4:34)
- B3 - Vendré Con El Viento (7:46)