It Bites – The Big Lad In The Windmill (1986)
80年代半ばの英国音楽シーンにおいて、チャートを席巻するキャッチーなポップ・センスと、70年代プログレッシヴ・ロックの緻密な超絶技巧をこれほど痛快かつスリリングに衝突させたバンドは他に存在しないだろう。イングランド北部カンブリア州出身の4人組、イット・バイツ(It Bites)が1986年に名門Virginから放った衝撃のデビュー・アルバム『The Big Lad In The Windmill』は、「プログ・ポップ(Prog-Pop)」というジャンルの頂点に君臨する大傑作である。
アラン・シャックロックの手腕と、全英6位「Calling All The Heroes」の衝撃
元ベイブ・ルースのギタリストであり、名プロデューサーとして鳴らしたアラン・シャックロック(Alan Shacklock)を迎え、名門RAKスタジオで録音された本作。シャックロックが施した80年代特有のゲート・リバーブの効いたビッグなドラム・サウンドと煌びやかなシンセサイザーのレイヤーは、一聴するとMTV全盛期のメインストリーム・ポップそのものの華やかさを湛えている。
その極めつけが、全英シングル・チャート第6位を記録した大名曲「Calling All The Heroes」だ。少年漫画のような躍動感あふれるアンセムでありながら、裏では複雑怪奇なキメと変拍子が平然と組み込まれ、お茶の間を熱狂させながらプログレ・マニアを唖然とさせるという痛快な離れ業を演じてみせた。
フランシス・ダナリーの狂気的ギター・ワーク:ホールズワース直系の変態性
本作の最大の推進力となっているのが、フロントマンであるフランシス・ダナリー(Francis Dunnery)の鬼気迫るギター・プレイだ。ダナリー自身が自らのスタイルを「狂人の音楽(Nutter’s Music)」と形容した通り、キャッチーなサビが終わった途端、アラン・ホールズワースを彷彿とさせる流麗なレガート奏法やアクロバティックなアーミング、予測不能なディソナンス(不協和音)を伴う高速タッピングが容赦なく炸裂する。
ジョン・ベックのカラフルかつ知的なキーボード・アレンジ、ディック・ノーランのファンキーなベース、そしてボブ・ダルトンの強靭なタイム感によるドラミングが一体となったアンサンブルは、「Turn Me Loose」や7分を超える大作「You’ll Never Go To Heaven」において、イエスやジェネシスが持っていた壮大な構築美を80年代のスピード感で再定義している。
ポップとプログレの狭間で異彩を放ち続ける孤高のモニュメント
あまりにも高度な演奏技術ゆえに当時の純粋なポップ・ファンには「風変わり」と映り、あまりにもポップでダンサブルだったために頭の固いプログレ純血主義者からは嫉妬混じりの敬遠をされたという数奇な運命を辿ったイット・バイツ。しかし、そのジャンル分けをあざ笑うかのような自由奔放さと圧倒的な完成度は、後進のテクニカル・ロック勢やプログレッシヴ・メタル勢に計り知れない影響を与え続けている。80年代の英国ロックが生み落とした、最も知的で最も狂気じみたエンターテインメントの結晶だ。
トラックリスト
- A1 - I Got You Eating Out Of My Hand (5:37)
- A2 - All In Red (3:31)
- A3 - Whole New World (4:25)
- A4 - Screaming On The Beaches (3:45)
- A5 - Wanna Shout (3:29)
- B1 - Turn Me Loose (4:11)
- B2 - Cold, Tired And Hungry (4:16)
- B3 - Calling All The Heroes (5:33)
- B4 - You'll Never Go To Heaven (7:12)
- B5 - The Big Lad In The Windmill (0:48)