Il Baricentro – Trusciant (1978)

1970年代中期のイタリアにおいて、プログレッシブ・ロックの隆盛が落ち着きを見せ始めると、卓越した演奏技巧を持つミュージシャンたちはより自由度の高いジャズ・ロックやフュージョンへと向かっていった。南イタリア・プーリア州のバーリおよび近郊のモノポリ出身であるフランチェスコ・ボッチュッツィ(Francesco Boccuzzi)とジョヴァンニ・ボッチュッツィ(Giovanni “Vanni” Boccuzzi)の兄弟も、そうした時代の潮流の中で新たな表現を模索したキーボード奏者たちだった。

兄弟は1973年にシンフォニック・ロック・バンド、フェスタ・モビーレ(Festa Mobile)のメンバーとして唯一作『Diario di viaggio della Festa Mobile』をRCAから発表したのち、拠点をローマへ移してベーシストのトーニオ・ナポレターノ(Tonio Napoletano)とともに新バンドを結成した。バンド名の「イル・バリチェントロ(Il Baricentro)」は、彼らの出身地である「バーリ」の名と物理用語の「重心」を掛け合わせたものだ。ドラマーにピエロ・マンジーニ(Piero Mangini)を迎え、ウェザー・リポート(Weather Report)やマハヴィシュヌ・オーケストラ(Mahavishnu Orchestra)に連なるインストゥルメンタル・ジャズロックを志向したデビュー作『Sconcerto』(1976年)を経て、1978年にEMI Italianaからリリースされたのがセカンド・アルバム『Trusciant』である。

地中海のリズムとゲスト・パーカッショニストの参画

『Trusciant』というアルバムタイトルは、プーリア地方の方言でロマの人々(放浪の旅人)を指す言葉に由来すると言われている。前作『Sconcerto』が英米のクロスオーバー/ジャズロックをストイックに追求したアンサンブルだったのに対し、本作では南イタリア特有の開放感や地中海沿岸の風土を感じさせる旋律、そしてアフロ・ラテン的なリズムが色濃く前面に打ち出されているのが大きな変化だろう。

その変化を決定づけているのが、新たに招聘された客演パーカッショニストの存在だ。とりわけアルゼンチン出身の名パーカッショニストであるルイス・アグード(Luis Agudo)が参加し、ビリンバウやクイーカ、アゴゴといった多彩な民族打楽器を導入している。さらにマックス・ロッチ(Max Rocci)がコンガで加勢したことにより、ピエロ・マンジーニのドラミングと強固に絡み合う立体的なポリリズムが形成された。録音およびミキシングはローマのソニック・レコーディング・スタジオ(Sonic Recording Studio)で行われ、エンジニアをフランコ・パトリニャーニとマルコ・ストレッチョーニ、プロデュースをピエルルイジ・ガルッツィが手掛けている。

ツイン・キーボードによる重層的なサウンドスケープ

イル・バリチェントロの最大の特徴は、ボッチュッツィ兄弟によるツイン・キーボードを中心としたインストゥルメンタル編成にある。専任ギタリストを置かず、フェンダー・ローズ・エレクトリックピアノ、アコースティック・ピアノ、クラヴィネット、モーグ・シンセサイザーなどを幾重にもレイヤーすることで、厚みのある音響空間を構築している。一部の楽曲ではフランチェスコ・ボッチュッツィがエレクトリック・ギターやアコースティック・ギターを兼任してアクセントをつけているものの、楽曲の主導権はあくまで鍵盤同士の緻密なポリフォニーが握っている。

兄弟はお互いのパートを過度に競い合わせるのではなく、一方がファンキーなクラヴィネットやエレピでリズミカルなバッキングを刻み、もう一方がジャズ由来のテンション・コードや流麗なシンセのリードを重ねるなど、役割分担を明確にしながら絶妙なアンサンブルを紡ぎ出している。変拍子や急展開を多用しながらも、プログレ特有の重苦しさに傾かず、どこか都会的で洗練された軽快さを失わないのは、この鍵盤主体の音作りがもたらす効果かもしれない。

躍動するアンサンブルと静謐な叙情の対比

アルバムは、軽快なパーカッションと跳ねるクラヴィネットが心地よい「Karwan」で幕を開ける。地中海の明るい光を連想させるようなキャッチーなリフとファンキーなベースラインが交錯し、本作が前作とは異なるフェーズに入ったことを明瞭に告げるオープニング・ナンバーだ。

続く表題曲「Trusciant」では、静謐なピアノのアルペジオによる叙情的なイントロから一転、タイトなリズムセクションとシンセサイザーが加わり、ウェザー・リポート的なスリリングな構築美へと展開していく。哀愁を帯びたメロディとテクニカルな変拍子が見事に噛み合った本作屈指のナンバーといえるだろう。「Falò」では民族的なパーカッションの乱舞とファンク・ビートが融合し、「Akua」では一転してエレクトリック・ピアノの柔らかな響きが水面の揺らめきを想起させるようなメロウで静かな佇まいを見せる。

アナログB面に入ると、トーニオ・ナポレターノの推進力あるベースが疾走する「Flox」、そして7分半を超える大作「Font’amara (Part 1 & Part 2)」へと続く。「Font’amara」はフェスタ・モビーレ時代を彷彿とさせるシンフォニックな構成力とジャズ・フュージョンの緊張感が結実した楽曲で、緩急自在なリズムチェンジとドラマチックなシンセのテーマが印象的だ。ラストの「Vivo」ではツイン・キーボードの緻密な掛け合いと力強いボトムが一体となり、華やかな余韻を残して作品を締めくくる。

短命に終わった活動とその後の展開

意欲的なアプローチを見せた本作だったが、グループとしてのフルアルバムはこれが最後となった。アルバムと同年の1978年には、「Flox」をB面に配したシングル『Endless Man』を発表。このインストゥルメンタル曲はアレッサンドロ・ブラゼッティ監督によるRAIのSFテレビドラマ『I racconti di fantascienza』のテーマ曲に起用され、一定の知名度を得ることとなった。

その後バンドは解散状態となるが、1980年代初頭にはトリオ編成で一時的に活動を再開し、1983年にはイタロ・ディスコ/ファンク路線のシングル『Tittle Tattle』をリリースして欧州のディスコ・シーンで話題を集めた。ボッチュッツィ兄弟はその後もスタジオ・ミュージシャンや舞台音楽の作曲家として活動を続け、1989年にはロック・オペラ『Androidi』の劇伴を手掛けるなど、音楽シーンの裏方として確かな足跡を残している。

1970年代後半のイタリアン・ロックは、商業的な変容やパンク/ニューウェイヴの台頭の狭間で大きな転換期を迎えていた。その中にあって、プログレッシブ・ロックの構築美とジャズ・ファンクのグルーヴ、そして地中海の風土感を高次元で融合させた『Trusciant』は、イタリアン・クロスオーバーの成熟期を静かに物語る一作といえそうだ。

トラックリスト

  • A1 - Karwan
  • A2 - Trusciant
  • A3 - Falo
  • A4 - Akua
  • B1 - Flox
  • B2 - Font'amara Part 1 & Part 2
  • B3 - Vivo
2026.10.27
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