Agorà – Live In Montreux (1976)
1970年代のイタリアン・ロック界において、デビュー・アルバムがいきなり海外のジャズ・フェスティバルでの実況録音盤という異例の経歴を持つのが、マルケ州出身のジャズ・ロック・バンド、アゴラ(Agorà)の『Live In Montreux』だ。1975年7月7日、スイスで開催された第9回モントルー・ジャズ・フェスティバルのステージを記録した本作は、無名の新人が大舞台で残した貴重なドキュメントである。
無名バンドの抜擢とモントルーのステージ
アゴラは1974年、イタリア中部のマルケ州アンコーナ近郊で結成された。当時のイタリアン・プログレッシブ・ロックやジャズ・ロックの潮流はミラノやローマといった大都市圏を中心に動いており、地方都市を拠点とするグループが中央の音楽シーンに登場する機会は限られていた。そうした状況下で、彼らはスタジオ録音盤のリリースはおろかレコード会社との正式な契約もない段階で、自ら録音したデモ音源をモントルー・ジャズ・フェスティバルの創設者兼ディレクターであるクロード・ノブス(Claude Nobs)のもとへ送付する。
テープを聴いたノブスはその演奏力と楽曲のクオリティに注目し、1975年のフェスティバルにおける「ユーロ・ロック(Euro Rock)」ナイトへの出演を打診した。この日のプログラムには、すでに国際的な知名度を誇っていた同胞のPFM(プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ)をはじめ、ペリジェオ(Perigeo)、フランスのマグマ(Magma)といった欧州ジャズ・ロック/プログレッシブ・ロックのトップ・グループが名を連ねていた。レコード・デビュー前の新鋭バンドが、そうした錚々たる顔ぶれと同じステージで演奏機会を得たのは、フェスティバルの歴史のなかでも極めて珍しい出来事だった。
チェーザレ・モンティによる命名と特殊ギミック・ジャケット
バンド名「Agorà」は、PFMやバンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソ(Banco del Mutuo Soccorso)をはじめ数多くのイタリアン・ロックの名盤ジャケットを手がけた伝説的写真家・デザイナーのチェーザレ・モンティ(Cesare Monti)が、バンド側と対話を重ねるなかで考案された。古代ギリシャの公共広場を指す「アゴラ」の名には、人々が集い対話や交流を行う場という意味が込められており、地中海文化の開放的な精神性とジャズ・ロックのクロスオーバーを象徴するコンセプトだった。
チェーザレ・モンティは本作のアートワークも担当した。イタリアのアトランティック(WEA Italiana)から発売されたオリジナルLPは、ジャケット上部が樹木の輪郭に沿って精密に型抜き(ダイカット)され、その枝葉部分を手前に折り曲げることができる変形ギミック・ジャケット(fustellata)として制作された。この繊細な作りは経年劣化や破損を招きやすく、木の部分が完全に残存しているオリジナル盤はコレクターズ市場でも高い希少価値を持つ。
クラウディオ・ファビのプロデュースとアンサンブルの特質
ライヴ当日の録音は、モントルー・カジノに常設されていた移動録音設備(のちのマウンテン・スタジオ)を用い、チーフ・エンジニアのジョン・ティンパーリー(John Timperley)が担当した。プロデューサーにはPFMの初期作品などを手がけた名匠クラウディオ・ファビ(Claudio Fabi)が迎えられ、ステージ上の生々しい響きを過度な装飾なく捉えている。
音楽的には、ウェザー・リポート(Weather Report)からの直接的な影響を滲ませるオープンで浮遊感のあるジャズ・ロックをベースとしながら、同胞ペリジェオに通じるタイトな構築性と、イタリア特有の叙情的なメロディが同居する。個々のプレイヤーが派手な速弾きやソロで自己主張するタイプではなく、ロベルト・バッキオッキのフェンダー・ローズ(エレクトリック・ピアノ)、オヴィディオ・ウルバーニの伸びやかなソプラノ・サックス、レナート・ガスパリーニの繊細なギターワークが緻密に絡み合うアンサンブル重視の音作りが貫かれている。パオロ・コラフランチェスコのベースとマウロ・メンカローニのドラムスによるリズムセクションも、派手に前面へ出るのではなく、細やかなダイナミクスの変化で楽曲の推進力を支えている。
ゆかりの地名とメンバーの名を冠した構成
収録時間はトータル約32分とコンパクトながら、楽曲の構成には彼らのバックグラウンドが色濃く反映されている。
A面冒頭の「Penetrazione」は、軽快なベースラインとエレピの柔らかな和声に乗せてソプラノ・サックスが滑らかにテーマを奏でる、バンドの自己紹介的なオープニング・トラックだ。続く大曲「Serra S. Quirico」はLPのA面後半(Part 1)とB面冒頭(Part 2)にまたがって収録されており、タイトルはバンドが初期のリハーサル拠点としていたマルケ州アンコーナ県の山間の古村セッラ・サン・キーリコにちなんでいる。変拍子やテンポの緩急を交えながら、地中海的な憂いを帯びた旋律と熱を帯びたジャム・セクションが交互に展開する。
B面後半に配置された「Acqua Celeste」と「L’Orto Di Ovidio」は、対をなすような構成を持つインストゥルメンタルだ。「天空の水」を意味する「Acqua Celeste」は静謐な導入から次第にリズムが立ち上がるクレッシェンド構造を取り、サックス奏者オヴィディオ・ウルバーニの名を冠した「L’Orto Di Ovidio(オヴィディオの菜園)」では、アコースティックな温もりと空間を活かしたインタープレイが静かにライヴの幕を引く。
70年代イタリアン・ジャズ・ロック史における位置づけ
アゴラは本作のリリース後、1976年にスタジオ録音によるセカンド・アルバム『Agorà 2』を発表するものの、まもなく活動を休止した。商業的な成功を大きく収めるには至らなかったが、名匠たちのバックアップを受けてモントルーの晴れ舞台で記録された本作は、70年代半ばのイタリアにおけるジャズ・ロック/フュージョン受容の到達点を示す一枚として、後年も国内外で再発を重ねている。
トラックリスト
- A1 - Penetrazione (5:20)
- A2 - Serra S. Quirico - Pt. 1 (8:40)
- B1 - Serra S. Quirico - Pt. 2 (6:30)
- B2 - Acqua Celeste (6:06)
- B3 - L'Orto Di Ovidio (5:30)