Luciano Basso – Voci (1976)
ヴェネツィアのベネデット・マルチェッロ音楽院で作曲と対位法を修めたクラシック教育出身の鍵盤奏者/作曲家、ルチアーノ・バッソ(Luciano Basso)。1970年代のイタリアン・プログレッシヴ・ロック(Rock Progressivo Italiano)が歌モノのカンタウトーレ路線やジャズ・ロックへと細分化・変容しつつあった1976年5月、名門アリストン(Ariston)から発表されたデビュー・アルバムがこの『Voci(声)』である。ボーカルを一切排し、グランド・ピアノやメロトロン、ハモンド・オルガンを中心とする多層的なヴィンテージ・キーボードと、ヴァイオリンやチェロといった弦楽器を配した室内楽的アンサンブルにより、当時のイタリアン・ロック界でもひときわ格調高いインストゥルメンタル作品として完成された。
ミラノのスタジオ・アリストンでの録音とクラシカルな室内楽編成
本作のレコーディング、ミキシング、マスタリングはすべてミラノのスタジオ・アリストン(Studio Ariston)で行われた。プロデュースはグラハム・ジョンソン(Graham Johnson)、エンジニアリングはリノ・カストリオッタ(Lino Castriotta)が担当。オリジナルLP(カタログ番号:ARLP/ 12288)のジャケット・デザインはアンナ・ゾルツィ(Anna Zorzi)が手がけている。
参加メンバーには、ルイジ・カンパラニ(Luigi Campalani:ヴァイオリン)、マッシモ・パルマ(Massimo Palma:チェロ)、ミケーレ・ゾルツィ(Michele Zorzi:ギター)、マウロ・ペリオット(Mauro Periotto:エレクトリック・ベース、ダブル・ベース)、リカルド・ダ・パール(Riccardo Da Par:ドラムス)が名を連ねる。バッソ自身は全曲の作曲・編曲を手がけるとともに、アコースティック・グランド・ピアノ、ハモンド・オルガン、メロトロン、エレクトリック・ピアノ、そしてクラヴィチェンバロ(チェンバロ/ハープシコード)を巧みに弾き分けている。
鍵盤群とアコースティック弦楽が対話する全5曲の構成
A面冒頭の「Preludio(前奏曲)」(7分30秒)は、バッソによる端正なピアノのアルペジオと哀愁を帯びたヴァイオリンの旋律が静かに重なり合うところから幕を開ける。背後に幾重にも広がるメロトロンのストリングス・レイヤーに、ペリオットのベースとダ・パールのドラムス、ゾルツィの控えめなエレクトリック・ギターが加わることで、静謐な室内楽からダイナミックなシンフォニック・ロックへと自然なグラデーションを描き出していく。
続く「Promenade I°(プロムナード 第1番)」(4分41秒)は、リズム隊の躍動的なビートとストリングスのアンサンブルが牽引する快活なトラックで、後半にはバッソによるチェンバロの繊細な独奏が組み込まれている。これと対をなす「Promenade II°(プロムナード 第2番)」(6分16秒)は、重厚なコントラバスと憂いを帯びたピアノのデュオから始まり、中盤からオルガンとメロトロンが劇的にクレッシェンドしていく対比の妙が際立つ。
B面の中核をなす表題曲「Voci(声)」(10分48秒)は、声楽を一切使わないインストゥルメンタル盤でありながら「声」と題された象徴的な大作だ。ピアノ、すすり泣くような弦楽、漂うオルガンのパッドが対話を繰り広げ、ダ・パールの力強いドラミングとともに徐々にテンションを高めながら壮大なフィナーレへと昇華していく。ラストを飾る「Echo(残響)」(9分17秒)は、アルバム中で最もアヴァンギャルドな色彩を帯びたナンバー。ダークなハモンド・オルガンの持続音とギターのインタープレイ、変拍子と緊張感のある不協和音を織り交ぜながら、音の余韻と空間性を探求するような構成で締めくくられる。
イタリアン・ロック史における孤高の立ち位置
当時のイタリアン・プログレにおいてキーボード主体の作品といえば、エマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)やレ・オルメ(Le Orme)のようなアグレッシヴなオルガン・トリオ形式が主流だったが、バッソの志向はロックの定型的なクリシェから一歩距離を置いたクラシカルな室内楽構造にあった。ロックのリズム隊をあくまで対位法的なアンサンブルの一部として機能させ、メロトロンとアコースティック弦楽を同等に溶け込ませた構築美は、同時代のオパス・アヴァントラ(Opus Avantra)やアルティ・エ・メスティエリ(Arti & Mestieri)の室内楽的側面とも呼応する部分を持つ。
バッソは次作『Cogli il giorno』(1978年)以降、より現代音楽やアコースティックなピアノ作品へと傾倒していくため、ロック・アンサンブルのダイナミズムと厳格なクラシックの書法が幸福な均衡を保った本作『Voci』は、彼のキャリアにおける重要な金字塔として現在も評価されている。
トラックリスト
- A1 - Preludio (7:30)
- A2 - Promenade I° (4:41)
- A3 - Promenade II° (6:16)
- B1 - Voci (10:48)
- B2 - Echo (9:17)