Vent D’Est – Vent D’Est (1980)
1980年にフランスの独立レーベルMüsic’AlからリリースされたVent D’Estの唯一のアルバム『Vent D’Est』は、アルザス地方ストラスブール出身の5人組が、70年代フレンチ・シンフォニック・ロックの黄昏と80年代的タイトなジャズ・ロック感覚を架橋した隠れた名盤だ。
ストラスブールの実力派カルテットとFrancis Adamのエンジニアリング
バンド名「Vent D’Est(東風)」が示す通り、ドイツ国境に程近いアルザス地方を拠点に活動していた彼ら。パーソネルは、エレクトリック・ギターに加えて当時最先端だったギター・シンセサイザーを操るジャン=リュック・ヴィソツキ(Jean-Luc Wysocki)、アコースティック・ギターとヴォーカルを担当するクリスチャン・デヴォ(Christian Devot)、フレットレス・ベースを操るジャン=リュック・ジーグラー(Jean-Luc Siegler)、ジャズの素養を感じさせるドラマーのジャン=マルク・フィッシャー(Jean-Marc Fischer)、そしてピアノやアナログシンセを統括するパトリス・ウィット(Patrice Witt)の5人である。
地元アルザスのスタジオでフランシス・アダン(Francis Adam)によって録音・ミックスされた音像は、AngeやAtoll、Mona Lisaといったフレンチ・シアトリカル・プログレの過剰な演劇性から一歩距離を置き、クリーンで明瞭なアンサンブルを特徴としている。
フレットレス・ベースとギターシンセが織りなす叙情詩
本作の大きな魅力は、ジーグラーのフレットレス・ベースが奏でる滑らかで歌心あふれる低音と、キャメルのアンディ・ラティマーを想起させるヴィソツキの伸びやかなギターソロ、そしてギターシンセによる浮遊感のあるテクスチャの融合にある。フランス語と英語が混在するヴォーカルパートも、素朴な哀愁を湛えている。
オープニングの「Traveller」や「La Toile」では、変拍子を交えた緻密なリズムセクションとクラシカルなピアノのアルペジオが美しく絡み合う。アコースティック・ギター主体の牧歌的なナンバー「Your Eyes」や「La Dame En Noir」、さらにはサイドBでバンド名を冠したインストルメンタル「Eastwind」のスリリングなインタープレイに至るまで、メロディのフックと構築美のバランスが絶妙だ。
80年代の幕開けとともにプログレッシブ・ロックが世界的に衰退していく激動の時代において、フランス東部の地方都市から放たれた極めて良質なシンフォニック/メロディック・ロックの秘宝である。
トラックリスト
- A1 - Traveller
- A2 - La Toile
- A3 - Your Eyes
- A4 - La Dame En Noir
- B1 - La Madonne Des Sleepings
- B2 - California's Calling
- B3 - Eastwind
- B4 - Nighttime
Velocette – Fourfold Remedy (1998)
1998年にロンドンの名門インディー・レーベルWiiija RecordsからリリースされたVelocetteの1stアルバム『Fourfold Remedy』は、90年代中盤のUKインディー屈指の重要バンドComet Gainの分裂劇から生まれ、60年代フレンチ・ポップやガレージ・オルガンの美学をローファイ・ギターポップへと結実させた佳作だ。
Comet Gain分裂からの再起とロンドンFortress II Studio
1995年に傑作『Casino Classics』を残して初期コメット・ゲインのラインナップが崩壊した際、デヴィッド・フェイガー(デイヴィッド・クリスチャン)を除くオリジナル・メンバー4人——サラ・フェリス(Sarah Ferris / Key, Vo)、ウッディ・テイラー(Woodie Taylor / Dr)、ジャックス・タウンゼンド(Jax Townsend / B, Vo)、マイケル・クリスチャン(Michael Christian / G, Vo)が集結して結成されたのがVelocette(ヴェロセット)であった。
ラフ・トレード直系の伝説的レーベルWiiijaに残留した彼らは、1998年春から初夏にかけてロンドンのFortress II Studioでレコーディングを敢行。エンジニア兼プロデューサーには、コメット・ゲインやスノウ・パトロール、アッシュらを手掛けたダン・スウィフト(Dan Swift)を迎え、粗野なモッド・パンクの衝動を残しつつも、より陰影に富んだドリーミーな音響空間を作り上げた。
60sファルフィッサ・オルガンとメランコリックな女性ヴォーカル
本作のサウンドを決定づけているのは、サラ・フェリスが奏でるヴィンテージなファルフィッサ/ヴォックス・オルガンのエキゾチックな揺らぎと、気だるく呟くようなクールな女性ヴォーカルである。ステレオラブやコメダにも通じるレトロ・フューチャーなモッズ感覚が随所に散りばめられている。
先行シングルとなった「Get Yourself Together」では、疾走するモータウン/ノーザン・ビートとファズギターが鮮烈に絡み合い、コメット・ゲイン直系のガレージポップ魂を見せつける。一方で、「Bitterscene」や「La Sirena」「Submarines」では、白昼夢のようなリバーブに包まれたメランコリックなメロディが際立つ。
ブリットポップの狂騒が終息に向かい、ポストロックやエレクトロニカへとシーンが細分化していく1998年において、純粋なインディー・ポップの矜持と哀愁をアナログの温もりとともに鳴らした隠れた名盤である。
トラックリスト
- A1 - Reborn
- A2 - Bitterscene
- A3 - La Sirena
- A4 - Unkind
- A5 - Where Are We?
- B1 - Get Yourself Together
- B2 - Spoiled Children
- B3 - Submarines
- B4 - Someone's Waiting
- B5 - That Ain't Mine
Patrick O’Hearn – Between Two Worlds (1987)
1987年にピーター・バウマン(元Tangerine Dream)主宰のPrivate MusicからリリースされたPatrick O’Hearnの2ndソロ・アルバム『Between Two Worlds』は、超絶技巧のベーシストがアンビエント/ダウンテンポと民族的ポリリズムの深淵を探求したエレクトロニック・サウンドスケープの傑作だ。
フランク・ザッパ〜ミッシング・パーソンズからPrivate Musicへ
パトリック・オハーンは、フランク・ザッパのバンドで『Sheik Yerbouti』や『Zappa in New York』などの難曲を支えた驚異的なベース奏者であり、その後テリー・ボジオらと共にニュー・ウェイヴ・バンドMissing Personsを結成して世界的ヒットを飛ばした異色の経歴を持つ。
バンド活動と並行して彼が情熱を注いだのが、シンセサイザーとサンプラーを駆使したソロ・エレクトロニクスの世界であった。タンジェリン・ドリーム脱退後に高音質インストゥルメンタル専門レーベルPrivate Musicを立ち上げたピーター・バウマンがエグゼクティブ・プロデュースおよび共同ミックスを担当。マスタリングにはMasterdiskの巨匠ボブ・ラドウィック(Bob Ludwig)、ジャケット写真にはCTIレコード等の名作ジャケットで知られる写真家ピート・ターナー(Pete Turner)が起用され、80年代後半の最高峰の音響美が追求されている。
フレットレス・ベースの重低音とローランドDimension Dの音響空間
本作の最大の特色は、オハーン自身のトレードマークであるフレットレス・ベースが放つ深く滑らかな低音と、トライバルなパーカッション、そして黎明期のデジタルサンプラーで採取された具体音(水笛や金属ノイズなど)の有機的な結合にある。
名機ローランドSDD-320の空間コーラス効果をタイトルに冠した「Dimension D」や、雨乞いの儀式を思わせるミニマルなビートが心地よい「Rain Maker」、悠久の大自然を想起させる「Cape Perpetual」など、静謐でありながら身体を揺らす力強いグルーヴを内包している。単なるニューエイジ/BGMの枠を遥かに超え、現代のバレアリックやチルアウト/ダウンテンポの先駆としても極めて評価の高い一枚である。
トラックリスト
- A1 - Rain Maker (3:54)
- A2 - Sky Juice (4:48)
- A3 - Cape Perpetual (5:33)
- A4 - Gentle Was The Night (3:57)
- A5 - Fire Ritual (5:04)
- B1 - 87 Dreams Of A Lifetime (5:56)
- B2 - Dimension D (4:55)
- B3 - Forever The Optimist (5:04)
- B4 - Journey To Yoroba (3:49)
- B5 - Between Two Worlds (4:42)
David J – Etiquette Of Violence (1983)
1983年11月、Beggars Banquet傘下のSituation 2からリリースされたDavid Jの1stソロ・アルバム『Etiquette Of Violence』は、ゴシック・ロックの先駆者Bauhausの解体直後に、ベーシストであるデイヴィッド・Jが文学性とアヴァン・フォークの美学を静かに開花させた傑作だ。
バウハウス解散の余燼と聖地Beck Studiosでの隠密録音
1983年、4枚目のアルバム『Burning from the Inside』の発表とともにバウハウスはその激動の歴史に一度幕を下ろした。ピーター・マーフィーが去り、ダニエル・アッシュとケヴィン・ハスキンスがトーンズ・オン・テールを本格化させる中、デイヴィッド・J(本名デイヴィッド・ジョン・ハスキンス)が向かったのは、バウハウスの金字塔「Bela Lugosi’s Dead」を生み出した地元ノーサンプトンシャーのBeck Studiosであった。
名エンジニアのデレク・トンプキンズ(Derek Tompkins)と共にスタジオに籠もった彼は、バウハウス時代のシアトリカルな轟音から一転、アコースティック・ギター、フレットレス・ベース、ピアノ、ハーモニカを軸にした陰影豊かなチェンバー・フォーク/ポストパンク・ノワールの音像を紡ぎ出した。
文学的アナーキズムと沈黙のフォーク・ノワール
内袋に手書き歌詞が印刷された冒頭曲「I Hear Only Silence Now」は、静謐な爪弾きと憂愁の歌声が支配するアシッド・フォークの佳曲であり、狂騒のパンク・ムーブメントが過ぎ去った後の静寂を象徴する。続く「No One’s Sending Roses」や「The Fugitive」では、ダブ的な空間処理と乾いたパーカッションの上で、彼のトレードマークである粘り気のあるベースラインが妖しくうねる。
また、非業の死を遂げた劇作家ジョー・オートンをモチーフにした「Joe Orton’s Wedding」や、退廃的なキャバレー音楽の匂いを漂わせる「Betrayal」「Roulette」など、英国的ブラックユーモアと文学趣味が随所に横溢している。弟のケヴィン・ハスキンスもドラムで客演し、後のジャズ・ブッチャー(The Jazz Butcher)との共闘やラヴ・アンド・ロケッツ(Love and Rockets)結成へと至る音楽的探求の分水嶺となった名盤である。
トラックリスト
- A1 - I Hear Only Silence Now (3:13)
- A2 - No One's Sending Roses (2:35)
- A3 - The Fugitive (2:34)
- A4 - Betrayal (3:29)
- A5 - Joe Orton's Wedding (2:30)
- A6 - The Promised Land (2:27)
- B1 - 'With The Indians Perminent' (2:49)
- B2 - Say Uncle (3:49)
- B3 - Disease (2:43)
- B4 - Roulette (2:56)
- B5 - Saint Jacqué (3:01)
The Orient Express – The Orient Express (1969)
1969年にボブ・シャッド主宰のMainstream RecordsからリリースされたThe Orient Expressの唯一のアルバム『The Orient Express』は、60年代末のサイケデリック・カルチャーと中東・オリエンタル音楽の伝統が驚異的な純度で衝突した、ラーガ・サイケ/ガレージ・フォーク・ロックの孤高の奇書だ。
テヘランからパリ、ニューヨークへと至る異能のトリオ
バンドの結成背景は極めて数奇である。イランの名門一族出身で、卓越した打楽器の腕前からイラン国王(シャー)より叙勲を受けたペルシャ人パーカッショニストのファルシド・ゴルソルヒ(Farshid Golesorkhi)と、中東を旅してアラブの弦楽器ウードの魅力に取り憑かれたフランス人音楽家ギィ・デュリス(Guy Duris)がテヘランで出会ったことに端を発する。
二人はパリを経由する際、パイロットであり「ミニター(Minitar)」と呼ばれる特注弦楽器を操るベルギー人ギタリスト、ブルーノ・ジエ(Bruno Giet)と合流。意気投合した3人はニューヨークのイースト・ヴィレッジへと渡り、現地のサイケデリック・シーンと接触してメインストリーム・レコーズとの契約を勝ち取った。
エレクトリック・ウードとダラブッカが切り裂くサイケデリック空間
ビートルズのジョージ・ハリスンやバーズ、カレイドスコープ(US)らが試みた西欧的エキゾティシズムとは根本的に異なり、本作の核にあるのはゴルソルヒが叩き出す本場ペルシャのドゥムベク(ダラブッカ)やティンパニによる複雑怪奇な変拍子とポリリズムだ。
エレクトリック・ウードやエレクトリック・シタールにファズやディレイを噛ませて狂騒的なリフを奏でる「Fruit Of The Desert」や「Dance For Me」、瞑想的なドローンから中東旋法が炸裂する「Birds Of India」「Train To Bombay」、さらには42台のドラムを重ねて怒濤の打楽器アンサンブルを展開する「Impulse (42 Drums)」、ヘヴィなベースラインが蠢く「Cobra Fever」に至るまで、その熱量は凄まじい。
当時のサイケデリック・ムーブメントの東洋趣味をはるかに凌駕し、本物のペルシャ伝統音楽の血肉と西欧ガレージ・ロックが未分化のまま結晶した、ワールド・サイケデリア史に刻まれるべき怪作である。
トラックリスト
- A1 - Fruit Of The Desert
- A2 - Dance For Me
- A3 - Layla
- A4 - Birds Of India
- A5 - Train To Bombay
- A6 - Caravan Of Silk
- B1 - Azaar
- B2 - For A Moment
- B3 - Impulse (42 Drums)
- B4 - A Little Star
- B5 - Cobra Fever
Warp 9 – Fade In, Fade Out (1986)
1986年に名門Motown RecordsからリリースされたWarp 9の2ndアルバム『Fade In, Fade Out』は、初期ニューヨーク・エレクトロ/ヒップホップ黎明期を切り拓いたプロジェクトが、洗練されたアーバン・シンセファンク/ブギーへと飛翔を遂げた傑作だ。
ロッティ・ゴールデン&リチャード・シェアとNY最先端スタジオの化学反応
Warp 9は、ソングライター/プロデューサーのロッティ・ゴールデン(Lotti Golden)とリチャード・シェア(Richard Scher)によって結成された。1983年のPrism Records時代には「Nunk (New Wave Funk)」や「Light Girls」といったエレクトロ・クラシックを連発し、ドラムマシンとSF的シンセサイザーを融合させたストリート・サウンドの先駆者として知られた。
メジャーのモータウンへ移籍して制作された本作は、アーサー・ベイカーの本拠地として知られるニューヨークの「Shakedown Sound」および「Carnegie Hill Studios」で録音・ミックスダウンを敢行。ヴォーカル陣にはチャック・ワンズリー(Chuck Wansley)とキャサリン・ジョイス(Katherine Joyce)をフロントに据え、エイダ・ダイアー(Ada Dyer)やキャロリン・ハーディング(Carolyn Harding)ら一流のセッション・シンガーが重厚なバック・コーラスを固めている。
エレクトロの骨格と80年代ソウルの艶やかな融合
初期の荒削りな808ビートから一歩進め、本作ではLinnDrumや打ち込みのソリッドなパーカッション、スラップ風のシンセベース、ヤマハDX7やオーバーハイムによるきらびやかなコードワークが隙間なく組み上げられている。ストリート直系のダンサブルな推進力を保ちながらも、モータウンらしいキャッチーなメロディラインと洗練されたコード進行が際立つ。
躍動的なビートがフロアを揺らす「Skips A Beat」や「Big Fun」、エッジの効いたギターカッティングとファンキーなベースラインが交錯する「Dirty Looks」、さらには都会的なミディアム・ブギー「Reach For Your Star」や「The Cutting Edge」に至るまで、当時のフリースタイルやミネアポリス・サウンドとも共鳴するハイテク・ファンクの粋が詰まっている。
アンダーグラウンドなエレクトロの文脈と、80年代ブラコン/ポスト・ディスコの芳醇なプロダクションが最も幸福な形で結実した、エレクトロ・ソウル史における隠れた名盤である。
トラックリスト
- A1 - Skips A Beat (3:50)
- A2 - Dirty Looks (5:41)
- A3 - Big Fun (5:18)
- A4 - Reach For Your Star (5:25)
- B1 - The Cutting Edge (5:31)
- B2 - King Of Hearts (5:25)
- B3 - You'll Get Over It (4:32)
- B4 - To The Last Drop (5:00)
Mose Jones – Mose Knows! (1974)
1974年にアル・クーパー(Al Kooper)主宰のSounds of the South/MCA RecordsからリリースされたMose Jonesの2ndアルバム『Mose Knows!』は、泥臭いブギのイメージが強かったサザン・ロック界において、洗練されたR&B/ファンクのグルーヴと極上のポップ・ハーモニーを提示した隠れた名盤だ。
アル・クーパーに見出されたアトランタの名手たち
ジョージア州アトランタで結成されたモーズ・ジョーンズ。バンド名はジャズ・ブルースの巨匠モーズ・アリソンと、ボブ・ディランの楽曲「Ballad of a Thin Man」の一節に由来する。当時アトランタに移住しMCA傘下に自身のレーベル「Sounds of the South」を立ち上げたアル・クーパーが、レーナード・スキナードと並んで真っ先に契約を結んだのが彼らであった。
本作のエグゼクティブ・プロデュースとリミックスはアル・クーパー自身が手掛け、アソシエイト・プロデューサーにはフランキー・ヴァリやローラ・ニーロの仕事で知られる名匠チャーリー・カレロ(Charlie Calello)が招聘された。さらに録音は、スキナードやアトランタ・リズム・セクションの諸作を世に送り出したStudio Oneの名エンジニア、ロドニー・ミルズ(Rodney Mills)が担当。南部特有の乾いたレイドバック感と、都会的なモダン・プロダクションが高次元で結実している。
スワンプ・ロックとソウルフルなアンサンブルの結晶
ジミー・オニール(Jimmy O’Neill / G, Vo)の流麗なスライドギターやワウを効かせたリフ、スティーヴ・マクレイ(Steve McRay / Key, Vo)のファンキーなハモンドオルガンとフェンダー・ローズの響き、そしてランディ・ルイス(B)とブライアン・コール(Dr)が刻む粘り強いリズムセクション。4人の巧みなプレイヤーシップは、リトル・フィートやザ・バンド、トッド・ラングレンのユートピア初期を彷彿とさせる緻密さを持つ。
オープニングを飾る「Keep On Trying」の軽快なサザン・ファンクから、6分半にわたりエモーショナルなソロと重厚なコーラスが交錯する大曲「Everyone Before You」、疾走感あふれる表題曲「Mose Knows」、そしてモータウンのボビー・テイラー&ザ・バンクーバーズを取り上げたスウィートなソウル・カバー「Does Your Mama Know About Me」に至るまで、楽曲の充実度は極めて高い。
大味なサザン・ブギとは一線を画す、アトランタ産ブルー・アイド・ソウル/スワンプ・ロックの芳醇な薫りを凝縮した70年代アメリカン・ロックの逸品である。
トラックリスト
- A1 - Keep On Trying (3:17)
- A2 - Everyone Before You (6:42)
- A3 - Mose Knows (3:56)
- A4 - Would Be (3:49)
- B1 - Gift (2:46)
- B2 - Home (6:34)
- B3 - Does Your Mama Know About Me (3:41)
- B4 - Stood Up (4:00)
- B5 - Just Another Highway Song (2:39)
The Comsat Angels – You Move Me (One Good Reason) (1984)
1984年にJive RecordsからリリースされたThe Comsat Angelsの12インチシングル『You Move Me (One Good Reason)』は、シェフィールド出身のポストパンク屈指の孤高派が、80年代中期の洗練されたニュー・ウェイヴ/シンセ・ポップのプロダクションと対峙した転換期の重要シングルだ。
Jive移籍とロンドンBattery Studiosでのソリッドな音像設計
ポリドール時代に『Waiting for a Miracle』(1980年)やダーク・ポストパンクの極北『Sleep No More』(1981年)という歴史的名作を残したコムサット・エンジェルス。彼らは1983年にJive Recordsへ移籍し、アルバム『Land』を発表した。本作表題曲「You Move Me」は、1985年のアルバム『7 Day Weekend』へと至る過渡期に先行カットされたナンバーである。
ロンドンのBattery Studiosで録音された本作では、スティーヴン・フェローズ(Stephen Fellows)の冷涼でエッジの効いたカッティング・ギターと、ケヴィン・ベイコン(Kevin Bacon)のうねるベース、アンディ・ピーク(Andy Peake)の空間を彩るシンセサイザー、そしてミック・グレイシャー(Mik Glaisher)のタイトなゲートリバーブ・ドラムが寸分の狂いもなく噛み合っている。初期の陰鬱な残響から、よりダイナミックでソリッドな80年代的オルタナティヴ・ロックへの進化が明確に刻み込まれている。
12インチ・ロングバージョンと貴重なライブ音源
A面に配された「Long Version」は5分30秒超に及び、ミニマルなリズムシーケンスの緊張感をじわじわと高めながら、サビのエモーショナルな爆発へと至る構成美が圧巻だ。フェローズの憂いを帯びたヴォーカルとメロディアスなギターフレーズが、同時代のエコー&ザ・バニーメンやザ・カメレオンズとも共鳴する冷徹な美意識を放つ。
B面には前年作の表題曲「Land」、そしてバンド最初期の1981年の代表曲「Eye Of The Lens」の貴重なライブテイクを収録。生演奏ならではの鋭角的なアタックと熱量をパッケージしたこのライブテイクは、彼らの本領がステージ上の強靭なアンサンブルにあったことを証明している。名エンジニア「BilBo」ことデニス・ブラックハムによるカッティングの抜けの良さも相まって、80年代英国オルタナティヴの底力を実感させる名盤だ。
トラックリスト
- A - You Move Me (One Good Reason) (Long Version) (5:37)
- B1 - Land (4:10)
- B2 - Eye Of The Lens (Live Version) (4:02)
Rabbitt – Boys Will Be Boys! (1976)
南アフリカのロック史上最大の社会現象を巻き起こしたバンドRabbittが、1975年(国際盤は1976〜77年)に放ったデビュー・アルバム『Boys Will Be Boys!』。後にYesへ加入し80年代の世界的復活劇『90125』を主導する才人トレヴァー・ラビン(Trevor Rabin)の原点であり、パワーポップとハードロックが極めて高い次元で融合した名盤だ。
「南アのビートルズ」と呼ばれた熱狂と黄金のカルテット
当時の南アフリカ国内において、Rabbittの登場は「ラビットマニア」と呼ばれる凄まじい熱狂をもたらした。アルバムは南アフリカ史上最速でゴールドディスクを獲得し、国内音楽賞SARIEを総なめにした。バンドの中核を担ったのは、リードギター/キーボード/ヴォーカル/作編曲を手掛けた若きトレヴァー・ラビンと、後にベイ・シティ・ローラーズのフロントマンへと転身するダンカン・フォーレ(Duncan Faure / Vo, Key)。そしてロニー・ロボット(Ronnie Robot / B)、ニール・クラウド(Neil Cloud / Dr)によるタイトなリズム隊である。
プロデュースにはラビン自身に加え、パトリック・ヴァン・ブレルク、そしてフリーダムズ・チルドレン等で知られる南ア・ロック界の名エンジニア/ギタリストのジュリアン・ラックストン(Julian Laxton)が参画。英米の最先端プロダクションに引けを取らない分厚いギター・オーケストレーションと華麗なコーラスワークを結実させた。
グラムロックの華麗さとプログレッシブな構築美
本作の魅力は、スウィートやクイーン、バッドフィンガーを思わせるキャッチーなメロディセンスと、クラシックやジャズの素養に裏打ちされたラビンの卓越したギターテクニックが同居している点にある。全南アで大ヒットを記録したシングル「Charlie」の軽快なポップネスから、ダンカン・フォーレがシャウトする重厚なパワーポップ「Hard Ride」、さらには6分に及ぶドラマティックな展開美を誇る大曲「Lifeline」まで、楽曲の振り幅は広い。
また、ジェスロ・タルの名曲を大胆にハード・ドライヴィンなグラム/ハードロックへと改編した「Locomotive Breath」のカバーでは、ラビンの攻撃的なリフとシンセサイザーの装飾が冴え渡る。アパルトヘイト下の閉塞した情勢において奇跡のように花開いた南アフリカ産ロックの金字塔であり、80年代スタジアム・ロックの萌芽を予見させるエネルギーに満ち溢れている。
トラックリスト
- A1 - Something's Going Wrong With My Baby (3:51)
- A2 - Savage (4:43)
- A3 - Lifeline (6:00)
- A4 - Locomotive Breath (3:44)
- B1 - Hard Ride (4:06)
- B2 - Baby's Leaving (2:22)
- B3 - Eventides (2:33)
- B4 - Looking For The Man (3:03)
- B5 - Death Of Tulio (0:25)
- B6 - Charlie (2:51)
Michael Hoenig – Departure From The Northern Wasteland (1978)
1978年にWarner Bros.からリリースされたMichael Hoenigのソロ・デビュー作『Departure From The Northern Wasteland』は、クラウス・シュルツェやタンジェリン・ドリームと並び称されるベルリン・スクール(ベルリン電子音響派)の頂点を極めた金字塔的アルバムだ。
アジテーション・フリーからコニー・プランクのスタジオへ
ミヒャエル・ヘーニッヒは、ジャーマン・エクスペリメンタル・ロックの伝説的バンドAgitation Freeのキーボーディストとして頭角を現し、1975年にはピーター・バウマンの一時離脱に伴いTangerine Dreamのツアー・メンバーとして豪州公演やロンドン公演に参加、マニュエル・ゲッチングとの即興コラボレーション(後の『Early Water』)を行うなど、クラウトロック黎明期の中核で活動してきた才人である。
1976年から1977年にかけてベルリンのアウラ・スタジオで録音されたマテリアルは、クラウトロック/電子音楽の総本山として知られるノインキルヒェンのコニー・プランク(Conny Plank)のスタジオへと持ち込まれ、プランクとデイヴ・ハッチンスの手によってミックスダウンが行われた。さらにゲストとしてアジテーション・フリー時代の盟友ミッキー・ドゥーヴェ(Micky Duwe)がFarfisa Syntorchestraやハーモニーで参加し、分厚い音響の層を形成している。
ポリリズム・シーケンスの美学と壮大な音響建築
アナログLPのA面全体を占める20分超の表題曲「Departure From The Northern Wasteland」は、ミニマル・ミュージックと電子シーケンスが完璧な均衡を保つ圧巻の組曲だ。PPGシーケンサーとMoog、EMS VCS3シンセサイザーから紡ぎ出される複数の拍節パターンがスティーヴ・ライヒを思わせる位相のズレを伴って交差し、冷涼なベルリンの空気を切り裂くように展開する。中盤から現れるメロトロンの合唱音と広大な残響処理が、北方の荒野というタイトルにふさわしい崇高なランドスケープを描き出す。
B面冒頭の「Hanging Garden Transfer」では、極限までタイトに絞られた高速シーケンスが催眠的なドライヴ感を生み、「Voices Of Where」「Sun And Moon」では静謐で瞑想的なアンビエント空間へと着地する。コニー・プランクの卓捌きによる重層的な音場設計と、ヘーニッヒの論理的かつ叙情的な構成美が見事に結晶した傑作だ。
本作発表後、ヘーニッヒは活動拠点を米国ハリウッドへと移し、映画音楽家として『The Blob』『マックス・ヘッドルーム』やゲーム『Baldur’s Gate』の劇伴を手掛け、現代エレクトロニクス作曲家としての地位を不動のものにした。
トラックリスト
- A - Departure From The Northern Wasteland (20:53)
- B1 - Hanging Garden Transfer (10:56)
- B2 - Voices Of Where (6:19)
- B3 - Sun And Moon (4:16)
Edwyn Collins – Coffee Table Song (1989)
1989年にDemon RecordsからリリースされたEdwyn Collinsの12インチシングル『Coffee Table Song』は、スコティッシュ・ポップ/ネオアコの金字塔Orange Juiceの解散から4年の沈黙を経て、彼がソロ・アーティストとしての再生を高らかに告げた重要作だ。
ケルンWhitehouse Studiosでの録音とトム・ドコウピルとの共闘
ポストカード・レコーズの創設から「Rip It Up」の大ヒットに至るまで、グラスゴーのインディー・シーンを牽引したエドウィン・コリンズだったが、オレンジ・ジュースの解散後は大手レコード会社との契約トラブルや停滞期に直面していた。その閉塞感を打破すべく彼が向かったのが、西ドイツ・ケルンのWhitehouse Studiosであった。
プロデューサーとしてタッグを組んだのは、ノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(NDW)の先鋭バンドThe Wirtschaftswunderのメンバーであり前衛的サウンドを手掛けていたトム・ドコウピル(Tom Dokoupil)。英国のメインストリーム・ポップの商業的クリシェから意図的に距離を置き、生々しいバンドサウンドと乾いたガレージ・ロック/ノーザン・ソウルのグルーヴを抽出した。
痛烈なシニシズムと極上のポップ・センスの結晶
ソロ1stアルバム『Hope and Despair』の冒頭を飾った表題曲「Coffee Table Song」は、軽薄な中流階級の消費文化や気取ったインテリア生活を辛辣に風刺したコリンズならではのリリックが光る。跳ねるようなアコースティック・ギターのカッティングとツボを押さえたホーン・セクション、そして彼のトレードマークである甘美で陰影に富んだバリトン・ヴォイスが極上のポップネスを紡ぎ出す。
12インチ盤のB面には、モータウン直系のビートと鋭利なギターリフが躍動するアルバム未収録ナンバー「Judas In Blue Jeans」、そして1分に満たない実験的な小品「Out There」を収録。ジャケットに描かれたオオハシ(Toucan)のイラストレーションはコリンズ自身によるものであり、音楽のみならずヴィジュアル面でも徹底したインディペンデント精神が貫かれている。
後の90年代世界的メガヒット「A Girl Like You」へと結実するエドウィン・コリンズの類まれなるソングライティングと不屈のウィットが、瑞々しい初期衝動とともに刻まれた名シングルである。
トラックリスト
- A1 - Coffee Table Song
- B1 - Judas In Blue Jeans
- B2 - Out There (0:55)
Mordecai Smyth – The Mayor Of Toytown Is Dead (2017)
2017年に英国ウェールズの名門サイケデリック・レーベルMega Dodoから250枚限定プレス(180g重量盤・ゲートフォールド仕様)でリリースされたMordecai Smythの2ndアルバム『The Mayor Of Toytown Is Dead』は、60年代後半の英国トイタウン・サイケデリアと70年代カンタベリー・シーンの遺伝子を現代に継承した珠玉のポップ・プログレッシブ作品だ。
英国特有の「トイタウン・ポップ」へのオマージュと偏執的音響美学
アルバム名に冠された「トイタウン(Toytown)」とは、60年代後半にビートルズの『Sgt. Pepper’s』やキース・ウェストの『Excerpt From A Teenage Opera』、初期ピンク・フロイドらが提示した、英国童話的・絵本的なノスタルジーとサイケデリアが交錯するサブジャンルを指す。バークシャーを拠点に活動するマルチ奏者モーデカイ・スミス(The Honey Pot周辺でも知られる)は、タイトル通りその寓話的世界の終焉と再生をテーマに据えている。
宅録的な親密さを保ちながらも、メロトロンの重層的なフルートやストリングス、ファズを効かせたサイケデリック・ギター、フェイザー処理されたベースライン、温かみのあるアナログシンセを緻密に重ね合わせ、万華鏡のように色彩豊かな箱庭的音響を構築している。
カンタベリーの名曲「Golf Girl」の解釈と多彩な楽曲展開
サイドBの冒頭に配置されたCaravanの不朽の名曲「Golf Girl」(1971年の名盤『In the Land of Grey and Pink』収録)のカバーは、本作の音楽的ルーツを最も雄弁に物語るハイライトだ。リチャード・シンクレアによる原曲のほのぼのとしたカンタベリー・ユーモアを敬意をもって受け止めつつ、ドリーミーなファズギターと幾重にも重なるヴォーカル・ハーモニーによって、浮遊感溢れるサイケ・ポップへと見事に昇華させている。
オープニングの「Billywitch」や「River Of Sleep」で聴かせるメランコリックで美しい旋律、牧歌的なアコースティックの調べから突如プログレッシブな拍子変遷へと雪崩れ込む「Heading Back West」、そして終盤の「Dissent Into Chaos」に至るまで、英国アンダーグラウンドの豊潤な伝統と職人気質が詰まった逸品である。
トラックリスト
- A1 - Billywitch
- A2 - River Of Sleep
- A3 - Far From The Crowd
- A4 - Heading Back West
- B1 - Golf Girl
- B2 - A Knife And A Key
- B3 - Happy
- B4 - Stay With The Pulse
- B5 - Dissent Into Chaos
Venus Peter – Doo Bee Free (Remix) / Fall (Remix) (1991)
1991年8月、UK.PROJECT傘下のインディーレーベルWonder Release Recordsからカタログ第2弾(WRR-2)としてリリースされたVenus Peterの12インチシングル『Doo Bee Free (Remix) / Fall (Remix)』は、日本のインディーポップ/オルタナティブ・シーンが英国のマッドチェスター・ムーブメントとリアルタイムで共鳴した瞬間を刻みつけた重要作だ。
Wonder Release初期の熱気とダンサブルなグルーヴへの拡張
1990年に沖野俊太郎(Vo/G)、石田真人(G)、ドン・マツオこと土中ヤスタカ(G)、古賀裕(B)、佐々木康治(Dr)によって結成されたVenus Peterは、ネオ・アコースティックの瑞々しいメロディと、The Stone RosesやHappy Mondaysらが牽引したマンチェスターのダンス・ビートを天性のセンスで融合させ、下北沢を中心に熱狂的な支持を集めた。
同年に発表された1stアルバム『Lovemarine』の直後、バンドの代表曲2曲をフロア仕様へとアップデートするべく制作されたのが本作である。リミックスを手掛けたのは、当時のインディー・ダンス/クラブカルチャーと密接に結びついていた磯貝健。エンジニアには早川和典が名を連ね、バンド自身によるセルフプロデュースのもと、原曲のギターポップ構造を大胆に解体・再構築している。
ブレイクビーツとサイケデリック・ギターの交錯
A面の「Doo Be Free (Remix)」では、うねるベースラインとパーカッシブなビートが強調され、沖野の囁くようなヴォーカルとワウを効かせたサイケデリックなギターカッティングが陶酔的なグルーヴを紡ぎ出す。インディー・ロックの疾走感にダンスフロアの快楽主義が見事にブレンドされた構成だ。
B面の「Fall (Remix)」は、シューゲイザー的なフィードバックノイズのレイヤーと重厚なキックが絡み合うダビーな仕上がり。ギターの残響音をディレイとリバーブの霧の中に泳がせ、楽曲の持つダークな陰影とメランコリーを際立たせている。
後のフリッパーズ・ギター『Doctor Head’s World Tower』やトラットリア・レーベル周辺のムーヴメントとも呼応し、90年代初頭の東京インディー・シーンにおけるクラブとロックの幸福な交差点となった貴重な12インチ盤である。
トラックリスト
- A - Doo Be Free (Remix)
- B - Fall (Remix)
Pink Floyd – Pink Floyd At Pompeii MCMLXXII (1981)
1971年10月、イタリアの古代遺跡ポンペイの円形劇場において、観客を一切入れない完全な無観客状態で敢行されたPink Floydの伝説的ライブパフォーマンス。エイドリアン・メイベン(Adrian Maben)監督による1972年の映画『Pink Floyd: Live at Pompeii』として知られるその音源が、半世紀以上の時を経てスティーヴン・ウィルソン(Steven Wilson)による最新リミックスを施され、2025年に初の単独公式アナログLP『Pink Floyd At Pompeii MCMLXXII』として結実した。
廃墟に響き渡る4人の肉体性と機材群
当時のピンク・フロイドは、名盤『Meddle(おせっかい)』のリリース直前という、サイケデリックの残照からプログレッシブ・ロックの巨塔へと飛翔する過渡期の絶頂にあった。ロジャー・ウォーターズ(Roger Waters)、デヴィッド・ギルモア(David Gilmour)、リチャード・ライト(Richard Wright)、ニック・メイスン(Nick Mason)の4人は、巨大なPAスピーカー、WEMキャビネット、ハモンドオルガン、ファルフィッサ・オルガン、ドラムセットを白日の円形劇場の中央に設置し、直射日光と砂塵の中で濃密なインタープレイを展開した。
スタジオでのオーバーダブや音響ギミックに頼ることなく、純粋なライブバンドとしてのダイナミズムが剥き出しに記録されている点が本作の白眉である。メイスンの手数が多く躍動的なドラミング、ウォーターズのうねるベースライン、ライトの幽玄なキーボードワーク、そしてギルモアのファズフェイスとビネッター・エコープレックスを駆使したエモーショナルなスライドギターが、古代の石壁に反響し独特の空間音響を形成している。
スティーヴン・ウィルソンによる2025年リミックスと発掘テイク
本作の最大のハイライトは、長年にわたりフロイドのアーカイヴに眠っていたオリジナルの16トラック・マルチテープから、スティーヴン・ウィルソンが現代の最高峰技術でリミックスを施した点にある。映画のサントラ盤やブートレグで散見された音質のばらつきや歪みが克明に補正され、各楽器の分離感と低域の解像度が劇的に向上している。
2分割されて配置された大曲「Echoes」の深海を思わせるソナー音と静寂の美学、ウォーターズの咆哮が炸裂する「Careful With That Axe, Eugene」、荒々しいパーカッションとゴングが轟く「A Saucerful Of Secrets」、異様な緊迫感を放つ「One Of These Days」など、その音像は生々しい息遣いすら伝える。さらにサイドDには「Careful With That Axe, Eugene」の別テイクや「A Saucerful Of Secrets」のノーカット未編集バージョンが収録されており、歴史的記録物としても比類ない価値を湛えている。
トラックリスト
- A1 - Pompeii Intro (3:30)
- A2 - Echoes - Part 1 (11:55)
- A3 - Careful With That Axe, Eugene (6:37)
- B1 - A Saucerful Of Secrets (10:10)
- B2 - Set The Controls For The Heart Of The Sun (10:29)
- C1 - One Of These Days (5:55)
- C2 - Mademoiselle Nobs (1:49)
- C3 - Echoes - Part 2 (13:23)
- D1 - Careful With That Axe, Eugene (Alternate Take) (6:01)
- D2 - A Saucerful Of Secrets (Unedited) (12:45)
Tangerine Dream – Sorcerer (Music From The Original Motion Picture Soundtrack) (1977)
1977年にMCA Records(英国ではVirgin)からリリースされた『Sorcerer』は、ウィリアム・フリードキン監督による同名サスペンス映画(邦題『恐怖の報酬』)のためにTangerine Dreamが手掛けた、キャリア初となる本格的長編映画サウンドトラックである。
映像以前に作曲された異例のスコア制作とバウマン在籍最後のスタジオ作
『フレンチ・コネクション』や『エクソシスト』で知られる映画監督ウィリアム・フリードキンは、西ドイツでのロケハン時にTangerine Dreamの音楽(特に『Phaedra』)に強い衝撃を受け、本作のスコア制作を直接依頼した。特筆すべきは、映画の撮影が始まる前に脚本と構想だけを手渡されたバンドが、ベルリンのスタジオで全楽曲を完成させたという点である。
フリードキンは完成したテープをドミニカ共和国の過酷なジャングルロケ地に持ち込み、巨大なスピーカーで鳴り響かせながら撮影を進行させた。さらには音楽のテンポやシーケンスの拍動に合わせて映像の編集を行ったとされる。本作は、エドガー・フローゼ(Edgar Froese)、クリストファー・フランケ(Christopher Franke)、ピーター・バウマン(Peter Baumann)によるクラシック・トリオが揃った最後のスタジオ録音作品(バウマンは本作後に脱退)でもあり、70年代半ばの緊張感あふれるアンサンブルの到達点を示している。
Moogモジュラーとメロトロンが描く極限のサスペンス
爆発寸前のニトログリセリンを積んだトラックで荒野と泥濘の山道を走破するという極限状態を、バンドはMoog 55モジュラー・シンセサイザーの冷え切ったパルスと、メロトロンの不穏なストリングスやフルート音、フェンダー・ローズの打撃音で見事に具現化した。
重厚な低音が脈動する「Main Title」や、トラックのテーマとしてシングル盤にもなった「Betrayal (Sorcerer Theme)」では、緊迫したシーケンスが息詰まる焦燥感を演出する。また、熱帯雨林の混沌を湿り気のある電子テクスチャで捉えた「Rain Forest」、7分に及ぶ長尺で暗黒の深淵を描き出す「Abyss」など、映像の伴奏にとどまらない純粋なアンビエント/電子音響作品としての強烈な強度を保持している。
映画自体の興行は『スター・ウォーズ』の直撃を受けて苦戦を強いられたものの、本作は全英アルバムチャートで25位を記録し、当時のグループ最高位をマークした。本作の成功を契機として、Tangerine Dreamは『ザ・キープ』『カリブの熱い夜』『卒業白書』『ニア・ダーク』など、80年代ハリウッド映画音楽のトップランナーとして不動の地位を築いていくことになる。
トラックリスト
- A1 - Main Title (5:28)
- A2 - Search (2:54)
- A3 - The Call (1:57)
- A4 - Creation (5:00)
- A5 - Vengeance (5:32)
- A6 - The Journey (2:00)
- B1 - Grind (3:01)
- B2 - Rain Forest (2:30)
- B3 - Abyss (7:04)
- B4 - The Mountain Road (1:53)
- B5 - Impressions Of Sorcerer (2:55)
- B6 - Betrayal (Sorcerer Theme) (3:38)
Tangerine Dream – Exit (1981)
1981年にVirgin RecordsからリリースされたTangerine Dreamのスタジオアルバム『Exit』は、70年代の『Phaedra』や『Rubycon』に代表される長尺の瞑想的シーケンス絵巻から明確に舵を切り、80年代型のエレクトロニック・サウンドへと脱皮を遂げた転換点となる一枚だ。
ベルリンPolygon Studiosでの制作とシュメーリング体制の確立
本作のレコーディングは1981年6月から7月にかけて、ベルリンにあるクリストファー・フランケ所有のプライベートスタジオ「Polygon Studios」で集中的に行われた。パーソネルは創設者のエドガー・フローゼ(Edgar Froese)、リズムシーケンスの設計を担うクリストファー・フランケ(Christopher Franke)、そして前作『Tangram』(1980年)から加入したヨハネス・シュメーリング(Johannes Schmoelling)の黄金期トリオである。
クラシックの素養とスタジオエンジニアのバックグラウンドを持つシュメーリングの合流によって、グループの音像設計は大きく整理された。それまでの長大で即興性の強いコズミック・ドローンから、明確なメロディラインとタイトな拍節感を持つ5〜9分台のコンパクトなトラック構成へとシフト。Oberheim OB-XやMinimoogなどのアナログ銘機に加えて、PPG Waveなどの初期デジタルシンセサイザーが導入され、輪郭のくっきりとしたアタック音と硬質な金属的響きが前面に押し出されている。
冷戦期の緊張感と研ぎ澄まされたシーケンス
アルバムの冒頭を飾る「Kiew Mission」は9分を超える本作最長の楽曲であり、冷戦下のベルリンという地理的・時代的背景が色濃く影を落としている。不穏な持続低音とリリカルなエレピ風の旋律の合間に、ロシア語の女性ナレーションが挿入される。これはベルリン在住の知人女性が吹き込んだもので、地球の座標と核戦争への警鐘、平和への祈りを淡々と語りかけるものだ。重厚なシンセのレイヤーが徐々に高揚し、冷徹さと叙情性が交錯する。
一方、シングルカットされた「Choronzon」では、フランケの手腕が冴え渡る高速の16分音符シーケンスとパーカッシブなトリガーが疾走し、フローゼによる鋭利なエレキギターのフレーズが切り込む。「Pilots Of Purple Twilight」の澄明な浮遊感、ディストピア的監視社会を想起させる「Network 23」、そして深遠なアンビエントの余韻を残す「Remote Viewing」に至るまで、無駄を削ぎ落としたアンサンブルの完成度は極めて高い。
70年代のプログレッシブ・ロック/クラウトロックの文脈から、80年代の先鋭的なシンセポップや後のハリウッド映画サントラ制作(『Thief』や『Risky Business』など)へと繋がるタンジェリン・ドリームの進化を鮮烈に刻みつけた名盤である。
トラックリスト
- A1 - Kiew Mission (9:18)
- A2 - Pilots Of Purple Twilight (4:19)
- A3 - Choronzon (4:07)
- B1 - Exit (5:33)
- B2 - Network 23 (4:55)
- B3 - Remote Viewing (8:20)
The Undertones – The Sin Of Pride (1983)
北アイルランド・デリー出身のパンク/パワー・ポップ・バンド、ジ・アンダートーンズ(The Undertones)。彼らが1983年3月にアルデック/EMI(Ardeck)から発表した通算4作目にしてオリジナル編成最後のスタジオ・アルバムが『The Sin Of Pride』だ。ジョン・ピールが生涯のベスト・ソングと公言した不朽の名曲「Teenage Kicks」(1978年)の直線的なポップ・パンク像を自ら解体し、大胆なソウル/モータウンへの傾倒を見せた野心作である。
マイク・ヘッジスの起用と60sノーザン・ソウルへの大転換
ザ・キュアーやスージー&ザ・バンシーズの初期傑作を手がけた敏腕プロデューサー、マイク・ヘッジス(Mike Hedges)を共同制作に迎えてロンドンで録音された本作。前作『Positive Touch』(1981年)で見せ始めた音楽的深化をさらに押し広げ、メンバーが愛聴していた60年代のモータウンやノーザン・ソウル、そしてサイケデリック・ポップの要素を大々的に導入した。
オープニングを飾る「Got To Have You Back」は、アイズレー・ブラザーズで知られるリオン・ウェア作のソウル・クラシックのカバー。ファーガル・シャーキー(Feargal Sharkey)のヴィブラートを効かせた情熱的なボーカルと、ジョン&ダミアン・オニール兄弟のシャープなカッティング、そして華やかなホーン・セクションが融合し、極上のブルー・アイド・ソウル・ダンサーへと昇華されている。
華麗なホーンとサイケデリア、そしてバンドの終焉
先行シングルとなった「The Love Parade」は、きらめく12弦ギターとブラスが織りなす極上のチェンバー・ポップ。「Valentine’s Treatment」や「Luxury」で見せる洗練されたコード展開や、軽快なファンク・ビートを導入した「Soul Seven」、アコースティックな哀愁が漂う「Bye Bye Baby Blue」、そして不穏なサイケ・ポップの表題曲「The Sin Of Pride」に至るまで、楽曲の成熟度はバンド史上最高水準に達している。
しかし、初期の荒削りな3コード・パンクを求めるファンやメディアとのギャップ、さらにはソウルフルなポップス路線を志向するシャーキーと、より先鋭的なギター・ロックを模索するオニール兄弟との方向性の違いが顕在化。本作リリースからわずか4ヶ月後の1983年7月、バンドは解散を迎えた。オニール兄弟は後に先駆的オルタナ・バンド、ザット・ペトロール・エモーション(That Petrol Emotion)を結成し、シャーキーは全英1位ソロ歌手へと羽ばたいていく。
時代を先取りしすぎたソウルフル・ポップの傑作
発表当時はチャート的苦戦を強いられたものの、後年の再評価においてデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズやオレンジ・ジュースのソウル傾倒とも共鳴する「パンク世代による最も美しいモータウンへのラブレター」として評価を確立した。若き日の衝動を気品あるポップスへと昇華させて散った、美しきラスト・アルバムだ。
トラックリスト
- A1 - Got To Have You Back
- A2 - Valentine's Treatment
- A3 - Luxury
- A4 - Love Before Romance
- A5 - Untouchable
- A6 - Bye Bye Baby Blue
- B1 - Concious
- B2 - Chain Of Love
- B3 - Soul Seven
- B4 - The Love Parade
- B5 - Save Me
- B6 - The Sin Of Pride
Various – From The New World (American Folk-Rock, Vol.One; 1965-69) (1990)
英国のサイケデリック/ガレージ再発のパイオニアであるバム・カルーソ(Bam-Caruso Records)が、1990年に送り出した米国の黎明期フォーク・ロック発掘コンピレーション『From The New World (American Folk-Rock, Vol.One; 1965-69)』(PABL 052)。ザ・バーズやボブ・ディランの登場によって全米に吹き荒れたフォーク・ロック・ブームの熱狂の中で、地方都市のガレージから生まれたオブスキュアなシングル全18曲を網羅した編集盤だ。
バム・カルーソによる知られざる12弦ジャンガル・ポップの集成
伝説のサイケ/ガレージ・コンピ『ラブル(Rubble)』シリーズを手がけたブライアン・ホッグとフィル・スミーの手腕が光る本作。レニー・ケイの『ナゲッツ』が荒々しいファズ・ガレージに焦点を当てていたのに対し、本作は1965年から1969年にかけての「アコースティックと12弦リッケンバッカーの響き、そして哀愁のハーモニー」を基調とするフォーク・ロックの鉱脈を徹底的に掘り起こしている。
最大の発掘ポイントのひとつが、ロサンゼルスの名門サンセット・ストリップで活躍したザ・パレス・ガード(The Palace Guard)の「All Night Long」と「A Girl You Can Depend On」だ。後に“ワンマン・ビートルズ”と称賛される天才シンガー・ソングライター、エミット・ローズ(Emitt Rhodes)が少年時代にドラマーとして在籍していたグループであり、ビートルズ直系の爽快なビートとコーラス・ワークを聴かせる。
バロック・ポップから反戦フォーク・ガレージまで
収録陣には、後にサンシャイン・ポップの名盤を残すザ・ペパーミント・トローリー・カンパニーの甘美な名曲「Baby You Come Rollin’ Across My Mind」や、ゴフィン&キング作でモンキーズやタジ・マハールでも知られる名曲を取り上げたザ・ファウンテン・オブ・ユースの「Take A Giant Step」が並ぶ。
さらに、バロック・ポップの雄レフト・バンク(The Left Banke)による貴重なコカ・コーラのラジオCMジングル「Things Go Better With Coke」や、ボブ・ディランのナンバーを荒削りな12弦ファズ・ギターで疾走させたイーヴル・エンコーポレイテッドの「All I Really Wanna Do」、社会風刺を込めたアンクル・サム&ザ・ウォー・マシーンの「Hold On」など、メジャーの隙間に埋もれたアメリカ各地の若者たちの生々しいエネルギーが凝縮されている。
アメリカン・フォーク・ロック史を補完する名アンソロジー
チャート上位のヒット曲を並べた安易なベスト盤とは一線を画し、当時のローカル・シーンに息づいていた12弦ギターのきらめきと甘酸っぱいメロディの宝庫。バム・カルーソならではの愛情に満ちたキュレーションが光る、60年代アメリカン・ポップス愛好家にとって欠かせないアナログ・コンピレーションだ。
Plat Du Jour – Plat Du Jour (1977)
フランス・ノルマンディー地方ルーアンで1974年に結成されたジャズ・ロック/プログレッシブ・ロック・バンド、プラ・デュ・ジュール(Plat Du Jour)。彼らが1977年に自主レーベル「スピードボール(Speedball Records)」から極少数のみプレスした唯一のアルバムがこの『Plat Du Jour』だ。フレンチ・プログレ屈指の激レア盤として知られ、手元の盤は2016年にメロトロン・レコーズ(Mellotron Records)が400枚限定で復刻したリイシューLPとなる。
カンタベリーの洒脱さとズール/RIOの前衛性が交錯するルーアン地下シーン
バンドの中核を担ったのは、アラン・ポティエ(ギター、ボーカル)、ジャック・ストーブ(キーボード)、ヴァンサン・ドゥニ(ベース)、オリヴィエ・ペドロン(ドラム)、ロドルフ・ムーラン(サックス、フルート)の面々。さらにパーカッションとして、後にアルベール・マルクールやヴェイドルジェ(Weidorje)、ジョン・グリーヴスらとの共演でフランスを代表する名ギタリストとなる若きフランソワ・オヴィド(François Ovide)が名を連ねている。
当時のフランスのロック界は、マグマに端を発するズール(Zeuhl)やアヴァンギャルドなRIO(レコメンデッド・イン・オポジション)の勃興期だったが、彼らのサウンドはそれらに加えて、英国カンタベリー・シーン(ソフト・マシーンやハットフィールド・アンド・ザ・ノース)に通じるジャジーで洒脱なコード進行と、フランス特有のシニカルな演劇性が絶妙に溶け合っている点に大きな特徴がある。
変拍子のポリリズムと長尺のサイケデリック・ジャズ・ロック
オープニングの「5 & 11」から、タイトル通り5拍子と11拍子が目まぐるしく交錯するスリリングな変拍子アンサンブルが展開。ムーランのフリーキーなサックスと歪んだギター・ソロが火花を散らす。
続く「Autoroute」ではシンセサイザーのパルスが宇宙的な浮遊感を醸し出し、「Zilbra」ではフェンダー・ローズの温かいコードに乗せてフルートが軽快に舞う。そしてB面冒頭の8分超の大曲「Totem」は圧巻だ。地を這う重厚なファズ・ベースとドラムの連打に導かれ、不穏なオルガンと演劇的なフランス語の詠唱が重なり、ズール的暗黒美学とスペース・ロックの恍惚感が一気に頂点へと達する。ラストの「Rock’n’ Speed」に至るまで、超絶技巧のインプロビゼーションとユーモアが淀みなく駆け抜けていく。
フレンチ・アンダーグラウンドの隠れた至宝
わずか3年の活動で解散し自主盤1枚を残すのみとなったが、ムーヴィング・ジェラチン・プレートや初期ゴングのファンにも通底する奔放な実験精神と確かな演奏力は特筆に値する。1970年代後半のフランス地下ジャズ・ロックの奥深さを物語る必聴の一枚だ。
トラックリスト
- A1 - 5 & 11 (6:35)
- A2 - Autoroute (4:45)
- A3 - Zilbra (4:50)
- B1 - Totem (8:05)
- B2 - L'Homme (4:45)
- B3 - Rock'n' Speed (5:50)
Dave Dee, Dozy, Beaky, Mick & Tich – If Music Be The Food Of Love … Prepare For Indigestion (1966)
1960年代半ばの英国ポップ/ビート・シーンを席巻したウィルトシャー出身の5人組、デイヴ・ディー、ドジー、ビーキー、ミック&ティッチ(Dave Dee, Dozy, Beaky, Mick & Tich)。彼らが1966年12月に英フォンタナ(Fontana Records)から発表したセカンド・アルバムが『If Music Be The Food Of Love … Prepare For Indigestion(音楽が愛の糧であるなら…消化不良にご用心)』だ。シェイクスピアの戯曲『十二夜』の有名な冒頭句をもじったシニカルなタイトルを冠している。
ビートルズ以上のチャート滞在週数を誇ったヒット・メイカー
元警察官のデイヴ・ディー(ボーカル)をはじめとするメンバー全員の愛称を連ねた長大なバンド名で知られる彼ら。1966年から1968年にかけての全英シングル・チャートにおいて、ビートルズよりも多くの通算滞在週数を記録したほどの国民的人気グループだった。その快進撃のブレインとなったのが、稀代のソングライター/プロデュース・コンビであるケン・ハワードとアラン・ブレイクリー(Howard & Blaikley)だ。
ハワード&ブレイクリーのペンによる奇想天外なアレンジと、ティッチ(イアン・エイミー)の鋭利なリード・ギター、そしてシアトリカルな演出が組み合わさることで、単なるマージー・ビートの模倣に終わらない独自のコミカルかつエキゾチックなポップ・ワールドが構築された。
大ヒット曲「Bend It」とエキゾチックなビート実験
本作のハイライトは、全英2位の大ヒットを記録したラストの「Bend It(ベンド・イット)」だ。ギリシャの伝統舞踊シルタキ(ブズーキ)のリズムを大胆にロックンロールへ持ち込み、やや扇情的な歌詞と相まって米国一部地域で放送禁止騒動を巻き起こしたキラー・チューンである。
さらに先行ヒット「Hideaway」(全英10位)や初期のR&B色を残す「You Make It Move」といったヒット・ポテンシャルあふれる楽曲が並ぶ一方、彼ららしいユーモアが爆発した「Loos Of England(イングランドの公衆便所)」や「Hair On My Chinny Chin Chin」、ダイナミックなホーンとドラムが炸裂するオープニング「Bang」など、ボードビル調のシアトリカル性とビート・ポップの躍動感が目まぐるしく展開していく。
スウィンギング・ロンドン期の英国ポップの至芸
後の「Zabadak!」や「The Legend of Xanadu」へと至るワールド・ミュージック的雑食性と、変幻自在のポップ・エンターテインメントの萌芽がすべて詰まったセカンド作。スウィンギング・ロンドン全盛期の熱気と茶目っ気あふれる職人技を堪能できる名盤だ。
トラックリスト
- A1 - Bang
- A2 - I'm On The Up
- A3 - Hideaway
- A4 - Shame
- A5 - Hands Off
- A6 - Loos Of England
- B1 - Help Me
- B2 - Master Llewellyn
- B3 - You Make It Move
- B4 - All I Want
- B5 - Hair On My Chinny Chin Chin (Huff 'n Puff)
- B6 - Bend It
B-Movie – A Letter From Afar (1984)
英ノッティンガムシャー・マンスフィールド出身のシンセポップ/ニュー・ウェイヴ・グループ、Bムーヴィー(B-Movie)。彼らが1984年1月に米サイアー・レコーズ(Sire Records)から発表した12インチ・マキシ・シングルが『A Letter From Afar』だ。
サム・ビザール期の哀愁からNYダンスフロアへの接近
1981年の伝説的コンピレーション『Some Bizzare Album』への参加や、ネオ・サイケ/エレポップの名曲「Nowhere Girl」「Remembrance Day」で一世を風靡したBムーヴィー。ボーカリストのスティーヴ・ホヴィントン(Steve Hovington)と、後にピーター・マーフィーやダイド(Dido)の共作者として名を馳せるギタリストのポール・ステイサム(Paul Statham)を中心に、彼らは大手サイアー・レコーズと契約を結んでアメリカ市場への進出を試みた。
本作のプロデュースおよびミックスを担当したのは、当時マドンナの初期ヒット「Holiday」などを手がけ、ニューヨークの伝説的ディスコ「ファンハウス」のレジデントDJとして飛ぶ鳥を落とす勢いだったジョン・“ジェリービーン”・ベニテス(John “Jellybean” Benitez)だ。名門シグマ・サウンド・スタジオ(Sigma Sound Studios NYC)でトラックダウンが行われ、英国産エレポップの翳りあるメロディに、最先端のニューヨーク・クラブ・ビートが注入された。
8分超の「Big Mix」とジェリービーンによる音響構築
A面を占める「Big Mix」(8分8秒)は、硬質なドラムマシンのビートとシーケンサーのリフが幾重にも交錯する長尺のエクステンデッド・クラブ・ミックス。ホヴィントンの内省的でメランコリックな低音ボーカルを軸に据えながらも、パーカッションの抜き差しやダブ処理を大胆に取り入れたフロア仕様のダイナミズムが際立つ。
B面には、緻密なシンセサイザーのレイヤーとシーケンスの妙味を浮き彫りにした「Instrumental Mix」(7分47秒)と、コンパクトなシングル・エディットである「Small Mix」(3分49秒)を収録。英国特有のロマンティシズムと、1984年当時のニューヨーク・エレクトロ/フリースタイルの熱気が見事に融合したサウンドスケープを描き出している。
80年代エレポップとダンス・カルチャーの交差点
英国インディーの出自を持ちながら、メジャーの最前線で鳴らされていたNYクラブ・サウンドを貪欲に取り込んだ過渡期の重要トラック。80年代半ばにおけるシンセポップの多様性と進化のスピードを雄弁に物語る12インチ盤といえる。
トラックリスト
- A - A Letter From Afar (Big Mix) (8:08)
- B1 - A Letter From Afar (Instrumental Mix) (7:47)
- B2 - A Letter From Afar (Small Mix) (3:49)
Material – For A Few Dollars More (1983)
米ニューヨークのダウンタウン・ノー・ウェイヴ/前衛ジャズ・シーンを拠点に活動したビル・ラズウェル(Bill Laswell)とマイケル・バインホーン(Michael Beinhorn)による異種交配プロジェクト、マテリアル(Material)。彼らが1983年に発表した12インチ・シングルが、エンニオ・モリコーネのマカロニ・ウェスタン映画『夕陽のガンマン』のメインテーマをエレクトロ・ヒップホップへと解体・再構築した『For A Few Dollars More』だ。手元の盤はCBS・ソニーからリリースされた日本盤12インチ(12AP 2769)である。
ハービー・ハンコック「Rockit」前夜のエレクトロ革命
1983年は、ビル・ラズウェルとマイケル・バインホーンが手掛けたハービー・ハンコックの金字塔的ヒット曲「Rockit」が世界中のダンスフロアとMTVを震撼させた年だ。本作『For A Few Dollars More』は、まさに「Rockit」と全く同一のスタジオ環境(ブルックリンのOAOスタジオ)と人脈によって制作された、エレクトロ・ファンク黎明期の極めて重要な実験作である。
ターンテーブルのスクラッチには「Rockit」でも歴史的妙技を披露したグランドミキサー・D.ST.(GrandMixer D.ST.)をフィーチャー。さらにドラマーのアントン・フィア(Anton Fier)、キューバ出身のパーカッション奏者ダニエル・ポンセ(Daniel Ponce)、前衛ギタリストのヘンリー・カイザー(Henry Kaiser)らが名を連ねる。なおジャケットには、同年8月にジャマイカ・キングストンで暴漢に襲われ非業の死を遂げた伝説のダブ・ポエット、マイケル・スミスへの追悼が刻まれている。
モリコーネの口笛旋律と硬質なDMXビートの衝突
A面収録の「Special Long Version」(7分27秒)では、オベハイムDMXによる硬質で乾いたドラムマシンのビートと、ビル・ラズウェルが唸らせる地を這うようなヘヴィ・ベースラインが強烈なグルーヴを牽引する。
その漆黒のファンク・トラックの上に、モリコーネ特有の哀愁漂う口笛のメロディと時計の秒針音、そしてD.ST.の鋭角的なレコード擦り音がダブワイズされながら幾重にもカットインしてくる構成は圧巻だ。粗削りなヒップホップの初期衝動、ノー・ウェイヴ直系のダブ/ファンク解釈、そして映画音楽のパロディ精神が極めて高い次元で融合している。
80年代初頭NYミュータント・ディスコの象徴
ジャンルの壁を解体し、ストリートのブレイクビーツと現代音楽的アプローチを衝突させたラズウェル流「音響破壊工作」の真骨頂。当時のニューヨーク地下クラブ・カルチャーの熱気と革新性を生々しく封じ込めた傑作12インチ盤だ。
トラックリスト
- A - For A Few Dollars More (Special Long Version) (7:27)
- B - For A Few Dollars More (3:50)
Takayuki Inoue – 太陽を盗んだ男 (オリジナル・サウンドトラック) (1979)
1979年に公開された長谷川和彦監督、沢田研二・菅原文太主演による日本映画史上のカルト的傑作『太陽を盗んだ男』。その劇伴音楽を担当した名ギタリスト兼作編曲家、井上堯之(Takayuki Inoue)がポリドール(Polydor)から発表したオリジナル・サウンドトラック盤(MR 7055)が本作だ。
キティ・フィルムと井上堯之バンドが生んだ映画音楽の金字塔
ザ・スパイダース、PYGを経て、沢田研二の黄金期を支えるバックバンドとして、またテレビドラマ『太陽にほえろ!』や『傷だらけの天使』の象徴的なテーマ曲を手がけて日本の劇伴史に革命を起こした井上堯之バンド。長谷川和彦監督がメガホンを取り、一介の中学理科教師(沢田研二扮する城戸誠)が東海村からプルトニウムを強奪して自宅のアパートで原爆を自作するという破天荒な物語を描いた本作において、彼らの研ぎ澄まされたロック/ファンク・アンサンブルが遺憾なく発揮されている。
大野克夫や速水清司、鈴木二郎ら盟友たちによる鉄壁のバンド・アンサンブルを土台に、1970年代末の東京の狂騒と虚無感を、重厚なストリングス・オーケストレーションや黎明期のアナログ・シンセサイザーの冷徹なシーケンスと融合させる手腕は圧巻だ。
「カーチェイス」の疾走ジャズ・ファンクと哀愁のテーマ
オープニングの「Introduction」から城戸誠の虚無と衝動を象徴するファンキーな「Makoto」へ雪崩れ込む導入部からして強烈だ。ワウ・ギターと鋭利なクラヴィネット、粘り気のあるベースラインがグルーヴィーに疾走する。
劇伴の白眉として和モノ・レアグルーヴ界隈でも絶大な人気を誇るのがB面収録の「カーチェイス」だ。皇居前でのカーチェイスや山下警部(菅原文太)との壮絶な追走劇を彩るこの楽曲は、タイトなブレイクビーツに緊迫したブラスとシンセサイザーが絡み合う、国産ジャズ・ファンク/フュージョンの最高峰。一方で、メロウなディスコ・ファンク調の「プルトニウム・ラヴ」や、哀愁に満ちた井上のギター・トーンが炸裂するメイン・テーマ「太陽を盗んだ男」に至るまで、単なるサントラの枠を完全に超越した完成度を誇る。
和モノ・サントラ/ジャズ・ロックの至高の遺産
映画本編の圧倒的な熱量とニヒリズムに完璧に寄り添いながら、自立したインストゥルメンタル・ロック作品としても時代を越えた強度を放ち続ける名盤。井上堯之の卓越したギター・ワークと劇伴作家としての才気が凝縮された、70年代日本映画音楽を代表する一枚だ。
トラックリスト
- A1 - Introduction (1:18)
- A2 - Makoto (3:52)
- A3 - 原爆 Part 1 (0:54)
- A4 - 原爆 Part 2 (0:58)
- A5 - Yamashita (1:16)
- A6 - プルトニウム・ラヴ (3:04)
- A7 - Zero (1:40)
- A8 - 太陽を盗んだ男 (4:55)
- A9 - 笑う原爆 (2:42)
- B1 - A. Bomb (3:35)
- B2 - Sunrise (1:27)
- B3 - ゼロと誠 (1:11)
- B4 - Pu 239 (3:25)
- B5 - 動揺 (2:17)
- B6 - カーチェイス (4:22)
- B7 - No. 9 (1:20)
- B8 - 太陽を盗んだ男 (3:12)
Spectre Folk – The Blackest Medicine (2007)
米ニューヨーク・ブルックリンのアンダーグラウンド・シーンで活動するピート・ノーラン(Pete Nolan)によるソロ・プロジェクト、スペクター・フォーク(Spectre Folk)。彼が2007年に名門ローファイ/サイケ・レーベル「ウッズィスト(Woodsist Records)」から500枚限定で発表したファースト・アルバムが『The Blackest Medicine』だ。
ノイズ・ロックの荒野から生まれたアシッド・ドローン・フォーク
ピート・ノーランは、ソニック・ユースのサーストン・ムーアらに絶賛されたノイズ・ロック・トリオ、マジック・マーカーズ(Magik Markers)のドラマーとして、またスティーヴ・ガンらとの即興サイケ・ユニットGHQのメンバーとして知られるUS地下シーンの重要人物だ。本作は彼が2006年から2007年にかけてブルックリンの自宅環境で宅録した音源で構成されている。
マジック・マーカーズでのアグレッシブなフリーキー・ドラミングとは対照的に、ここで展開されているのは、テープのヒスノイズや歪んだアンプの残響にまみれた、極めて内省的でダークなアシッド・フォーク/ドローン・ミュージックだ。2000年代中盤の「フリーク・フォーク」やニュー・ウィアード・アメリカの潮流に位置づけられながらも、ノーラン独自のざらついたノイズ感覚が通底している。
幽玄なタウンズ・ヴァン・ザントのカバーと長尺の実験音響
表題曲「The Blackest Medicine」は、くぐもったアコースティック・ギターの反復ストロークに乗せて、ノーランの低く掠れたボーカルが呪文のように響く名曲。テープ・エコーと不穏なドローンが幾重にも重なり合い、白昼夢のようなサイケデリアを醸し出す(後にソニック・ユースのスティーヴ・シェリーらを加えたフル・バンド編成で再録されることになる代表曲の原点でもある)。
「Like So Many Ships」や「Space Station Zebra」の素朴で哀愁ある弾き語りに加え、8分を超える「Brooklyn Tree Beats」では儀式めいたパーカッションとミニマルな音響実験が繰り広げられる。また、B面に配された伝説的シンガー・ソングライター、タウンズ・ヴァン・ザント(Townes Van Zandt)のカバー「Highway Kind」は白眉の出来栄えだ。孤独と放浪の詩情を、飾り気のない生々しいローファイ録音で捉え直している。
2000年代US地下フォークの隠れた結晶
ウッズ(Woods)やシックス・オーガンズ・オブ・アドミタンスらと呼応しながら、アコースティック・ギターの伝統的な響きをノイズやドローンによって侵食させた本作。わずか500枚の限定プレスながら、2000年代後半のブルックリン地下シーンの空気を濃密に真空パックした一枚といえる。
トラックリスト
- A1 - The Blackest Medicine (5:14)
- A2 - Like So Many Ships (4:13)
- A3 - Space Station Zebra (3:07)
- A4 - Brooklyn Tree Beats (8:26)
- B1 - 23 Sprague Street (6:35)
- B2 - Highway Kind (2:43)
- B3 - Radio Pika (6:58)
- B4 - 29 Palms (5:09)