Wilde Flowers – The Wilde Flowers (1994)

英国カンタベリー・シーンの始祖であり、ソフト・マシーン(Soft Machine)とキャラヴァン(Caravan)というプログレッシブ・ロック史の巨頭たちの母胎となった伝説のグループ、ザ・ワイルド・フラワーズ(The Wilde Flowers)。彼らが1965年から1969年にかけて遺した貴重なスタジオ・デモ音源を集約し、1994年に英ヴォイスプリント(Voiceprint)からCD化された歴史的アーカイブを、2009年にリリス(Lilith Records)が初のアナログLP(180g重量盤)として復刻した盤が本作だ。

カンタベリー・ロックのすべての源流がここに

バンドは1964年秋、ケント州カンタベリーにて結成された。在籍していた顔ぶれは、ロバート・ワイアット(Robert Wyatt / ドラム、ボーカル)、ケヴィン・エアーズ(Kevin Ayers / ボーカル)、ヒュー・ホッパー(Hugh Hopper / ベース)、ブライアン・ホッパー(Brian Hopper / ギター、サックス)、リチャード・シンクレア(Richard Sinclair / ギター、ボーカル)という、後の英国ジャズ・ロック/プログレッシブ・ロック界を牽引する天才たちばかりだった。

彼らが分裂したことで、ワイアット、エアーズ、ヒュー・ホッパーらはマイク・ラトリッジやデヴィッド・アレンと合流してソフト・マシーンを結成。一方のリチャード・シンクレアは、後から加入したパイ・ヘイスティングスやリチャード・コフランらと共にキャラヴァンを立ち上げることになる。活動当時は一枚のレコードも残さずに散ったバンドだったが、ブライアン・ホッパーが保管していたマスター・テープによって、その黎明期の全貌が白日の下に晒された。

R&Bから名曲「メモリーズ」「サーテン・カインド」の原点へ

モーズ・アリソンの「Parchman Farm」やチャック・ベリーのカバーに見られるような、当時の英国ビート/R&Bバンドとしての躍動感を土台にしながらも、随所に後のカンタベリー特有のジャズ的コード進行とシュールなユーモアが顔を覗かせる。

最大の聴きどころは、後にカンタベリー人脈によって幾度となく再演される歴史的名曲たちのオリジナル・バージョンだ。ヒュー・ホッパーが10代の頃に書き下ろし、ロバート・ワイアットが繊細な歌声を聴かせる「Memories」(後にマテリアルのアルバムでホイットニー・ヒューストンがカバーしたことでも有名)をはじめ、ソフト・マシーンの1968年ファーストに収録される「A Certain Kind」の初期テイクである「It’s What I Feel」、ワイアットの哀愁あるドラミングとブライアンのサックスが絡む「Impotence」や「Slow Walkin’ Talk」など、後の名曲の種子がすでに完璧な形で息づいている。

英国ロック史における第一級の文化遺産

単なる未発表発掘盤の域をはるかに越え、60年代中盤の英国の若者たちがモッド・ビートやジャズ、ポップスを吸収しながら、いかにして独自のプログレッシブ・ロック/ジャズ・ロックへと進化していったのかを克明に物語る、第一級の歴史的ドキュメント盤である。

トラックリスト

  • A1 - Impotence (2:09)
  • A2 - Those Words They Say (2:39)
  • A3 - Don't Try To Change Me (2:26)
  • A4 - Parchman Farm (2:17)
  • A5 - Almost Grown (2:49)
  • A6 - She's Gone (2:13)
  • A7 - Slow Walkin' Talk (2:26)
  • A8 - He's Bad For You (2:48)
  • A9 - It's What I Feel (A Certain Kind) (2:18)
  • A10 - Never Leave Me (2:35)
  • A11 - Just Where I Want (2:09)
  • B1 - Time After Time (2:44)
  • B2 - No Game When You Lose (2:53)
  • B3 - Why Do You Care (3:13)
  • B4 - The Pieman Cometh (3:15)
  • B5 - Summer Spirit (3:27)
  • B6 - She Loves To Hurt (3:12)
  • B7 - The Big Show (4:11)
  • B8 - Memories (3:03)
2026.05.10

Sangiuliano – Take Off (1978)

イタリア・トスカーナ出身の鍵盤奏者兼コンポーザー、アントニオ・サンジュリアーノ(Antonio Sangiuliano)。彼が1978年に名門RCAイタリアーナ(RCA Italiana)から発表した唯一のソロ・アルバムが『Take Off』だ。イタリアン・プログレッシブ・ロックの黄金期終焉のタイミングに世に放たれた、知る人ぞ知るスペース・エレクトロニック/シンフォニック・ロックの怪作である。

膨大なヴィンテージ・シンセサイザーと宇宙的音響美

カンツォーネ的な哀愁やバロック調の室内楽スタイルが主流だった当時のイタリアン・プログレ界において、本作のアプローチは極めて異彩を放っていた。サンジュリアーノが目指したのは、タンジェリン・ドリームやクラウス・シュルツに代表されるドイツの「ベルリン・スクール」や、ジャン・ミッシェル・ジャールらのスペース・シンセ・ミュージックを、イタリア屈指のリズム・セクションと融合させることだった。

クレジットには、ミニモーグ、ポリモーグ、ARP 2600、ARPオムニ、メロトロン(ストリングス&コーラス)、ハモンド・オルガン、クラヴィネット、スタインウェイのグランド・ピアノに至るまで、当時の最高峰のアナログ鍵盤群がずらりと並ぶ。名プロデューサーのアドリアーノ・モンテドゥーロ(Adriano Monteduro)が制作を指揮し、PFMやバンコらのジャケット写真を手がけたチェーザレ・モンティ(Cesare Monti)がアートワークを担当した。

16分超の組曲「Time Control」と躍動するドラム・セクション

アルバムは、A面全体(約16分半)を占める圧巻の宇宙組曲「Time Control」で幕を開ける。静寂を切り裂く電子ドローンとメロトロンの幻想的な調べから、デレク・ウィルソン(Derek Wilson)の力強いドラムが牽引するポリリズミックなプログレ・フュージョンへと展開。エリザベッタ・デリカート(Elisabetta Delicato)の幽玄なソプラノ・スキャットが重なり、息をのむような高揚感を生み出す。

B面1曲目の「Saffo’s Gardens」ではクラシカルな気品漂うシンセ・アルペジオが優雅に舞い、続く表題曲「Take Off」ではエンツォ・レストゥッチャ(Enzo Restuccia)の重厚なドラミングをバックに、宇宙船の離陸を想起させるアグレッシブなシンセ・ソロが縦横無尽に疾走する。単なる静的なアンビエントにとどまらず、ロックとしてのダイナミズムを全編に貫いている点が本作の最大の強みだ。

70年代末イタリアが生んだコズミック・プログレの到達点

イタリア国内では商業的な成功に恵まれず短命に終わったものの、日本ではキングレコードの「ヨーロピアン・ロック・コレクション」等でいち早く紹介され、プログレ/電子音楽マニアの間で高く評価されてきた。アナログ・シンセサイザーの可能性を極限まで追求した、70年代イタリアン・ロック屈指のインストゥルメンタル名盤といえる。

トラックリスト

  • A1 - Time Control (16:19)
  • B1 - Saffo's Gardens (7:27)
  • B2 - Take Off (8:40)
2026.05.10

Gene Loves Jezebel – Discover / Glad To Be Alive (1986)

南ウェールズ出身の一卵性双生児アストン兄弟率いるゴシック・ロック/オルタナティヴ・ロック・バンド、ジーン・ラヴズ・ジザベル(Gene Loves Jezebel)。彼らが1986年に英国ベガーズ・バンケット(Beggars Banquet)から発表した通算3作目にあたるスタジオ・アルバム『Discover』に、ノッティンガムでの実況録音盤『Glad To Be Alive』をカップリングした限定2枚組LP(BEGA 73D)が本作だ。

初期のダーク・ポストパンクから華麗なゴシック・グラムへの脱皮

バンドはジェイ・アストン(Jay Aston)とマイケル・アストン(Michael Aston)のツイン・ボーカルを看板に、元ジェネレーションXのギタリストであるジェームズ・スティーヴンソン(James Stevenson)、ピーター・リッツォ(ベース)、マーカス・ウォール(ドラム)らを擁する編成で制作に臨んだ。

初期の『Promise』(1983年)や『Immigrant』(1985年)を覆っていた冷徹で陰鬱なポジティブ・パンク/初期ゴス路線から一歩踏み出し、クイーンやエアロスミスらを手がけたゲイリー・ライオンズ(Gary Lyons)をプロデューサーに起用。スティーヴンソンのエッジの効いたギター・リフと明快なポップ・センスを導入したことで、英国アンダーグラウンドから米英のメインストリーム・チャートをも射程に収める華やかなゴス・グラム/オルタナ・ポップへと大きく舵を切った記念碑的作品となった。

大ヒット曲「Desire」と熱気あふれるライブ盤『Glad To Be Alive』

ディスク1(『Discover』)の幕開けを飾る「Heartache」から、きらめくギター・アルペジオとアストン兄弟の劇的なハイトーン・ボーカルが炸裂。続く「Over The Rooftops」の疾走感や、バンド最大のブレイクスルーとなったアンセミックな大ヒット曲「Desire(ディザイア)」、そして「Sweetest Thing」に至るまで、キャッチーなメロディと妖艶なシアトリカル性が完璧なバランスで共存している。

一方、ボーナスLPとして付属したディスク2『Glad To Be Alive』は、1986年3月15日にノッティンガムの名門クラブ「ロック・シティ」で行われたライブ音源を収録。初期の代表曲「The Rhino Plasty」や「Cow」「Pop Tarantula」など、スタジオ盤の洗練とは対照的な、ステージ上で汗を撒き散らしながら絶叫とシャウトを交わす兄弟の荒々しい初期衝動が生々しく捉えられている。

80年代中盤の英国ロックの躍動を伝える決定盤

ベガーズ・バンケットの黄金期を代表する一枚であり、後に兄弟間の対立による分裂を経験する直前の、最も勢いに満ちていた時期の全貌をスタジオとライブの双方から俯瞰できる贅沢な2枚組仕様となっている。

2026.05.10

All About Eve – Strange Way (1991)

英国のゴシック・ロック/フォーク・ロック・バンド、オール・アバウト・イヴ(All About Eve)。彼らが1991年7月に英フォノグラム(Phonogram / Vertigo)から発表した限定12インチ・シングルが『Strange Way』だ。ナンバリング入りの見開きダイカット(型抜き)ジャケットに収められた1万枚限定プレス盤となっている。

ザ・チャーチのギタリスト加入とバンドの転換点

1980年代後半にザ・ミッションの兄弟バンド的存在として頭角を現し、妖艶な歌姫ジュリアンヌ・リーガン(Julianne Regan)のボーカルと英国フォーク直系のリリシズムで成功を収めた彼ら。しかし、創設メンバーのギタリストであるティム・ブリチェノ(Tim Bricheno)がザ・シスターズ・オブ・マーシーへ電撃移籍したことで、バンドは大きな岐路に立たされた。

そこで新ギタリストとして招聘されたのが、オーストラリアのネオ・サイケデリック・バンド、ザ・チャーチ(The Church)の看板プレイヤーとして知られるマーティ・ウィルソン=パイパー(Marty Willson-Piper)だった。本作および同年の通算3作目『Touched by Jesus』は、ウィルソン=パイパーが持ち込んだリッケンバッカー12弦ギターのきらめくアルペジオと骨太なロック・アンサンブルが融合し、それまでの繊細なフォーク・ゴス路線から壮大なオルタナティヴ・ロックへとスケールアップを果たした記念碑的録音となった。

ダイナミックな表題曲と充実の12インチ限定B面曲

プロデュースはヤードバーズの元ベーシストでキャット・スティーヴンスやジェスロ・タルを手がけたポール・サムウェル=スミス(Paul Samwell-Smith)が担当。表題曲「Strange Way」では、マーティ・ウィルソン=パイパーのドライヴ感あるギター・リフとマーク・プライスのダイナミックなドラミングに乗せて、ジュリアンヌ・リーガンの芯の通った劇的なボーカルが熱唱される。

12インチ盤ならではの聴きどころが、アルバム未収録となったカップリング陣だ。A面2曲目の「Drawn To Earth」はアコースティック・ギターの響きが初期の幻想的なフォーク色を想起させ、B面の「Nothing Without You」ではウィルソン=パイパーとの共作によるタイトでストレートなギター・ポップが展開される。さらにラストの「Light As A Feather」ではマンドリンやアコースティック楽器の繊細なレイヤーが施され、リーガンの歌唱表現の豊かさを多角的に際立たせている。

90年代初頭の成熟を示すコレクターズ・アイテム

親アルバム『Touched by Jesus』にはピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアが客演するなど、バンドのクリエイティビティが頂点に達していた1991年。英チャートで51位を記録した本シングルは、名手ウィルソン=パイパーの加入によって新たな生命力を得た彼らの躍動を鮮烈に記録した一枚だ。

トラックリスト

  • A1 - Strange Way
  • A2 - Drawn To Earth
  • B1 - Nothing Without You
  • B2 - Light As A Feather
2026.05.10

Zoltán Boros – Pași Spre Infinit (1988)

チャウシェスク政権末期のルーマニアにおいて、国営唯一のレコード会社エレクトレコルド(Electrecord)のジャズ専門シリーズ「Seria Jazz(第23作)」から1988年に発表された現代ジャズ/フュージョン屈指の逸品が、ゾルターン・ボロシュ(Zoltán Boros)の『Pași Spre Infinit(無限への歩み)』だ。

トランシルヴァニア出身の才人とバディラ兄弟の共演

トランシルヴァニア出身でハンガリー系ルーマニア人の音楽家ゾルターン・ボロシュは、ピアニスト、作曲家としてだけでなく、ルーマニア国営テレビ局(TVR)の音楽プロデューサーや音響エンジニアとしても活躍した才人だ。本作では全曲の作曲・編曲と録音エンジニアリングを手がけ、アコースティック・ピアノとアナログ・シンセサイザーを自ら操っている。

本作の演奏を特別なものにしているのが、ルーマニアが誇る天才ベーシスト兄弟の参加だ。後にドイツのWDRビッグ・バンドをはじめ欧州屈指のテクニシャンとして名を馳せる当時十代のデチェバル・バディラ(Decebal Bădilă)がフレットレス・ベースを、そして名手オヴィディウ・バディラ(Ovidiu Bădilă)がコントラバス(ウッドベース)を担当。エレキとアコースティックの2台のベースが同時に配され、ガブリエル・テオドレスク(Gabriel Teodorescu)の繊細なパーカッションと共に極上のアンサンブルを構築している。

ECMに通じる静謐なリリシズムと3部構成の組曲

アルバムの白眉は、A面からB面にかけて展開される表題組曲「Pași Spre Infinit(無限への歩み、第1部〜第3部)」だ。シンセサイザーの透明なドローンとピアノの澄んだタッチが空間を満たし、そこにデチェバル・バディラの伸びやかなフレットレス・ベースがジャコ・パストリアスやエバーハルト・ウェーバーを想起させる歌心あふれるソロを重ねていく。

B面後半に収められた「Un Gînd(思索)」や、故郷の秋の情景を綴った「Toamna În Orașul Meu(我が街の秋)」では、東欧特有の仄暗い哀愁とクラシック音楽の素養に裏打ちされた美しい旋律が際立つ。共産主義体制下の重苦しい閉塞感の中で録音されながら、音の余白と浮遊感に満ちた洗練されたコンテンポラリー・ジャズの美学を提示している。

東欧ジャズ・フュージョンの隠れた名盤

翌1989年のルーマニア革命前夜にひっそりとプレスされた本作は、流通量が限られていたこともあり長らく幻の作品とされてきた。西側のフュージョンやECMサウンドに共鳴しながら、東欧の知性が生んだリリカル・ジャズの傑作として近年再評価が高まっている。

トラックリスト

  • A1 - Pași Spre Infinit (Partea I) = Steps To The Infinite (Part I)
  • A2 - Pași Spre Infinit (Partea A II-a) = Steps To The Infinite (Part II)
  • B3 - Pași Spre Infinit (Partea A III-a) = Steps To The Infinite (Part III)
  • B4 - Un Gînd = A Thought
  • B5 - Toamna În Orașul Meu = The Fall In My Town
2026.05.10

The House Of Love – Never (1989)

英国ロンドンで結成されたネオ・サイケデリック/オルタナティヴ・ロック・バンド、ザ・ハウス・オブ・ラヴ(The House Of Love)。彼らが1989年4月にメジャーのフォンタナ(Fontana Records)から放った記念すべき移籍第1弾12インチ・シングルが『Never』だ。

クリエイションからのメジャー移籍と頂点の緊張感

アラン・マッギー率いるクリエイション・レコーズから発表した1988年のファースト・アルバムやシングル「Destroy the Heart」で、ジーザス&メリー・チェインに次ぐUKインディー・シーンの最重要バンドとして熱狂的な支持を集めた彼ら。破格の契約金でポリグラム傘下のフォンタナへと移籍し、大きな期待の中で世に送り出されたのが本作だった。

バンドを牽引していたのは、メランコリックな歌声と端正なコードワークを持つソングライターのガイ・チャドウィック(Guy Chadwick)と、フィードバックとディレイを駆使して天衣無縫のアルペジオを紡ぐギタリストのテリー・ビッカーズ(Terry Bickers)の二人だ。本作のプロデュースにはザ・ミッションやデペッシュ・モードらを手がけたティム・パーマー(Tim Palmer)が起用され、インディー時代の荒々しいノイズ感とメジャーのスケール感が絶妙なバランスで拮抗している。

きらめくギターの轟音と秀逸なB面トラック

A面を飾る表題曲「Never」は、後に「バタフライ・アルバム」として知られる1990年のセカンド・アルバムにも収録される代表曲。ドライヴ感あふれるリズム隊の上で、テリー・ビッカーズの煌めく12弦ギター的トーンと陶酔的なリフが炸裂し、チャドウィックの気怠くも情熱的なボーカルが哀愁を掻き立てる。過度なプレッシャーとメンバー間の軋轢(ビッカーズはこの年の全英ツアー中に脱退し、後にレヴィテーションを結成する)が渦巻く直前の、危ういテンションと輝きがそのまま封じ込められている。

12インチ盤ならではの魅力が、B面に収められた2曲の重要ナンバーだ。「Soft As Fire」はアコースティック・ギターの穏やかなストロークを基調にしたドリーム・ポップ調の佳曲。そして5分半に及ぶ大曲「Safe」では、サイケデリックなディレイとフィードバックの残響が幾重にも重なり合い、ビッカーズのギター・テクスチャーの真骨頂を堪能できる。

シューゲイザー前夜のギター・ポップの金字塔

ポストパンクの陰影を保ちながら、後のシューゲイザーや90年代ブリットポップへと架橋した彼ら。メジャーの巨大な期待を背負いながらも、妥協のないサイケデリックなギター美学を貫き通した時代のドキュメントとして、ファン垂涎の12インチ盤といえる。

2026.05.10

Jan Dukes De Grey – Mice And Rats In The Loft (1971)

英ヨークシャー・リーズ出身のプログレッシブ/アシッド・フォーク・ロック・グループ、ジャン・デュークス・ドゥ・グレイ(Jan Dukes De Grey)。彼らが1971年に英国トランスアトランティック・レコーズ(Transatlantic Records)から発表したセカンド・アルバムが『Mice And Rats In The Loft(屋根裏のネズミたち)』だ。手元の盤はイタリアのアカルマ(Akarma)が2003年に180gクリア・ヴァイナルで復刻したリイシューLPとなる。

素朴なフォーク・デュオから狂気のプログレッシブ・トリオへ

デッカ・傘下のノヴァ(Nova)からリリースされたデビュー作『Sorcerers』(1969年)では、デレク・ノイ(Derek Noy)とマイケル・ベアストウ(Michael Bairstow)による内省的で牧歌的なアシッド・フォークを聴かせていた。しかし本作に向けてドラマーのデニス・コンラン(Denis Conlan)を正式加入させトリオ編成へと改編したことで、彼らの音楽性は劇的な変貌を遂げた。

全曲の作詞・作曲を手がけたフロントマンのデレク・ノイは、アコースティック&エレクトリック・ギターのみならず、トランペットやトロンボーン、自作の弦楽器まで自在に操る特異なマルチ奏者。スチュアート・テイラーのプロデュース、ロビン・シルヴェスターのエンジニアリングのもと、わずか3曲でLP両面を埋め尽くす長大な狂気の組曲構造が生み落とされた。オリジナルの見開きジャケット内側にレコード盤の埃を拭うスポンジが取り付けられていたことでも知られる。

18分超の「太陽交響曲」と混沌のアシッド・ジャム

A面全体(約19分)を費やす「Sun Symphonica」は、アコースティック・ギターとフルートが紡ぐ静謐なアシッド・フォークの祈りから幕を開ける。しかし曲が進むにつれ、ファズで歪みきったエレクトリック・ギターの轟音、荒れ狂うサックス、フリーキーな管楽器アンサンブル、そしてコンランの猛烈なドラム・ソロが雪崩れ込み、恍惚とカオスが同居する大スペクタクルへと変貌を遂げる。

B面1曲目の「Call Of The Wild」も12分を超える大曲で、静けさと狂気が交互に押し寄せる呪術的な展開を披露。そして表題曲「Mice And The Rats In The Loft」では、屋根裏のネズミや害虫の幻覚、精神の破綻をテーマにした偏執狂的な歌詞を、痙攣するような変拍子ビートとノイの演劇的で狂気じみたボーカルでまくしたてる。英国フォークの叙情性とアンダーグラウンド・ロックの暴力性が極限で衝突したような音像が凄まじい。

英国アンダーグラウンド・フォーク・ロックの奇書

フォーク、ジャズ、サイケデリア、現代音楽的な即興が混然一体となった本作は、発表当時は極めて前衛的すぎて商業的な成功とは無縁だったものの、後年「ブリティッシュ・アシッド・フォーク/暗黒プログレの究極の孤高作」として熱狂的な再評価を獲得した。70年代初頭の英国ロックの自由度と異端ぶりを象徴する一枚だ。

トラックリスト

  • A - Sun Symphonica (18:58)
  • B1 - Call Of The Wild (12:48)
  • B2 - Mice And The Rats In The Loft (8:19)
2026.05.10

The Railway Children – Recurrence (1988)

英マンチェスター近郊のウィガンで結成されたインディー・ロック/ギター・ポップ・バンド、ザ・レイルウェイ・チルドレン(The Railway Children)。彼らが1988年にメジャーのヴァージン・レコーズ(Virgin Records)から発表したセカンド・アルバムが『Recurrence』だ。

ファクトリー・レコーズからの電撃移籍とメジャー進出

バンドは1984年、ソングライター兼フロントマンのゲイリー・ニュービー(Gary Newby)を中心に、ブライアン・ベイトマン(ギター)、スティーヴン・ハル(ベース)、ガイ・キーガン(ドラム)の4人で結成された。トニー・ウィルソン率いるマンチェスターの名門「ファクトリー・レコーズ(Factory Records)」に見出され、シングル「A Gentle Sound」やデビュー作『Reunion Wilderness』(1987年)が全英インディー・チャートの首位を獲得するなど瞬く間に注目を集める。

しかし、バンドのポップなポテンシャルに着目したメジャー争奪戦の末、彼らはファクトリーを離れてヴァージンと契約。トニー・ウィルソンとの間に軋轢を生みながらも、よりスケールの大きな制作環境を選んだ。本作はその移籍第1弾として、ジュリアン・コープや初期ブラーらを手がけたスティーヴ・ラヴェル(Steve Lovell)をプロデューサーに迎えてロンドンで制作された。

クリアなアコースティックのアルペジオとメロディの飛躍

ファクトリー時代の内省的でくぐもったトーンから一転し、本作ではきらびやかな12弦ギターのアルペジオと伸びやかなボーカルが前面に押し出されている。

オープニングの「Somewhere South」は、透明感のあるギター・サウンドに乗せて旅立ちと憧憬を歌い上げる爽快なナンバー。先行シングルとなった「In The Meantime」は、タイトなリズム隊と哀愁を帯びたメロディが絶妙な疾走感を生み出し、全英チャートのみならず米カレッジ・ラジオでも大きなエアプレイを獲得した。「A Pleasure」や「Swallowed」に見られるソングライティングの緻密さ、「Monica’s Light」や「Chrysalis」のアコースティックな陰影に至るまで、ゲイリー・ニュービーのメロディメイカーとしての才気が遺憾なく発揮されている。

80年代末UKギター・ポップの洗練と到達点

ファクトリー由来のポストパンク的ビターさと、メジャーならではのダイナミックなプロダクションが見事に調和した本作は、翌々年のヒット作『Native Place』(1990年)への足がかりとなった。ザ・スミス解散後の英国インディー・シーンにおいて、ギター・ポップの正統な美学を継承・昇華させた一枚だ。

トラックリスト

  • A1 - Somewhere South (3:34)
  • A2 - A Pleasure (4:19)
  • A3 - Swallowed (3:40)
  • A4 - Merciless (3:03)
  • A5 - My Word (3:25)
  • B1 - In The Meantime (3:48)
  • B2 - Over & Over (4:03)
  • B3 - Monica's Light (3:45)
  • B4 - Chrysalis (4:28)
  • B5 - No Great Objections (4:33)
2026.05.10

Whirlpool Guest House – Pictures On The Pavement (1989)

イングランド北東部ストックトン=オン=ティーズ出身のインディー・ポップ・バンド、ワールプール・ゲスト・ハウス(Whirlpool Guest House)。彼らが1989年5月にサマーハウス・レコーズ(Summerhouse Records)から発表した唯一のフル・アルバムが『Pictures On The Pavement』だ。

英国北東部のソングライティングとプリファブ・スプラウトの影

バンドは、全曲の作詞・作曲とギター、ボーカルを担当したカール・グリーン(Carl Green)を中心に結成された。これにアンドリュー・デイヴィス(ベース、キーボード)とサリアン・デイヴィス(ボーカル、パーカッション)の夫妻が加わった3人編成を核としている。

当時のイギリスはC86ムーヴメントの余波やインディー・ギターポップの全盛期だったが、彼らが鳴らした音は、荒削りなガレージ・ポップや単純なネオアコとは一線を画していた。同じイングランド北東部出身のプリファブ・スプラウト(Prefab Sprout)のパディ・マクアルーンや、アズテック・カメラのロディ・フレイムにも比肩されるような、コード進行のひねりと洗練されたメロディセンス、そして英国地方都市の日常を皮肉と哀愁を交えてスケッチする文学的な歌詞世界を大きな特徴としていた。

男女ツイン・ボーカルとアコースティックの陰影

軽快なアコースティック・ギターのストロークと弾むベースラインで始まるオープニング「The Plumber’s Daughter」は、カールの温かみある歌声とサリアンの澄んだコーラスが寄り添うポップ・ナンバー。英国特有の階級感や人間模様をウィットに富んだ視線で切り取る。

続く「Oh No」や「Bag Baby」、そして街の光景を描いた「Salon Land」にかけても、ジャングリーなエレクトリック・ギターのアルペジオと端正なアンサンブルが心地よいテンポ感を生み出す。一方で「Deer On The Motorway(高速道路の鹿)」や「Scarecrow」「Young Forever」といった楽曲では、若さの喪失や時間の不可逆性をテーマにした内省的なトーンが濃くなり、繊細なアコースティックのアルペジオが静かな余韻を醸し出す。ラストの「Sometimes I Get So Restless」に至るまで、派手な装飾を排したアコースティック主体のアンサンブルが一貫している。

サマーハウス・レコーズの至宝としての位置づけ

大手メジャーのチャートを席巻することはなかったものの、インディ・レーベルのサマーハウスから届けられた本作は、80年代末のソフィスティ・ポップ/インディー・ギターポップの成熟を静かに物語る作品として、熱心なポップ・ファンの間で愛聴され続けている。素朴な佇まいの中に確かな職人芸が宿る一枚だ。

トラックリスト

  • A1 - The Plumber's Daughter (3:16)
  • A2 - Oh No (2:05)
  • A3 - Bag Baby (3:55)
  • A4 - Salon Land (3:27)
  • A5 - Deer On The Motorway (3:27)
  • B1 - Nearly New (4:23)
  • B2 - Contributory Negligence (3:29)
  • B3 - Scarecrow (3:21)
  • B4 - Young Forever (3:35)
  • B5 - Sometimes I Get So Restless (4:19)
2026.05.10

Violeta De Outono – Violeta De Outono (1986)

ブラジル・サンパウロのサイケデリック/ネオ・プログレッシブ・ロック・バンド、ヴィオレータ・ジ・オウトーノ(Violeta De Outono)。彼らが1986年9月にサンパウロのインディ・レーベル「ウォップ・バップ(Wop Bop Discos)」から発表した3曲入りデビューEP(通称『Reflexos da Noite』EP)が本作だ。

80年代ブラジル・ロックの潮流から離れたサイケデリアの探求

バンドは1984年、ギタリスト兼ボーカリストのファビオ・ゴルフェッティ(Fabio Golfetti)を中心に、ベーシストのアンジェロ・パストレロ(Angelo Pastorello)、ドラマーのクラウディオ・ソウザ(Cláudio Souza)のトリオで結成された。ファビオ・ゴルフェッティは後にデヴィッド・アレンの指名を受けて伝説的サイケ・プログレ・バンド、ゴング(Gong)のギタリスト兼フロントマンを務めることになる逸材だ。

軍事政権終焉後の1980年代半ば、ブラジルでは「BRock」と呼ばれるポストパンク/ニュー・ウェイヴ主導のポップ・ロックがメインストリームを席巻していた。しかし彼らはそうした流行と距離を置き、シド・バレット在籍時の初期ピンク・フロイドが持っていた幻想的な空間性や、ゴング直系のグリッサンド・ギター奏法、そしてザ・キュアーやエコー&ザ・バニーメンに通じる冷ややかなポストパンクの美学を融合させる独自の路線を突き進んだ。

浮遊するギターと陰翳に富んだ3つの楽曲

サンパウロの著名なレコード店が立ち上げた自主レーベルからリリースされた本作は、3人編成のソリッドなアンサンブルが生々しく捉えられている。

A面1曲目の「Outono(秋)」は、空間系エフェクトを深くかけたクリーン・トーンのアルペジオと、ポルトガル語で物憂げに歌われるメロディが際立つ代表曲。翌1987年にメジャーのRCAから発表されるファースト・フル・アルバムでも再録される重要なレパートリーとなった。続く「Trópico」では、ドライブ感のあるベースラインとエコーを伴うギター・カッティングが緊張感を生み出す。

そしてB面全体(7分)を占める「Reflexos Da Noite(夜の反射)」は、彼らの真骨頂ともいえるサイケデリック大曲だ。金属弦をスライドさせるグリッサンド奏法とテープ・エコーが織りなす宇宙的な響きの中、クラウディオ・ソウザの力強いドラム・ロールが徐々にうねりを増し、白昼夢のような音響空間を構築していく。

自主制作からメジャー契約への足がかり

限定プレスで制作されたこの自主EPは、サンパウロのFMラジオ局などでヘビー・ローテーションされ、アンダーグラウンド・シーンで大きな反響を呼んだ。この成功をきっかけにバンドは大手RCAとの契約を獲得し、ブラジリアン・プログレッシブ/サイケデリック・ロックの代表的グループへと躍進していった。トリオ編成ならではの研ぎ澄まされた初期衝動と音響美が凝縮された一枚だ。

トラックリスト

  • A1 - Outono (3:18)
  • A2 - Trópico (4:14)
  • B - Reflexos Da Noite (7:00)
2026.05.09

Spirit Of John Morgan – Spirit Of John Morgan (1969)

1960年代末のロンドン地下シーンで活動したブリティッシュ・ブルース・ロック/初期プログレッシブ・ロック・バンド、スピリット・オブ・ジョン・モルガン(Spirit Of John Morgan)。彼らが1969年に英国カーナビー・レコーズ(Carnaby Records)から発表したセルフタイトル作がこのファースト・アルバムだ。

グラハム・ボンド直系の猛烈なハモンド・オルガン

バンドを率いる鍵盤奏者兼ボーカリストのジョン・モルガン(John Morgan)は、英国R&B界の巨魁グラハム・ボンド(Graham Bond)に心酔し、その荒々しいオルガン奏法と咆哮するボーカル・スタイルを受け継いだプレイヤーだ。ドン・ウィテカー(Don Whitaker / ギター)、フィル・シャット(Phil Shutt、後にフィル・カーティスとして活動 / ベース)、ミック・ウォーカー(Mick Walker / パーカッション)らと共にカルテットを組み、ロンドンのクラブを中心に活動を展開した。

本作のサウンドを決定づけているのは、レスリー・スピーカーを唸らせるモルガンの過激なハモンド・オルガンと、歪んだブルース・ギターが火花を散らすヘヴィなアンサンブルだ。アーサー・ブラウンやアトミック・ルースターを率いたヴィンセント・クレイン、あるいはブライアン・オーガーらと同時代的な空気を共有しながら、より泥臭いルーツ・ミュージックへの偏愛を剥き出しにしている。

R&Bからジャズ、超絶ブギウギ・ピアノまで

アルバムは、敬愛するグラハム・ボンドのナンバー「I Want You」の重厚なカバーで幕を開ける。ソリッドなギター・リフと唸るオルガンが一体となったグルーヴで押し切る一方、続く「Honky Tonk Train Blues」ではミード・ルクス・ルイスによるブギウギの名曲をピアノ・ソロで再現。モルガンが卓越したバレルハウス/クラシックのピアノ技巧を有していたことを証明する。

さらにB面冒頭の「The Yodel」は、ブルーノート・レーベルで知られるジャズ・オルガン奏者ビッグ・ジョン・パットン(Big John Patton)の楽曲をブルース・ロックの文脈で再構築したもの。ジャズのコード進行とロックの突進力を融合させ、間奏ではスリリングなオルガン・ソロが展開される。自作曲の「She’s Gone」や「Yorkshire Blues」でも、当時の英国ブルース・ブームの熱気と初期プログレ前夜の実験精神が同居している。

1969年英国アンダーグラウンドの息吹

本作を発表後、翌1970年にセカンド『Age Machine』をリリースしてバンドは解散。大手メジャーのような洗練されたプロダクションではなく、クラブ演奏の汗と熱量をそのままテープに焼き付けたような生々しい録音ゆえに、60年代末ロンドンのアングラ・ロックのリアリティを伝える貴重なドキュメントとなっている。

トラックリスト

  • A1 - I Want You
  • A2 - Honky Tonk Train Blues
  • A3 - She's Gone
  • A4 - Orpheus And None For Ye
  • B1 - The Yodel
  • B2 - Shout For Joy
  • B3 - A Train For All Reasons
  • B4 - Yorkshire Blues
2026.05.09

Roger Eno – Voices (1985)

英国の作曲家兼ピアニスト、ロジャー・イーノ(Roger Eno)。彼が1985年7月にエディションズEG(Editions EG)から発表した記念すべきソロ第1作が『Voices』だ。兄ブライアン・イーノ(Brian Eno)やダニエル・ラノワ(Daniel Lanois)と共に手がけた名盤『Apollo: Atmospheres and Soundtracks』(1983年)への参加を経て、本格的なソロ・アーティストとしての第一歩を刻んだアンビエント/現代クラシカルの古典である。

グラント・アベニュー・スタジオでのセッションとイーノ兄弟の協働

録音はカナダ・オンタリオ州ハミルトンにあるダニエル・ラノワのプライベート拠点「グラント・アベニュー・スタジオ(Grant Avenue Studio)」で行われた。プロデュースはダニエル・ラノワが担当し、ブライアン・イーノがサウンド・トリートメント(音響処理)としてクレジットされている。

ロジャー・イーノが奏でるアコースティック・ピアノの素朴で端正な旋律に対し、ブライアンが空間系のディレイや長大なリバーブ、微細なシンセサイザーのレイヤーを施すことで、鍵盤の打鍵音が霧の中に溶け込んでいくような独特の幽玄な音像が立ち現れる。ラノワによる温かみのある録音エンジニアリングも、静寂と音の減衰(ディケイ)を際立たせる決定的な役割を果たした。

サティの詩情と絵画的な音響スケッチ

音楽的にはエリック・サティの『ジムノペディ』やクロード・ドビュッシーの印象主義音楽の系譜に連なるものでありながら、80年代半ばのエレクトロニクス技術を通じて新時代の環境音楽へと再解釈されている。

冒頭の「Through The Blue」は、静かに置かれる単音のピアノと淡い残響が交錯し、静謐な孤独感を漂わせる代表曲。「A Paler Sky」や「Evening Tango」では郷愁を誘うメロディが短編小説のように綴られ、画家のイヴ・クライン(インターナショナル・クライン・ブルー)に着想を得た「Reflections On I.K.B.」では、青一色のキャンバスを想起させるミニマルな和声の推移が耳を捉える。「At The Water’s Edge」や「Grey Promenade」に至るまで、感情を煽ることなく淡々と美しい風景の移ろいをスケッチする姿勢が一貫している。

ポスト・クラシカル/ピアノ・アンビエントの原点

ハロルド・バッドとブライアン・イーノによる『Ambient 2: The Plateaux of Mirror』(1980年)と並び、アコースティック・ピアノをアンビエントの文脈で機能させた先駆的録音として知られる。技巧の誇示や複雑な展開を退け、打鍵の余白と空間の響きそのものに耳を澄ませる構成は、後のポスト・クラシカルやネオ・クラシカル・シーンの隆盛を先取りしていたといえる。

トラックリスト

  • A1 - Through The Blue (4:19)
  • A2 - A Paler Sky (3:21)
  • A3 - Evening Tango (3:08)
  • A4 - Recalling Winter (3:23)
  • A5 - Voices (2:20)
  • A6 - The Old Dance (3:57)
  • B1 - Reflections On I.K.B. (3:42)
  • B2 - A Place In The Wilderness (3:43)
  • B3 - The Day After (3:45)
  • B4 - At The Water's Edge (2:40)
  • B5 - Grey Promenade (4:30)
2026.05.09

Tangerine Dream – Ricochet (1975)

旧西ドイツの電子音楽グループ、タンジェリン・ドリーム(Tangerine Dream)が1975年12月に英ヴァージン・レコーズ(Virgin Records)から発表した通算7作目のアルバム『Ricochet』。名作『Phaedra』(1974年)、『Rubycon』(1975年)に続く作品であり、バンドにとって初となるライブ音源をベースにした画期的なアルバムだ。ジャケットには「Thanks to Bob Moog」との献辞が刻まれ、アナログLPは「Part One」「Part Two」の2面構成で収められている。

秋の英仏ツアーとマナー・スタジオでの再構築

本作は、エドガー・フローゼ(Edgar Froese)、クリストファー・フランケ(Christopher Franke)、ピーター・バウマン(Peter Baumann)という70年代「ベルリン・スクール」の黄金期トリオによって制作された。1975年秋に行われたイギリスおよびフランスでのツアー音源が元になっており、特にロンドン郊外クロイドンのフェアフィールド・ホールズ(Fairfield Halls、10月23日公演)などでの演奏テープが中核をなしている。

しかし本作は、ステージの演奏をそのまま記録しただけの一般的なライブ盤ではない。ツアー先で収録された膨大なマルチトラック・テープをオックスフォードシャーにあるリチャード・ブランソンのマナー・スタジオ(The Manor)に持ち込み、不要なノイズの整理や入念な編集、さらにはメロトロンやギター、シンセサイザーの追加ダビングを施すことで、ステージの即興性とスタジオ作品の緻密さを兼ね備えたハイブリッドな音響作品へと昇華させた経緯がある。

モーグ・シーケンサーの躍動と有機的なインストゥルメンテーション

前2作のスタジオ盤が漆黒の深淵を漂うような静的な音響空間だったのに対し、本作最大の特質は、クリストファー・フランケが操るモーグ・モジュラー(特にMoog 960シーケンサー・モジュール)による執拗でダイナミックなビートの導入にある。

A面「Part One」では、静謐な会場の空気感から突如として複雑に絡み合うポリリズミックな16分音符のシーケンスが立ち上がり、フローゼの咆哮するエレクトリック・ギターとメロトロンのフルート/ストリングスが重なっていく。一方のB面「Part Two」は、バウマンが奏でる重厚なピアノとパイプ・オルガン風の厳かな和音から幕を開け、やがて疾走する電子シーケンスにフランケの生ドラムと電子パーカッションが加わって、ロック・コンサートさながらの強烈な推進力へと雪崩れ込んでいく構成が圧巻だ。

電子音楽をフィジカルなロックへと変革した金字塔

アビイ・ロード・スタジオのハリー・モス(Harry Moss)によってカッティングされた本作は、全英チャートで40位を記録。単なる実験音楽やアンビエントの枠を突破し、シーケンサーの反復フレーズが持つ身体性と催眠的な高揚感をステージ上で具現化できることを証明した。後年のトランスやテクノ、エレクトロニック・ロックの先駆的古典として位置づけられる傑作だ。

トラックリスト

  • A - Ricochet (Part One) (17:02)
  • B - Ricochet (Part Two) (21:13)
2026.05.09

Zlatko Manojlović – Jednoj Ženi (1983)

旧ユーゴスラビア(セルビア・ベオグラード)を代表する名ギタリスト兼コンポーザー、ズラトコ・マノイロヴィッチ(Zlatko Manojlović)。プログレッシブ・ロック・バンドのダー(Dah)や初期ヘヴィ・メタル・バンドのゴルディ(Gordi)を率いた彼が、1983年に国営レーベルPGP-RTBから発表したソロ・アルバムが『Jednoj Ženi(ある女性へ)』だ。手元の盤は1986年プレスのリイシュー盤となる。

兵役中のリュブリャナ録音から生まれた名曲と旧ユーゴ勢の集結

本作のハイライトであり、旧ユーゴ圏のロック史において屈指のギター・インストゥルメンタルとして語り継がれている表題曲「Jednoj Ženi」は、アルバム用セッションよりも前の1977年3月、マノイロヴィッチが軍隊の兵役義務でスロベニアのリュブリャナに駐屯していた際に現地で録音された音源だ。感情の機微を絞り出すような咽び泣くチョーキングと滑らかなロング・トーンは、当時の深夜ラジオ番組のテーマ曲として広く親しまれ、バルカン半島全域でギター少年たちの指標となった。

その他の楽曲は1983年6月末、ベオグラードの名門スタジオ「ドゥルガ・マツァ(Druga Maca)」にてエンツォ・レシッチ(Enco Lesić)のプロデュースのもと録音された。バッキングには、マノイロヴィッチと並び称されたライバル的プログレ・バンド、スマク(Smak)のリズム隊であるスロボダン・ストヤノヴィッチ・“ケパ”(Slobodan Stojanović Kepa / ドラム)とゾラン・ミラノヴィッチ(Zoran Milanović / ベース)が参加。旧ユーゴ屈指の強固なグルーヴが、マノイロヴィッチのギター・プレイを強力に支えている。

泣きのギターと洗練されたプログレ・ハードの融合

オープニングの「Jednoj Ženi」が放つ濃厚な哀愁から、「Balada Za Tebe(君へのバラード)」や「Ponekad Ću Da Ti Se Javim」などのボーカル・ナンバーへと移ると、80年代初頭らしいタイトなハード・ロック/メロディアス・ロックの質感が現れる。

軽快なビートの「Hej, Šta Radiš」や「Sweet, Sweet, Credit」を挟みつつ、ラストを飾るインストゥルメンタル「Lovac Na Snove(ドリーム・ハンター)」では再びギターの技巧とエモーションが炸裂する。ブルースを基盤にクラシックや東欧民謡のスケールを忍ばせたソロ構成は、東欧プログレッシブ・ロック特有の憂愁を色濃く反映している。

カンヌMIDEM出品と日本盤リリースへの広がり

本作は東欧圏内にとどまらず国際的にも高い評価を受け、フランス・カンヌの国際音楽産業見本市(MIDEM)で注目を集めた結果、日本ではキングレコードのユーロ・ロック専門レーベル「ネクサス(NEXUS)」からライセンス盤がリリースされるに至った。旧ユーゴ圏の豊かなロック・シーンが生んだ屈指のギター・オリエンテッド作品として記憶される一枚だ。

トラックリスト

  • A1 - Jednoj Ženi (Instrumental)
  • A2 - Balada Za Tebe
  • A3 - Ponekad Ću Da Ti Se Javim
  • A4 - Hej, Šta Radiš
  • B1 - Trebaš Mi
  • B2 - Volim Vas Zauvek
  • B3 - Sweet, Sweet, Credit
  • B4 - Nikad Neću Biti Tvoj
  • B5 - Lovac Na Snove (Instrumental)
2026.05.09

Trettioåriga Kriget – Efter Efter (2011)

スウェーデンのストックホルム郊外サルツヨーバーデンで1970年に結成されたプログレッシブ・ロック・バンド、トレッティオオーリガ・クリーゲト(Trettioåriga Kriget、「三十年戦争」の意)。彼らが2011年に自主レーベル(Runnestad Kollektiv)から発表したスタジオ・アルバムが『Efter Efter(アフター・アフター)』だ。

20年の沈黙を破ったオリジナル6人による復活3部作の完結

1970年代に『Krigssång(戦いの歌)』(1975年)などの傑作を残し、北欧ヘヴィ・シンフォニック・ロックの最高峰として名を馳せた彼らは、1980年代初頭の解散を経て約20年間にわたり沈黙を保っていた。しかし2004年に結成当時のオリジナル・メンバー6人が奇跡的に再集結。『Elden av år』(2004年)、『I början och slutet』(2007年)に続き、本作はその再結成第2期の「自叙伝的3部作」を締めくくる完結編として位置づけられる。

作曲の中心を担うベーシストのステファン・フレディン(Stefan Fredin)をはじめ、情熱的なスウェーデン語ボーカルを聴かせるロバート・ジーマ(Robert Zima)、技巧派ギタリストのクリステル・オーケルベリ(Christer Åkerberg)、ドラマーのダグ・ルンドクヴィスト(Dag Lundquist)、鍵盤奏者のマッツ・リンドベリ(Mats Lindberg)、そして結成時からの専属作詞家オーレ・トルンヴァル(Olle Thörnvall)という、70年代の黄金期と完全に同一の布陣で制作された。

北欧の哀愁とヘヴィ・アンサンブルの成熟

本作の大きな魅力は、単なるノスタルジーにとどまらない、円熟味と重厚なアタック感が共存したバンド・サウンドにある。ステファン・フレディンが鳴らすリッケンバッカー・ベースの太くゴリゴリとした低音ラインと、クリステル・オーケルベリのブルージーかつエッジの効いたギターが、楽曲の骨格を力強く牽引する。

オープニングの「Mannen På Bänken(ベンチの男)」では、力強いリズム・セクションに乗せて人生の黄昏を歌うメランコリックな歌唱が響く。「Barnet(子供)」ではアコースティックな温もりとストリングス的シンセが記憶の情景を静かに呼び起こし、かつての戦いを振り返るような「Glorious War」では初期キング・クリムゾンにも通じる緊張感あふれるアンサンブルが炸裂する。宇宙への憧憬を滲ませた「Till En Sputnik」を経て、表題曲「Efter Efter」では、長い年月を経たバンド自身の歩みを肯定するかのような穏やかで威風堂々たる余韻で締めくくられる。

歳月を重ねたロック・バンドのドキュメント

スウェーデン語の詩情を母国語の響きそのままに歌い上げ、華美なモダン・プロダクションに染まることなく、生楽器のダイナミクスとアンサンブルの呼吸をそのまま刻み込んだ仕上がりとなっている。40年以上の歳月を共に歩んだ同一メンバーだからこそ到達できた、北欧プログレッシブ・ロックの至境を伝える一枚だ。

トラックリスト

  • A1 - Mannen På Bänken
  • A2 - Barnet
  • A3 - Tavlan
  • A4 - The Dance
  • B1 - Glorious War
  • B2 - Till En Sputnik
  • B3 - Efter Efter
2026.05.09

Tangerine Dream – Tangram (1980)

旧西ドイツの電子音響集団タンジェリン・ドリーム(Tangerine Dream)が1980年5月にヴァージン・レコーズ(Virgin Records)から発表した通算10作目(スタジオ作としては13作目)のアルバムが『Tangram』だ。7つの木片を組み合わせて無数の図形を形作る古代中国のパズル「タングラム」に由来するタイトルを冠し、アナログLPのA面・B面それぞれに長大な組曲「Tangram Set 1」「Tangram Set 2」を収めている。

ヨハネス・シュメーリング加入と黄金のトリオ体制の始動

本作は、創設者のエドガー・フローゼ(Edgar Froese)とクリストファー・フランケ(Christopher Franke)の2人に、新たにベルリンのシャウビューネ劇場の音響エンジニア兼オルガン奏者だったヨハネス・シュメーリング(Johannes Schmoelling)が合流して制作された記念碑的な第1作にあたる。ピーター・バウマン脱退後の過渡期(『Cyclone』『Force Majeure』)を経て、この「フローゼ=フランケ=シュメーリング」の3人体制が確立されたことで、バンドは1980年代の黄金期へと突入した。

録音はベルリンのポリゴン・スタジオ(Polygon Studios)で行われ、ハンザ・スタジオにてエドゥアルト・マイヤー(Eduard Meyer)の手によってミックスされた。クラシック音楽や教会音楽の素養を持つシュメーリングが持ち込んだ端正な和声感覚とメロディ展開が、フランケの操る精緻なシーケンサー・パターンやフローゼの情動的なギター・ワークと見事に噛み合い、70年代の瞑想的なスペース・ロックから、より構築美と叙情性を重視した80年代シンセ・ミュージックへの脱皮を果たしている。

幾何学パズルのように連結されるモザイク的組曲

各面を占める組曲は、タイトルが示す通り、多彩な断片(セクション)が幾何学パズルのように精妙に連結されていく構成を採っている。

約20分に及ぶ「Tangram Set 1」は、荘厳なシンセ・ドローンから一転し、躍動感あふれる16ビートのモジュラー・シーケンスが疾走を開始。フローゼのエレクトリック・ギターが叙情的なメロディを重ねた後、テンポを落としてアコースティック・ギターとピアノが静かに語りかけるパートへと移ろう。「Tangram Set 2」も同様に、重厚なストリング・シンセのクレッシェンドからミニマルなシーケンスの波へと連なり、プロフェット5(Prophet-5)やコルグのポリフォニック・シンセ(PS-3100)を駆使した煌びやかなポリフォニーが空間を埋めていく。

80年代エレクトロニック・ミュージックと劇伴への布石

長尺の即興的トリップ感を保ちつつも、明快なメロディラインと計算された場面転換を導入した本作は、全英チャートで36位に入るなど高い支持を得た。ここで磨かれた劇的で起伏に富んだシンセサイザー・アンサンブルの語法は、翌年以降の『Exit』や『White Eagle』、さらにはマイケル・マン監督の映画『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー(Thief)』をはじめとする数々の映画サウンドトラック制作へと直結していくことになる。

トラックリスト

  • A - Tangram Set 1
  • B - Tangram Set 2
2026.05.09

Pete And Royce – Suffering Of Tomorrow (1980)

ギリシャ・アテネで結成されたシンフォニック/スペース・プログレッシブ・ロック・バンド、ピート・アンド・ロイス(Pete And Royce)。彼らが1980年に自主制作レーベル(Oktohoxos)からわずか500枚ほどプレスしたとされるデビュー・アルバムが『Suffering Of Tomorrow』だ。ギリシャのロック史において屈指のメガレア盤として知られており、手元のアナログ盤は2013年に300枚限定で公式復刻されたリイシューLPとなる。

アテネの地下で鳴らされたスペース・ロック

バンドは1979年夏、シンガー・ソングライター兼ギタリストのパナヨティス・“ピート”・ツィロス(Panagiotis “Pete” Tsiros)と、ベーシストのエライアス・ポルフィリス(Elias Porfiris)を中心に結成された。キーボードのニック・キパリシス(Nick Kyparissis)やドラマーのヴァンゲリス・ベキス(Vangelis Bekis)らを加えた5人編成でレコーディングが行われている。

ピンク・フロイド(Pink Floyd)の『狂気』や初期エロイ(Eloy)を彷彿とさせるスペイシーな音像を基盤としながらも、彼ら独自のアイデンティティとなっているのが、ギリシャ正教の聖歌や東地中海音楽に通じる仄暗い短調のメロディラインと、宗教的・精神的な思索を巡らせた全編英語の歌詞だ。当時のギリシャのロック・シーンではアジテーションやストレートな政治批判が主流だった中、内省的なアート・ロックを志向した点に彼らの特異性があった。

浮遊するシンセサイザーと陰影を帯びた組曲構成

アルバムは、緩やかに明滅する電子音と咽び泣くファズ・ギターが絡み合う「Flickering Light」で幕を開ける。「It’s So Unreal」や「Flowers」、そして表題曲「Suffering Of Tomorrow」にかけて、ツィロスの朴訥としたボーカルと哀愁を帯びたオルガン/シンセサイザーが静かな緊張感を持続させていく。

B面は「Time」に続き、「Years Before」と総称される3部構成の組曲(「Maybe」「Face Of The Moon」「Round Your Grave」)へと展開する。死生観や時間の不可逆性をテーマにした重厚なリリシズムが、空間系エフェクトを深くかけたギター・アルペジオとヴィンテージ鍵盤のレイヤーによって丁寧に紡ぎ出される。荒削りなスタジオ環境ゆえの生々しい残響が、かえって彼らの持つサイケデリックな叙情性を際立たせている。

地中海プログレの幻の名盤としての再評価

翌1981年のセカンド『Days of Destruction』を発表したのちバンドは解散し、長らくアンダーグラウンドのコレクター間で語り継がれる存在となっていた。2010年代の限定アナログ再発によって、東欧・南欧プログレッシブ・ロックの黎明期におけるユニークな実験作として再び光が当てられた作品だ。

トラックリスト

  • A1 - Flickering Light
  • A2 - It's So Unreal
  • A3 - Flowers
  • A4 - Suffering Of Tomorrow
  • B1 - Time
  • B2 - Maybe
  • B3 - Face Of The Moon
  • B4 - Round Your Grave
2026.05.09

Jerry Garcia – Garcia (Compliments) (1974)

グレイトフル・デッドの象徴的ギタリスト兼ボーカリスト、ジェリー・ガルシア(Jerry Garcia)。彼が1974年6月にグレイトフル・デッドの自主レーベルであるラウンド・レコーズ(Round Records)から発表したソロ第2作が、通称『Compliments』(正式なアルバム名は『Garcia』)だ。プロモーション用見本盤のジャケットに「Compliments of Garcia(ガルシアより謹呈)」と印刷されていたことから、1972年のソロ第1作『Garcia』と区別するためにファンやレコード店の間でこの通称が定着し、後の公式再発でも採用された経緯がある。

ジョン・カーンのプロデュースと豪華セッション陣の集結

ほぼ全パートをガルシア自身がマルチ録音した1972年のファーストとは対照的に、本作では生涯の盟友となるベーシストのジョン・カーン(John Kahn)がプロデュースを担当。カーンの人脈を中心に、西海岸の一流セッション・ミュージシャンたちが大挙して集められた。

エルヴィス・プレスリーのバックを務めていたドラマーのロン・タット(Ron Tutt)をはじめ、ガルシアと長年共演を重ねた鍵盤奏者のマール・サンダース(Merl Saunders)、レッキング・クルーのラリー・ネクテル(Larry Knechtel)、パーカッションのボビー・ホール(Bobbye Hall)、さらにマリア・マルダー(Maria Muldaur)やジェフ・マルダー(Geoff Muldaur)らがバッキング・ボーカルで参加。この時のリズム隊やアンサンブルの感触が、翌1975年に正式始動するジェリー・ガルシア・バンド(JGB)の音楽的母体となっていった。

ルーツ・ミュージックへの敬意が詰まったカバーの妙味

全10曲中9曲がカバーで占められており、オリジナル曲はジョン・カーンとロバート・ハンターが共作した「Midnight Town」のみ。ガルシアが愛聴してきたアメリカン・ルーツ・ミュージックの芳醇なカタログを、肩の力を抜いてプレイしたような構成が魅力だ。

チャック・ベリーのロックンロール「Let It Rock」で軽快に幕を開け、スモーキー・ロビンソン作のモータウン・ナンバー「When The Hunter Gets Captured By The Game」やリトル・ミルトンで知られる「That’s What Love Will Make You Do」ではソウルフルなR&Bのグルーヴを聴かせる。アーヴィング・バーリン作のジャズ・スタンダード「Russian Lullaby」ではジャンゴ・ラインハルト直系のアコースティック・スウィング・ギターを披露し、ザ・ローリング・ストーンズの「Let’s Spend The Night Together」をテンポを落としたレイドバックなファンクに仕立て直すなど、選曲とアレンジの幅は極めて広い。ピーター・ローワン作のカントリー・バラード「Mississippi Moon」におけるペダル・スティールと情感豊かなボーカルも聴きどころだ。

デッドの長尺即興とは異なる「歌伴」の美学

デッドでの長大でサイケデリックなジャム展開とは一線を画し、ホーン・セクションやコーラス隊を交えながら3分〜5分のコンパクトな「歌もの」として精緻にまとめ上げられている。ガルシアのギタリストとしての多彩な語彙と、温かみのあるボーカルの魅力がストレートに味わえるソロ名盤といえる。

トラックリスト

  • A1 - Let It Rock (3:12)
  • A2 - When The Hunter Gets Captured By The Game (2:46)
  • A3 - That's What Love Will Make You Do (3:42)
  • A4 - Russian Lullaby (3:04)
  • A5 - Turn On The Bright Lights (5:04)
  • B1 - He Ain't Give You None (3:25)
  • B2 - What Goes Around (3:07)
  • B3 - Let's Spend The Night Together (3:40)
  • B4 - Mississippi Moon (3:06)
  • B5 - Midnight Town (3:12)
2026.05.09

Matterhorn – Outside (2020)

ノルウェー・トロンハイムを拠点とするプログレッシブ・ロック/アート・ロック・プロジェクト、マッターホルン(Matterhorn)。彼らが2020年にノルウェーの名門アポロン・レコーズ(Apollon Records Prog)から発表したデビュー・アルバムが『Outside』だ。

トロンハイムの地下シーンから生まれたプロジェクト

マッターホルンは、アトロックス(Atrox)やグリフィン(Griffin)、マネズ(Manes)といった北欧エクストリーム/前衛メタル・シーンでボーカルを務めてきたトミー・セバスチャン・ハルセス(Tommy Sebastian Halseth)を中心に、2013年に始動した。ベーシストのエドヴィン・マティセン(Edvin Mathiesen)やドラマー兼鍵盤奏者のアンドレアス・ステューネス(Andreas Stunes)らと共に、数年をかけて楽曲の推敲と録音が進められた。

本作には北欧プログレッシブ・ロック人脈の重要人物たちが深く関わっている。マルチ奏者のリース・マーシュ(Rhys Marsh)が録音と共同プロデュースを担当したほか、ホワイト・ウィロー(White Willow)やオピウム・カルテル(The Opium Cartel)を率いるヤコブ・ホルム=ルーポ(Jacob Holm-Lupo)がミックス、マスタリング、そしてゲスト・ギターで参加。メロトロンやハモンド・オルガンといった70年代ヴィンテージ鍵盤の響きと、現代的なオルタナティヴ・ロックの冷ややかな空気感が巧みに融合されている。

孤独と喪失を綴るリリシズムと北欧プログレの音像

アルバム全体を貫くテーマは、社会からの疎外、孤独、そして喪失感だ。表題曲「Outside」では、哀愁を帯びたメロトロンの調べとヘヴィなギター・リフが交錯し、ハルセスの力強くも陰りのある歌唱が響く。

ハルセスが自身の父親の他界に向き合って綴ったという「Aura Noire」は、パーソナルな悲痛さを湛えたダークな展開が際立つ一曲。「Bruit Blanc」や「Aorta」では12弦アコースティック・ギターの繊細な響きとダイナミックなリズム・セクションが緩急を生み出し、北欧特有の仄暗い叙情性を漂わせる。ラストの「Døden Og Meg(死と私)」ではノルウェー語による内省的な独白が静かにフェードアウトしていき、アルバム全体の重厚な余韻を残す。

現代北欧アート・ロックにおける位置づけ

技巧的な複雑さや長尺のソロを誇示するのではなく、歌と楽曲の叙情的な構築美を軸に据えたアプローチが徹底されている。アポロン・レコーズ周辺の豊穣なプログレッシブ・ロック/ポスト・プログ・シーンの成熟を示す一枚だ。

トラックリスト

  • A1 - Outside
  • A2 - Aura Noire
  • A3 - Bruit Blanc
  • A4 - Aorta
  • B1 - Last Page
  • B2 - Oceana
  • B3 - Silhouette
  • B4 - Døden Og Meg
2026.05.09

Talk Talk – The Colour Of Spring (1986)

1986年発表の『The Colour of Spring』は、英ロンドン出身のバンド、トーク・トーク(Talk Talk)の通算3作目にあたるスタジオ・アルバムだ。初期の『The Party’s Over』(1982年)や『It’s My Life』(1984年)で聴かせたシンセポップ路線から大きく舵を切り、生楽器の響きと空間の余白を大胆に取り入れたことで、バンドのキャリアのみならず80年代英国音楽史における大きな転換点となった作品として知られる。

打ち込みからの脱却とウェセックス・スタジオでの試み

本作の制作において中心となったのは、フロントマンのマーク・ホリス(Mark Hollis)と、前作からプロデュースおよび共作者として関わり「第4のメンバー」とも称されたティム・フリーズ・グリーン(Tim Friese-Greene)のコンビだ。2人は流行していたデジタル・シンセサイザーによるプログラミング主体の音作りを放棄し、ピアノ、ハモンド・オルガン、アコースティック・ベース、ハーモニカなど、演奏者の呼吸やダイナミクスが反映される生楽器を中心としたアンサンブルを構想した。

エンジニアにはトラフィックやジミ・ヘンドリックスらを手がけてきた名手フィル・ブラウン(Phill Brown)を迎え、ロンドンのウェセックス・サウンド・スタジオ(Wessex Sound Studios)で入念なセッションが重ねられた。ゲスト陣も豪華で、スティーヴ・ウィンウッド(Steve Winwood)がハモンド・オルガンで参加したほか、ペンタングルの名手ダニー・トンプソン(Danny Thompson)がアップライト・ベース、マーク・フェルサム(Mark Feltham)がブルース・ハープ、ロビー・マッキントッシュやデヴィッド・ローズがギターで彩りを添えている。

静寂とダイナミクスが交錯する楽曲構成

冒頭を飾る「Happiness Is Easy」は、ダニー・トンプソンの爪弾くウッドベースとリー・ハリス(Lee Harris)の細やかなパーカッションから静かに立ち上がり、やがて児童合唱(セント・マイケルズ校の子供たち)とウィンウッドのオルガンが重なる重層的な構成を持つ。

世界的なヒットを記録した先行シングル「Life’s What You Make It」では、反復する力強いピアノのリフと硬質なビートを軸に、マーク・ホリスの嗄れたボーカルが緊張感を煽る。「Living in Another World」ではマーク・フェルサムの咆哮するようなハーモニカとウィンウッドのオルガン・ソロが激しく交錯し、アップテンポながらも独特の哀愁を漂わせる。

一方で「April 5th」や「Chameleon Day」といった楽曲では、極限まで音数を削ぎ落とした静寂の美学が前景化する。「Chameleon Day」で使われている電子管楽器ヴァリオフォン(Variophon)の不安定な揺らぎと突発的なピアノの打鍵は、後年の名盤『Spirit of Eden』(1988年)や『Laughing Stock』(1991年)で花開くポストロックの先駆けといえる響きを放っている。ラストの「Time It’s Time」では合唱隊を交えた壮大なアンサンブルで幕を閉じる。

ポップ・チャートでの成功と後世への布石

生演奏の質感とスタジオ音響への執拗なこだわりを凝縮した本作は、全英アルバム・チャートで8位を記録するなど商業的にも大きな成功を収めた。この成功によってレコード会社からの信頼と制作の自由を得たバンドは、さらに実験性を極めた次作『Spirit of Eden』の暗闇に満ちたスタジオ作業へと突き進むことになる。80年代のメインストリーム・ポップの枠内にありながら、その枠を内側から押し広げた記念碑的な一枚だ。

トラックリスト

  • A1 - Happiness Is Easy
  • A2 - I Don't Believe In You
  • A3 - Life's What You Make It
  • A4 - April 5th
  • B1 - Living In Another World
  • B2 - Give It Up
  • B3 - Chameleon Day
  • B4 - Time It's Time
2026.05.09

Play – Red Movies (1985)

英国のアンダーグラウンド・シンセポップ/ミニマル・ウェイヴ・デュオ、プレイ(Play)が1985年にサバイバル・レコーズ(Survival Records)から発表した唯一のフル・アルバムが『Red Movies』だ。本作は、彼らが1980年代前半に発表したシングル群とスタジオ音源を集約した作品であり、手元のアナログ盤はシアトルの名門リイシュー・レーベル「メディカル・レコーズ(Medical Records)」が2013年に12インチ・ヴァージョンなどを追加してリマスター復刻した盤となる。

サバイバル・レコーズとドリンキング・エレクトリシティの系譜

プレイは、ボーカルとキーボードを手がけるウェイン・ケネディ(Wayne Kennedy)と、シンセサイザーおよびギターを担当したデイヴィッド・ローム(David Rome)の2人によって結成された。デイヴィッド・ロームは、ニュー・ウェイヴ/シンセポップ・シーンで知られるドリンキング・エレクトリシティ(Drinking Electricity)の中心人物であり、同グループの拠り所となったインディ・レーベル「サバイバル・レコーズ」の共同設立者でもある。

サバイバル・レコーズは、ロボット・パントマイム・デュオのティック&トック(Tik & Tok)やアナリシス(Analysis)など、個性的なエレクトロ・ポップを送り出した先駆的レーベルだった。その中でプレイは、派手なダンス・ポップ路線とは一線を画し、内省的でメランコリックなメロディを追求するユニットとして位置づけられていた。

アナログ・シンセと打ち込みリズムが織りなす哀愁のミニマル・ポップ

本作には、1982年から1984年にかけてリリースされた代表的なシングル曲が網羅されている。表題曲「Red Movies」や「Erase The Memory」では、反復する硬質なドラムマシンのビートに哀愁を帯びたシンセサイザーのレイヤーが重なり、ウェイン・ケネディの低音ボーカルが淡々と情景を描き出す。

1983年のシングル「You Don’t Look The Same」や「Chasing The Sun」では、デイヴィッド・ロームによるクリーンなコーラス・ギターが電子音の隙間に差し込まれ、ニュー・オーダー初期や同時期のネオアコにも通じる冷ややかな疾走感を生み出している。また、B面に収められた「In My Mind」や「You Don’t Look The Same」の12インチ・エクステンデッド・ミックスでは、クラブ・ユースを意識した長尺のダブ処理やシーケンスの抜き差しが施されており、当時の英国インディ・ダンスフロアの熱気も窺える。

80sカルト・シンセポップの再評価

メジャーな商業チャートで大々的に脚光を浴びることはなかったものの、80年代半ばの洗練されたポップスと初期ポストパンクのDIY精神の結節点に位置する作品として、2010年代以降のミニマル・シンセ/コールド・ウェイヴ再評価の潮流の中で再び注目を集めた。過度な装飾を削ぎ落としたミニマルな電子アンサンブルが魅力の一枚だ。

トラックリスト

  • A1 - Red Movies (3:48)
  • A2 - Erase The Memory (3:27)
  • A3 - Deeper Than Blue (3:17)
  • A4 - This Little Girl (3:52)
  • A5 - You Don't Look The Same (3:25)
  • B1 - In My Mind 7" (3:13)
  • B2 - Chasing The Sun (5:55)
  • B3 - You Don't Look The Same 12" (5:28)
  • B4 - In My Mind 12" (4:51)
2026.05.08

Josef K – Young And Stupid / Endless Soul (1987)

スコットランド・エディンバラ出身のポストパンク・バンド、ジョセフ・K(Josef K)。彼らが1982年の解散から5年後の1987年、ベルギーのクレプスキュール傘下のレーベル「シュープリーム・インターナショナル・エディションズ(Supreme International Editions)」から発表した編集盤LPが本作だ。ジャケット表面には『Young And Stupid』、裏面には『Endless Soul』、背表紙には『Young And Stupid / Endless Soul』と表記される変則的な体裁を採っている。

「ヤング・スコットランド」の旗手と幻のファースト

フランツ・カフカの小説『審判』の主人公ヨーゼフ・Kから名を取ったバンドは、ポール・ヘイグ(Paul Haig)の鋭敏なボーカルと、後にオレンジ・ジュースやアズテック・カメラにも参加するマルコム・ロス(Malcolm Ross)の角張ったギター・カッティングを軸に結成された。アラン・ホーンがグラスゴーで立ち上げたインディ・レーベル「ポストカード・レコーズ(Postcard Records)」の看板バンドとして、オレンジ・ジュースと共に“The Sound of Young Scotland”を牽引した存在として知られる。

彼らは1980年秋、エディンバラ近郊のカッスル・サウンド・スタジオで初のフル・アルバム『Sorry For Laughing』を録音したものの、「音が整いすぎていてバンド本来の生々しさが欠けている」として発売直前にお蔵入りを決定。翌年にベルギー・ブリュッセルのスタジオで短期間で録り直した『The Only Fun in Town』を唯一の正式アルバムとして残し、早々に解散を選んだ経緯がある。

ポストカードのシングルと未発表セッションの集成

本作『Young And Stupid / Endless Soul』は、短命に終わった彼らの軌跡を補完する貴重なアーカイブだ。アブソリュート(Absolute)やポストカードから放たれた初期の重要曲、英BBCのジョン・ピール・セッション音源、そしてお蔵入りとなった『Sorry For Laughing』期のスタジオ・トラックなどが網羅されている。

テレヴィジョンやヴェルヴェット・アンダーグラウンドの鋭角的なギター・アンサンブルに、シック(Chic)などのディスコ/ファンクの躍動感を持ち込んだ「Chance Meeting」や「It’s Kinda Funny」、後にプロパガンダ(Propaganda)がカバーしたことでも知られる名曲「Sorry For Laughing」など、性急なビートと乾いたコード・カッティングが交錯するサウンドは鮮烈だ。「Heaven Sent」やピール・セッション由来の「Heart Of A Song」に聴かれる硬質なベースと冷ややかなメロディラインも、エディンバラ独特のポストパンクの空気を強く宿している。

80年代インディ・ポップへの影響と再評価

ジョセフ・Kの活動期間はわずか3年足らずだったが、ポストカードから放たれた数々の録音は、後のC86ムーヴメントやスコティッシュ・インディ・ポップの礎となった。シングルやレア・トラックが散逸していた1980年代後半において、本作は彼らの鋭利なソングライティングとファンク解釈をまとめて確認できる重要なアナログ盤として機能した。

トラックリスト

  • A1 - Heart Of A Song
  • A2 - Endless Soul
  • A3 - Citizens
  • A4 - Variation Of A Scene
  • A5 - It's Kinda Funny
  • A6 - Sorry For Laughing
  • B1 - Chance Meeting
  • B2 - Heaven Sent
  • B3 - Drone
  • B4 - Sense Of Guilt
  • B5 - Revelation
  • B6 - Romance
2026.05.08

Arabs In Aspic – Progeria (2003)

ノルウェー・トロンハイムを拠点に活動するプログレッシブ・ロック・バンド、アラブス・イン・アスピック(Arabs in Aspic)。彼らが2003年に自主レーベル(Børse Music)からCDフォーマットで発表したデビュー作が、この4曲入りミニ・アルバム『Progeria』だ。後にノルウェーの名門プログレッシブ・ロック・レーベルであるカリスマ・レコード(Karisma Records)からリマスターが施され、2021年に初のアナログLP化が実現した盤となる。

ブラック・サバスのカバーから始まった初期の衝動

バンドは1997年、ギタリストのヨーステイン・スメビ(Jostein Smeby)とトミー・インゲブリグツェン(Tommy Ingebrigtsen)らによって結成された。キング・クリムゾンのアルバム『Larks’ Tongues in Aspic(太陽と戦慄)』をもじった特異なバンド名を掲げているが、活動初期はブラック・サバスのカバー・バンドとしてスタートを切っている。

そうした出自を如実に示すように、本作に刻まれているのは洗練されたシンフォニック・ロックというよりも、70年代初頭の初期ドゥーム・ロックやプロト・メタル、そしてスペース・ロックが混然一体となった生々しく重厚なサウンドだ。歪んだファズ・ギターと粘り気のあるリズム隊の突進力、そこにハモンド・オルガンが絡みつく構成は、後年のヴィンテージ・プログレッシブ・ロック路線へと繋がる原点といえる。

大曲で描かれるトールキンの世界とヘヴィ・サイケデリア

アコースティックの短い表題曲「Progeria」を経て雪崩れ込む「Silver Storm」は、8分を超える重厚なリフ主導のナンバー。アイオミ直系のダークなギター・リフとテンポ・チェンジの応酬が繰り広げられる。

続く「Shelob’s Cave / The Great Shelob / Wizard In White」は、J・R・R・トールキンの『指輪物語』に登場する大蜘蛛シェロブや白の魔法使い(ガンダルフ)を題材にした3部構成の組曲。暗鬱な洞窟を想起させる不穏な展開から、サイケデリックな広がりを見せる展開まで、ドラマティックな場面転換を骨太なアンサンブルで押し切る。ラストを飾る「Megalodon」も10分近くに及ぶ大曲で、空間系エフェクトを交えた長尺のギター・ソロと緩急に富んだリズム・セクションが絡み合い、バンドの衝動をダイレクトに記録している。

自主制作盤の復刻とバンドの軌跡

2000年代初頭の北欧アンダーグラウンド・シーンで限られた数しか出回らなかった本作は、バンドがその後メロトロンやヴィンテージ・シンセを大々的に導入してシンフォニック/ヘヴィ・プログレ路線を確立していく前夜のドキュメントとして位置づけられる。荒削りなヘヴィネスと初期衝動がそのまま封じ込められた一枚だ。

トラックリスト

  • A1 - Progeria (1:47)
  • A2 - Silver Storm (8:01)
  • B1 - Shelob's Cave/The Great Shelob/Wizard In White (7:38)
  • B2 - Megalodon (9:51)
2026.05.08

Siouxsie & The Banshees – Kaleidoscope (1980)

1980年発表の『Kaleidoscope』は、スージー・アンド・ザ・バンシーズ(Siouxsie and the Banshees)の通算3作目にあたるスタジオ・アルバムだ。前作『Join Hands』に伴うツアー中の1979年9月、ギタリストのジョン・マッケイ(John McKay)とドラマーのケニー・モリス(Kenny Morris)が突如バンドを脱退。中核メンバーを失う危機に見舞われたスージー・スー(Siouxsie Sioux)とスティーヴン・セヴェリン(Steven Severin)は、急遽ザ・スリッツからドラマーのバッジー(Budgie)、そしてマガジンのギタリストだったジョン・マッギオーク(John McGeoch)らを迎え入れて制作へと舵を切った経緯がある。

分裂の危機から新編成への移行

アバディーンのレコード店でのサイン会を巡るトラブルを契機にオリジナル・メンバーが立ち去った直後、残された2人はツアーを乗り切るためにロバート・スミス(ザ・キュアー)やバッジーの助力を得て急場をしのいだ。その後、本格的な新作レコーディングに向けて迎えたのが、スリッツのアルバム『Cut』でも独特のポリリズムを鳴らしていたバッジーと、当時マガジンで活動しながら革新的なフレージングを模索していたジョン・マッギオークだった。

さらに本作のセッションには元セックス・ピストルズのスティーヴ・ジョーンズ(Steve Jones)も招かれ、「Clockface」「Paradise Place」「Skin」の3曲でギターを弾いている。プロデューサーにはポリスの初期作品を手がけたナイジェル・グレイ(Nigel Gray)を起用。サリー・サウンド・スタジオを中心に、ウェールズのコーチ・ハウスやロンドンのポリドール・スタジオなどでレコーディングが進められた。

電子音とリズムマシンの導入、多彩な音響実験

初期の『The Scream』や『Join Hands』を支配していた冷たく閉塞的なノイズから離れ、本作では万華鏡(カレイドスコープ)のタイトル通り、楽曲ごとに異なるアプローチが採られている。シンセサイザーやリズムマシン、電子エフェクトの大胆な導入が大きな特徴だ。

先行シングルとなった「Happy House」では、マッギオークのフランジャーを効かせた印象的なギターリフと、バッジーの軽快かつ反復的なビートが噛み合い、シニカルな歌詞とポップな質感が同居する。「Christine」は解離性同一性障害を抱えたクリスティン・コスナー・サイズモアの題材に着想を得た楽曲で、アコースティック・ギターと叙情的なベースラインを重ねたアレンジが耳を引く。

一方で「Red Light」では生ドラムを排し、ローランドのリズムマシン(CR-78)とシンセベースを軸に構築。曲中にはカメラのシャッター音やモータードライブの巻き上げ音が効果音として組み込まれている。「Lunar Camel」もミニマルな電子パーカッションのループが空間を支配し、「Tenant」ではチェロやピアノを用いた不穏な室内楽的アレンジを施すなど、曲ごとに編成や質感を切り替える手法が徹底された。

ポストパンクの転換点としての位置づけ

バッジーの精緻で躍動感あるドラミングと、マッギオークによる空間を埋めすぎない精妙なアルペジオは、それまでのパンク的な単一のトーンを解体し、後のゴシック・ロックやネオ・サイケデリアの音像形成にも影響を与えたとされる。アルバムは全英チャートで5位を記録し、商業的にも大きな成功を収めた。解散の瀬戸際に立たされたバンドが、新たな血と電子機材を注入してサウンドを一新させた記録といえる。

トラックリスト

  • A1 - Happy House (3:52)
  • A2 - Tenant (3:40)
  • A3 - Trophy (3:19)
  • A4 - Hybrid (5:32)
  • A5 - Clockface (1:53)
  • A6 - Lunar Camel (3:03)
  • B1 - Christine (3:00)
  • B2 - Desert Kisses (4:16)
  • B3 - Red Light (3:22)
  • B4 - Paradise Place (4:34)
  • B5 - Skin (3:49)
2026.05.08