Morrissey Mullen – Happy Hour (1988)
Morrissey Mullen『Happy Hour』について
『Happy Hour』は、UKのジャズ・ユニット、Morrissey Mullenが1988年に発表した作品である。メンバーはDick Morrissey、Jim Mullen、John Moleの3人。タイトルどおり軽やかな印象を持つが、内容はContemporary Jazzを軸に、FusionやJazz-Funkの要素を含む、80年代後半らしい都会的なジャズ作品として位置づけられる。
Morrissey Mullenは、サックス奏者Dick MorrisseyとギタリストJim Mullenを中心としたユニットで、UKジャズ/フュージョンの文脈では知られた存在である。派手な技巧の誇示よりも、演奏の間合いやアンサンブルのまとまりに重心があるタイプで、この作品でもその方向性が見えやすい。
作品の輪郭
1988年のUK盤で、レーベル表記には「Made in U.K.」とある。収録曲はすべてKeeper Of The Garden Music Ltd.による出版で、一部のみCongress Music Ltd.の表記が入る。こうしたクレジットからも、当時のUKジャズ作品としてきちんと作り込まれた一枚であることがうかがえる。
サウンド面では、ジャズの即興性を保ちながら、リズムの置き方やグルーヴの作り方にフュージョン寄りの整理された感触がある。Jazz-Funkの文脈にある作品として、ビートの輪郭がはっきりしている点が印象に残りやすい。サックスとギターの掛け合いを軸に、ベースが全体を支える構成も、この編成ならではの聴きどころである。
アーティストの位置づけ
Morrissey Mullenは、英国ジャズの中でも、ソウルやファンクの感触を取り込んだ側にいるユニットとして見られることが多い。『Happy Hour』も、その流れの中で理解しやすい作品で、いわゆるアメリカ西海岸系のフュージョンとは少し違う、UKらしい実務的な演奏感がある。
同時代の文脈でいえば、ジャズの枠を広げていったUKのフュージョン/クロスオーバー作品群と並べて語られやすいタイプである。演奏の熱量を前に出すというより、楽曲の構造とリズムの流れを整えたつくり。こうした方向性は、当時のジャズ・ファンク作品の中でも特徴が出やすい。
聴きどころ
- サックスとギターの役割分担
- フュージョン寄りの整ったアレンジ
- ジャズ・ファンクらしい明確なグルーヴ
- 80年代UKジャズらしい端正な音像
実際に耳を通すと、派手な展開で押すというより、各パートの噛み合いで聴かせる場面が多いタイプの作品と受け取れる。フレーズの置き方やリズムの粘りに、このユニットらしい手触りが出ている。
まとめ
『Happy Hour』は、Morrissey Mullenの1988年作として、UKジャズ/フュージョン/ジャズ・ファンクの交差点に置きやすい一枚である。Dick Morrisseyの管楽器とJim Mullenのギターを中心に、John Moleのベースが支える編成。80年代後半のコンテンポラリー・ジャズを、UKの視点でまとめた作品として見えてくる。
トラックリスト
- A1 – Other Streams
- A2 – Singing In The Acid Rain
- A3 – Where?
- A4 – Blueprint
- B1 – Happy Hour
- B2 – E-Scape
- B3 – That’s Jazz
- B4 – Watch This Space
Annabella Lwin – Fever (1986)
Annabella Lwin『Fever』(1986)
Annabella Lwinのソロ名義による1986年の作品『Fever』。元Bow Wow Wowのフロントウーマンとして知られる彼女が、バンド脱退後に歩み始めたソロ活動の流れの中で発表した一枚で、ジャンルとしてはElectronic、スタイルとしてはElectro、Synth-popに位置づけられる作品だ。
アーティストの背景
Annabella Lwinは1966年にビルマのラングーンで生まれ、3歳でイングランドへ移住。1980年にマルコム・マクラーレンに見出され、14歳でBow Wow Wowのリードシンガーとして表舞台に立った。その後1983年にバンドを離れ、ソロ活動へ移行している。『Fever』は、そのソロ期の初期にあたる作品として見ることができる。
作品の位置づけ
Bow Wow Wow時代の彼女は、ポップの外側にある鋭さや、ニューウェイヴ周辺の実験性と結びついて語られることが多い。『Fever』は、その延長線上で電子音主体の方向へ寄った作品として捉えやすい。1980年代半ばという時期を考えると、シンセサイザーや打ち込みを中心にしたサウンドがポップスの主流に広がっていた時代で、同時代の英米のシーンでは、Depeche Mode、Pet Shop Boys、Eurythmics、Soft Cellあたりが思い浮かぶ流れだ。
サウンドの印象
電子音を軸にした構成、リズムの明快さ、歌の前に出る存在感がこの時期の作品らしいところだ。Annabella Lwinの声は、かわいらしさだけでなく、やや硬質な響きや前に押し出す勢いを持っていて、シンセポップの整ったトラックの上でも埋もれにくい。Bow Wow Wowの頃から感じられる、声そのものの個性を中心にした作りが、ソロ作でも軸になっている印象だ。
特にこの年代のElectroやSynth-popでは、音色の選び方とビートの組み方が曲の表情を決めやすいが、『Fever』もその文脈にある作品として整理できる。生楽器のロック感より、機械的な拍とシンセの層で進むタイプの聴き味だ。
同時代とのつながり
Annabella Lwinのソロ作品は、ニューウェイヴの残り香と、80年代中盤のダンス寄りポップの接点にある。女性ヴォーカルのシンセポップという点では、BananaramaやHazell Dean、Eurythmicsの一部作品とも並べて語られやすい。ただし、Bow Wow Wow由来の経歴があるぶん、ただのアイドルポップや当時の定型的なシンセポップとは少し違う立ち位置にある。
聴きどころとして見えやすい点
- Annabella Lwinの声の輪郭
- シンセ主体のアレンジとリズムの組み方
- ニューウェイヴから80年代中盤ポップへ接続する質感
- ソロ歌手としての存在感の出し方
まとめ
『Fever』は、Bow Wow Wowのフロントを務めたAnnabella Lwinが、ソロ歌手として1986年に提示した電子ポップ作品として捉えやすい。バンド時代のイメージを引き継ぎつつ、よりシンセサイザー中心の時代感へ寄せた内容で、80年代中盤のElectro、Synth-popの流れの中に置くと輪郭が見えやすい一枚だ。
トラックリスト
- A1 – War Boys
- A2 – High Powered Girl
- A3 – Fever
- A4 – Marry For Love
- A5 – Wild In Me
- B1 – School’s Out
- B2 – Under The Gun
- B3 – Desire
- B4 – Nightmare
- B5 – Magdalen
関連動画
Joe Yamanaka – Joe (1974)
- Blues
- Funk / Soul
- Pop
- Rock
- Ballad
- Free Funk
- Pop Rock
- Prog Rock
- Psychedelic Rock
- Rhythm & Blues
- Soft Rock
- Soul
Joe Yamanaka『Joe』(1974)
1974年に日本でリリースされた、ジョー山中のソロ作品『Joe』。日本のボーカリストとして知られるジョー山中が、ロックを軸にファンク、ソウル、ブルース、ポップスの要素を交えて歌うアルバムである。70年代前半の日本の歌謡曲やロックの空気の中で、英語詞や洋楽的なアプローチを含む作品として位置づけられる一枚でもある。
アーティストについて
ジョー山中は1946年9月2日、横浜生まれ。2011年8月7日、横須賀で亡くなった。日本のロック史の中では、強い声質とソウルフルな歌唱で知られる存在で、バンド活動とソロ活動の両面で印象を残したシンガーである。公式サイトも公開されている。
この『Joe』は、そうした彼のボーカリストとしての個性を前面に出したソロ作として聴かれることが多いタイプの作品。バンドの一員としての役割から離れ、声そのもの、歌の運びそのものを中心に置いたアルバムという見方がしやすい。
作品の位置づけ
1974年という年は、日本のロックがより幅広いスタイルを取り込み始めた時期にあたる。ハードなロックだけでなく、ソウル、R&B、ファンク、サイケデリック・ロック、プログレッシブ・ロックなどの要素が、国内作品の中にも自然に入り込んでいた時代である。『Joe』もその文脈に置ける作品で、単線的なロック・アルバムではなく、曲ごとに表情を変える作りが想像しやすい。
同時代の日本の男性ボーカル作品と比べると、ブルースやソウルの成分を強く感じさせる歌い口が、このアルバムの核になっているように見える。細かな編曲の情報はここでは触れないが、クレジットに「great musicians」への謝辞があることからも、演奏面を重視した制作だったことがうかがえる。
収録内容の印象
ジャンル表記にはロック、ファンク/ソウル、ブルース、ポップが並び、スタイルにはファンク、リズム&ブルース、ソフトロック、ソウル、サイケデリック・ロック、プログレッシブ・ロック、バラード、ポップ・ロックが含まれている。こうした並びからも、1つの型に収まるアルバムではなく、曲ごとにリズム感や歌の温度が変わる構成だったことが読み取れる。
実際に聴いた感想として語れる範囲ではないが、こうしたタイプの作品は、歌の押し出しの強さと、バンドのグルーヴが前に出る場面で魅力がはっきりすることが多い。ジョー山中のような声の存在感があるシンガーの場合、バラードでの伸びやかな歌唱と、ファンク寄りの曲でのリズムの置き方の差が聴きどころになりやすい。
エピソードとクレジット
リリースノートには、Ikuzo “Flying Whiskykid” Orita への感謝、そして「Great musicians」への謝辞が記されている。さらに Tetsu of Faces への追加の感謝もあり、英語で「EVERYBODY’S GOT TO HAVE A FAVORITE ‘TEACHER’ NOW AND THEN.」という一文が添えられている。制作時の人間関係や敬意のあり方が、そのままクレジットに表れている点は興味深い。
また、このアルバムはOBI付きでは出荷されていない。日本盤レコードとしては、発売当時の流通形態を知るうえでの情報として押さえておきたいところである。
まとめ
『Joe』は、ジョー山中が1974年に発表したソロ名義の作品であり、彼の歌声を軸に、ロックからソウル、ブルース、ファンクへと広がる当時の音楽的空気を映したアルバムである。日本の70年代ロックの中でも、洋楽的な感触を強く持つ一枚として捉えやすい。派手な説明を必要としないタイプの作品だが、クレジットやジャンルの幅からも、当時の制作現場の熱量は伝わってくる。
トラックリスト
- A1 – Look Into My Eyes (3:21)
- A2 – Call My Name (3:15)
- A3 – I Wanna See You (4:55)
- A4 – Don't Stay Away (6:50)
- A5 – Toki Wa Sugite (3:16)
- B1 – Blue Morning (3:26)
- B2 – 28. 8. 1972. Sat. (2:45)
- B3 – I Only Want To Say Goodbye (4:53)
- B4 – Point Of No Return (3:00)
- B5 – Two People Together (5:22)
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Genesis – Genesis (1969)
Genesis / Genesis
Genesisのデビュー・アルバムとして知られる作品で、オリジナルは1969年のFrom Genesis to Revelation。ここで扱うのは、日本盤として1978年に出た再発盤で、英語詞の歌詞・解説を収めた4ページのインサート付き、紫/黒の帯が付いた仕様である。
バンドの出発点
Genesisは1967年、イングランド南東部サリー州ゴドアルミングのCharterhouse Schoolで結成された。のちにピーター・ガブリエル、トニー・バンクス、マイク・ラザフォード、アンソニー・フィリップスらを中心に発展し、70年代には演劇性の強いプログレッシブ・ロック・バンドとして存在感を強めていく。その意味で、このデビュー作は、後年のGenesisを直接思い浮かべると少し意外に感じる内容かもしれない。
1969年当時の位置づけ
このアルバムは、まだバンドが本格的なプログレ路線へ進む前の作品で、曲の構成や音の置き方にも、のちの長尺展開よりは60年代後半の英国ポップ/ロックの気配が濃い。制作はJonathan Kingが手がけ、レコーディングは1968年8月にロンドンのRegent Studiosで行われた。UKでは1969年3月28日にDeccaから発売され、米国盤は1974年にLondon Recordsから出ている。
日本盤1978年再発の内容
この日本盤は、オリジナルのステレオ盤をベースにしつつ、シングル音源から追加トラックを加えた形の再発盤である。収録面では、A1とA2、B8とB9がモノラル表記になっており、初出時のアルバムとは少し違う構成になっている。
- A1「The Silent Sun」は「The Silen Sun」と誤植されている
- 紫/黒の帯付き
- 日本語・英語の歌詞および解説入り4ページインサート付き
- ラベルにプロモーション・スタンプが入る個体もある
音の印象
この時期のGenesisは、後年の重層的な展開よりも、メロディの運びと曲ごとのまとまりが前に出る。アルバム全体としては、短めの曲が中心で、各曲の輪郭がはっきりしている。のちのTrespassやNursery Crymeで聞けるような「Genesisらしさ」はまだ控えめで、むしろ初期英国ロックの文脈で整理しやすい内容である。
代表曲として触れておきたい曲
このアルバムでは「The Silent Sun」がよく知られている。ポップ寄りの書き方が目立つ曲で、当時のバンドの方向性を示す1曲でもある。追加収録されたシングル曲が入っていることからも、この日本盤はデビュー期の資料的な意味合いが強い盤だといえる。
Genesisの中での意味
Genesisというバンドを長い目で見ると、この作品は出発点そのものにあたる。ピーター・ガブリエル在籍期の劇的なプログレ、さらにフィル・コリンズが歌う80年代以降のポップ・ロックへつながる前段階として、初期の姿をそのまま残した記録になっている。のちにロックの大きな成功へ進むバンドの、最初期の輪郭を確かめるための1枚、という位置づけがしっくりくる。
同時代の文脈
1969年前後の英国ロックには、メロディ重視のポップ・ロックと、より構成の複雑なプログレッシブ・ロックの両方が並んでいた。Genesisのこのデビュー作も、その境目にある作品として見ると理解しやすい。のちに同じ英国プログレの中核に入っていくバンド群と比べると、ここではまだ出発点の素朴さが前に出ている。
まとめ
1969年発表のGenesisのデビュー作を、1978年の日本盤再発としてまとめた1枚である。オリジナル盤の内容に加えてシングル音源を収めた構成、モノラル収録のトラック、誤植を含む帯・インサートなど、再発盤ならではの要素もある。Genesisの後年を知っていると、その原点としての距離感が見えてくる作品だ。
トラックリスト
- A1 – The Silent Sun (2:12)
- A2 – That’s Me (2:38)
- A3 – Where The Sour Turns Sweet (3:16)
- A4 – In The Beginning (4:38)
- A5 – Fireside Song (4:09)
- A6 – The Serpent (4:33)
- A7 – Am I Very Wrong (2:58)
- A8 – In The Wilderness (3:29)
- B1 – The Conqueror (3:41)
- B2 – In Hiding (2:39)
- B3 – One Day (3:21)
- B4 – Window (3:34)
- B5 – In Limbo (3:30)
- B6 – Silent Sun (2:13)
- B7 – A Place To Call My Own (1:58)
- B8 – A Winter’s Tale (3:30)
- B9 – One Eyed Hound (2:32)
Dom Um Romao – Spirit Of The Times (Espirito Du Tempo) (1975)
Dom Um Romão『Spirit Of The Times (Espirito Du Tempo)』について
Dom Um Romãoは、ブラジル出身のドラマー、パーカッショニスト、作曲家だ。サンバやボサノヴァの土台を持ちながら、ジャズの現場で長く活動した人で、Weather Reportのメンバーとしても知られている。この『Spirit Of The Times (Espirito Du Tempo)』は1975年作で、パーカッション中心の音楽性とジャズ・ファンク、ラテン・ジャズの感触がはっきり出た一枚だ。
録音は1973年6月6日と11月21日。オリジナルは1975年のリリースで、Muse Recordsから出た作品として整理されている。クレジット上はアーティスト表記が英語圏向けの形になっているが、中身はDom Um Romãoらしいブラジリアン・リズムの組み立てが軸になっている。
作品の位置づけ
Dom Um Romãoのリーダー作の中でも、70年代前半のジャズとブラジル音楽の接点をそのまま記録したような内容だ。Weather Report在籍期を経た時代の作品であり、単なるラテン色の強いジャズではなく、打楽器の細かな配置やグルーヴの作り方に耳が行くタイプのアルバムとして捉えやすい。
同時代の文脈で見ると、Airto MoreiraやHermeto Pascoal、Sergio Mendes周辺のブラジル勢、あるいはクロスオーバー期のジャズ・ファンクと並べて語られることが多い系統だ。とはいえ、Dom Um Romãoの場合はドラマー/パーカッショニストとしての身体感覚が前に出るので、メロディよりもリズムの積み重ねが印象に残りやすい。
内容の聴きどころ
この作品では、バトゥカーダ、ボサノヴァ、ラテン・ジャズ、ジャズ・ファンクの要素が曲ごとに切り替わるというより、ひとつの流れの中で自然につながっていく。打楽器の輪郭がはっきりしていて、ベースとドラムが前に出る場面でも、空間の使い方にブラジル音楽らしい余白がある。
Dom Um Romãoのソロ作は、演奏者としての器用さよりも、リズムの組み方そのものを聴かせる場面が多い。この盤もその延長線上にあり、ジャズ・ファンク的な推進力と、ボサノヴァ由来の整った流れが同居している。録音時期が1973年ということもあって、70年代前半のジャズの空気がそのまま封じ込められたような感触がある。
アーティストとしての背景
Dom Um Romãoは、Cannonball Adderley、Antonio Carlos Jobim、Astrud Gilberto、McCoy Tyner、Frank Sinatra、Stanley Turrentineなど、多方面のセッションに関わった経歴を持つ。ブラジル音楽の現場とアメリカのジャズ界の両方を行き来した人物で、その経験がこのアルバムにも反映されている。
Weather Report在籍歴も含めて、70年代ジャズの中でパーカッションがどこまで音楽の中心に来られるか、という流れの中に置くと理解しやすい作品だ。単独の名演よりも、全体のグルーヴ設計で存在感を示すタイプのアルバムとして見えてくる。
まとめ
『Spirit Of The Times (Espirito Du Tempo)』は、Dom Um Romãoの持つブラジリアン・パーカッションの感覚と、70年代ジャズの開放感が交差した作品だ。録音年は1973年、オリジナルのリリースは1975年。Muse Records期のラテン・ジャズ/ジャズ・ファンク作品として、彼のキャリアの中でも流れがつかみやすい一枚といえる。
派手なヒット曲で押すタイプではなく、リズム、間、打楽器のレイヤーで組み立てる内容。Dom Um Romãoという人物の経歴を踏まえると、この盤は、ブラジル音楽とジャズの往復運動がそのまま形になった記録として見えてくる。
トラックリスト
- A1 – Shake (Ginga Gingou) (3:01)
- A2 – Wait On The Corner (6:18)
- A3 – Lamento Negro (4:00)
- A4 – Highway (4:27)
- B1 – The Angels (4:03)
- B2 – The Salvation Army (4:06)
- B3 – Kitchen (Cosinha) (2:47)
関連動画
- Dom Um Romao – The Angels
- Dom Um Romão – Spirit Of The Times
- A JazzMan Dean Upload – Dom Um Romao – Kitchen (Cosinha)
- A JazzMan Dean Upload – Dom Um Romao – Wait on the Corner
- A JazzMan Dean Upload – Dom Um Romao – Shake (Ginaga Gingou)
- Dom Um Romão – Spirit of the Times (1975) [Full Album]
- Dom Um Romão – “Highway”
- Dom Um Romão – Lamento Negro
Yellow Magic Orchestra – Solid State Survivor = ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー (1979)
Yellow Magic Orchestra『Solid State Survivor』(1979)
Yellow Magic Orchestraの2作目にあたるアルバムが、『Solid State Survivor』だ。1979年に日本でリリースされ、YMOが国内のシンセポップ/エレクトロニック・ミュージックの中心に立つ作品として広く知られている。細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一の3人による体制が、前作で示した実験性をそのままに、より楽曲単位で強い印象を残す方向へ進んだ一枚という位置づけで語られることが多い。
作品の輪郭
本作は、電子楽器を前面に出しながらも、リズムやメロディの運びが明快で、アルバム全体の流れもはっきりしている。YMOが「実験スタジオ・プロジェクト」から、まとまった作品を作るバンドとして認識されていく過程にあるアルバムでもある。日本国内では大きな成功を収め、オリコンではアルバム1位、100万枚超のセールスを記録している。
サウンド面では、当時の新しいシンセサイザーやコンピューター録音技術を取り込みつつ、手触りのあるビートと短いフレーズの反復で曲を組み立てているのが特徴的だ。のちのテクノポップ、J-POP、ゲーム音楽、さらには海外の電子音楽にもつながる要素が、すでにこの時点でかなり整理されている。
代表曲と収録曲の存在感
このアルバムを語るうえで外せないのが「Rydeen」と「Technopolis」だ。どちらもYMOを代表する曲として定着していて、アルバムの顔になっている。特に「Rydeen」は、明快な主題と推進力のあるビートで、後年まで演奏・引用され続ける代表曲になった。
また、「Day Tripper」のカバーも収録されている。ビートルズ曲の再解釈を、YMOらしい機械的な精度とアレンジで置き換えた内容で、原曲との距離の取り方がはっきりしている。オリジナル曲群の中に置かれることで、バンドの参照先と現在地の両方が見えやすい。
- Technopolis: オリコン9位、293,000枚
- Rydeen: オリコン15位、225,000枚
同時代の文脈
1979年という時期で見ると、海外ではクラウトロック以降の電子音楽、ディスコ、ニューウェイヴの流れが並走していた。YMOはそのどれにも直接回収されきらない位置にいて、日本のポップスの文脈から出発しながら、電子音楽の更新にかなり早い段階で関わっていたバンドとして扱われることが多い。国内外で比較される対象としては、同時代のテクノ/シンセポップ周辺のアーティストが挙がりやすいが、YMOは和声感やメロディの作り方に日本のポップスらしい輪郭も残している。
アルバムとしての位置づけ
YMOの初期2作のうち、本作は特に一般への浸透が大きかった作品だ。前作で示した実験性を、より強い楽曲性とヒット曲へ結びつけたアルバムとして見ることができる。後の『BGM』『Technodelic』のような、よりコンセプチュアルで音響寄りの作品と比べると、『Solid State Survivor』はシングル曲の存在感がはっきりしている。
バンドのキャリア全体で見ても、これはYMOの代表作の一つに数えられる。細野晴臣のベース、坂本龍一の鍵盤、坂本・高橋・細野それぞれの作曲感覚が、まだ比較的わかりやすい形で結びついている時期の記録でもある。
日本盤の仕様
この日本盤は、帯と印刷インナー付きで流通した。オリジナル期の日本盤には複数の仕様違いがあり、発売時期や帯、レーベル面、盤質に違いが見られる。記録上では、1979年後半から1980年初頭にかけての第3ヴァージョンにあたる黒盤系の仕様が確認されている。
オリジナル盤と後年の再発では、帯やレーベルデザイン、流通元表記が変わっていく。初期のVictor製プレスと、のちのWarner系プレスでは盤の見え方にも差があり、コレクター的にはそのあたりも見どころになっている。
まとめ
『Solid State Survivor』は、YMOが日本の音楽シーンで強い存在感を持つきっかけになったアルバムだ。電子音楽の新しさと、ポップソングとしての分かりやすさが同居していて、「Rydeen」「Technopolis」のような代表曲もここに収められている。1979年の日本製エレクトロニック・ポップを語るうえで、外せない一枚と言える。
トラックリスト
- A1 – Technopolis (4:14)
- A2 – Absolute Ego Dance (4:38)
- A3 – Rydeen (4:26)
- A4 – Castalia (3:30)
- B1 – Behind The Mask (3:35)
- B2 – Day Tripper (2:39)
- B3 – Insomnia (4:57)
- B4 – Solid State Survivor (3:55)
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Deep Purple – Machine Head (1972)
Deep Purple『Machine Head』について
Deep Purpleの『Machine Head』は、1972年に発表されたハードロック作品で、同年に日本盤も出たアルバムです。バンドは1968年にイングランドで結成され、Led ZeppelinやBlack Sabbathと並んで、ヘヴィメタルやモダン・ハードロックの初期を形づくった存在として語られてきた。『Machine Head』は、その流れの中でも特に広く知られた一枚で、Deep Purpleの代表作として扱われることが多い作品です。
作品の位置づけ
この時期のDeep Purpleは、いわゆるMark II編成。Ian Gillan、Ritchie Blackmore、Roger Glover、Jon Lord、Ian Paiceという布陣で、バンドの完成度が高まっていた時期に当たる。『Machine Head』は、その編成の強さがはっきり出たアルバムで、演奏の推進力と各メンバーの役割分担が明快です。ハードロックの定番盤として扱われるのも、構成のわかりやすさとバンドの一体感があるからだろう。
収録曲と代表曲
このアルバムでまず触れられるのは「Smoke on the Water」。ライブでも定番で、ギターのリフはロック史の中でも非常に知られたものです。実際、この曲は曲全体よりも、冒頭のリフで作品の名前を覚えた人も多いはずです。
「Highway Star」も重要な曲。スピード感のある展開と、Jon Lordのオルガン、Ritchie Blackmoreのギターが前に出る作りで、Deep Purpleの音を端的に示している。ほかにも「Lazy」「Space Truckin’」など、演奏の切れ味がそのままアルバムの印象につながる曲が並びます。
内容の印象
『Machine Head』は、リフ、オルガン、ドラム、ボーカルがぶつかり合うというより、各パートが役割を持って進んでいく作り。Ian Gillanの歌は高音域で強く、Ian Paiceのドラムはテンポを押し出す。Jon Lordのキーボードはギターと並んで前面に出て、Deep Purpleらしい音の厚みを作っている。ハードロックの中でも、ブルース寄りの土台と、クラシック音楽由来の要素が同居しているのがこのバンドの特徴で、その特徴がよく見える作品です。
同時代のハードロックを見渡すと、Led Zeppelinがリズムのグルーヴで押す場面が多く、Black Sabbathが重さを前面に出していたのに対し、Deep Purpleは演奏の速さとアンサンブルの明快さが印象に残る。『Machine Head』は、その違いがはっきり出たアルバムとしても読めます。
日本盤について
今回の盤は1972年の日本初回盤で、グリーン・レーベル仕様。価格は¥2,000表記で、さらにセカンドのシルバー・ジャパン・ツアー帯付きという案内になっています。日本盤としての初期流通を示す情報がまとまっている一枚で、国内での受容の早さもうかがえる内容です。
まとめ
『Machine Head』は、Deep PurpleのMark II期を代表する作品であり、ハードロックの基本形の一つとして長く参照されてきたアルバムです。「Smoke on the Water」の存在感は大きいものの、アルバム全体としても演奏の密度が高く、バンドの個性が曲ごとに明確に出ている。Deep Purpleというバンドの名前を理解するうえで、外せないタイトルの一つだと言えます。
トラックリスト
- A1 – Highway Star (6:05)
- A2 – Maybe I’m A Leo (4:51)
- A3 – Pictures Of Home (5:03)
- A4 – Never Before (3:56)
- B1 – Smoke On The Water (5:40)
- B2 – Lazy (7:19)
- B3 – Space Truckin’ (4:31)
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Uno – Uno (1974)
Uno『Uno』について
Unoの『Uno』は、1974年にイタリアで登場したプログレッシブ・ロック作品だ。バンドUnoは、旧来のバンドが1974年に分裂したあと、Elio D’Anna、Danilo Rustici、Enzo Vallicelliの3人を中心に結成された。メンバーには、Osanna周辺やClaudio Rocchiとの活動歴を持つEnzo Vallicelliが含まれていて、当時のイタリアン・ロック・シーンの流れの中で生まれた作品として位置づけられる。
作品の位置づけ
このアルバムは、Unoにとって唯一のスタジオ・アルバムとして知られている。制作には英語詞の補助としてN.J. Sedwickや、Pink Floydの『The Dark Side of the Moon』に関わったことで知られるシンガー[a251579]も参加している。イタリア盤ではイタリア語曲と英語曲が混在し、英語詞版は海外向けにも出た。
1970年代前半のイタリア・プログレらしく、演奏力を前面に出した構成が目立つ。特に、Osannaの後期に近い流れを感じさせるという案内もあり、同時代のイタリア勢の中では、歌と演奏の両方を強く意識した作りになっている。
収録内容と聴きどころ
収録曲は英語詞4曲、イタリア語詞3曲という構成。曲名としては「I cani e la volpe」が挙げられていて、アルバム内でも印象に残る曲として扱われることが多い。歌入りの楽曲が中心だが、演奏面ではギター、ベース、ドラムの絡みがはっきりしていて、バンドのまとまりを確認しやすい内容だ。
また、英語詞版にはHipgnosisによるシュルレアリスティックなジャケットが付けられている。Pink Floydとの接点を思わせる要素で、作品の外側にも当時の国際的なプログレ文脈が見える。
盤の違いについて
ここで扱う1980年盤は、オリジナルの1974年盤とは別の時期に出た再登場盤だ。作品そのものは1974年のアルバムとして考えるのが自然で、盤の年は1980年となる。イタリア盤には1st side labelにSIAE stampがある。
背景メモ
Unoはスタジオではうまく機能した一方、ライヴでは十分に満足できる結果が得られなかったため、後の活動ではDanilo Rusticiの兄弟[a176436]がギターとベースで加わる流れがあった。この拡張編成が、その後のNova結成のきっかけになったという話も残る。
Enzo Vallicelliはその後も活動を続け、現在はVince Vallicelli名義でブルース・ドラマーとして知られている。
まとめ
『Uno』は、短命だったUnoの唯一作として、1970年代イタリア・プログレの一断面を示すアルバムだ。英語詞とイタリア語詞が同居する構成、Osanna周辺とのつながり、そしてHipgnosisのジャケットまで含めて、当時のロック作品らしい要素がまとまっている。
トラックリスト
- A1 – Right Place
- A2 – Popular Girl
- A3 – I Cani E La Volpe
- A4 – Stay With Me
- B1 – Uomo Come Gli Altri
- B2 – Uno Nel Tutto
- B3 – Goodbye Friend
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Le Temps – Le Temps (1975)
Le Temps『Le Temps』(1975)
カナダのプログ・ロック・バンド、Le Tempsが1975年に発表した同名アルバム。クレジット上はカナダ盤としてリリースされており、録音はカフェ、モントリオール、オタワなど複数の場所で行われている。スタジオだけでなくライブ会場名も記されていて、制作の現場感が伝わる1枚だ。
作品の輪郭
メンバーはJean Desautels、Alain Grenier、Pierre Cloutier、René Grimard、Robert Noëlの5人編成。ジャンル表記はRock、Folk、World, & Country、スタイルはProg Rock。実際の音像も、1970年代中期のカナダ産プログレに見られる、ロックを土台にしつつフォーク寄りの要素や素朴なアンサンブルを組み込んだタイプとして捉えられる。
1975年という時期は、英米の大作志向のプログレがひと区切りを迎えつつあった頃でもある。その中でLe Tempsのこのアルバムは、派手な技巧を前面に出すというより、演奏のまとまりや曲の流れを大事にする方向に位置しているように見える。カナダの同時代プログレを語るときに並べられることのあるバンド群の中でも、地域色のある録音環境がそのまま作品の空気に結びついている印象だ。
録音とリリース情報
- 録音場所: Café du Quai, Magog, P.Q.
- 録音場所: Studio Six, Montréal
- 録音場所: Marc Studio, Ottawa
- 録音場所: Studio Mobile Filtroson, Montréal
- リリース: 1975年、カナダ
- レーベル表記: WEA Musique du Canada, Ltée.
バックカバーに複数の録音地が並ぶのは、この作品の制作が一か所完結ではなかったことを示している。移動録音や現場録音の要素も含んだ可能性があり、当時のローカルな制作体制を思わせる。
聴きどころの見方
このアルバムでまず目につくのは、カナダ産プログレらしい素地の堅さだろう。英米の大手シーンほどの大仰さに寄らず、フォーク寄りの素材感や地方色のある響きを、ロックのフォーマットに置き換えていく流れが想像しやすい。ボーカル、アコースティック楽器、エレクトリックな展開の切り替えが、作品の軸になっているタイプのアルバムとして受け取れそうだ。
ヒット曲や広く知られた代表曲については、この情報だけでは特定しづらい。アルバム単位で聴かれる性格の作品として見るのが自然だ。
同時代の文脈
1970年代のカナダでは、英語圏のロックの流れを受けつつ、地域の演奏文化やフォークの感覚を混ぜたバンドがいくつか活動していた。Le Tempsもその文脈の中で、プログ・ロックの手法を使いながら、北米ロックのローカルな温度を残しているグループとして捉えられる。大規模なシンセサイザー主導の音作りより、バンド演奏の手触りが前に出るタイプの一作という見方ができる。
同時代の比較対象としては、よりシンフォニックな方向へ進んだ英系プログレ、あるいはフォークロックの要素を持つ北米のバンド群が思い浮かぶ。Le Tempsはその中間で、ロック、フォーク、プログレの要素をひとつのアルバムに収めた存在として見やすい。
まとめ
Le Tempsの『Le Temps』は、1975年のカナダで生まれた同名アルバム。複数の録音地、5人編成、そしてロックとフォークの要素を含むプログ・ロックという構成が、この作品の性格をよく示している。カナダの1970年代プログレをたどるうえで、地域の制作環境まで含めて味わえる1枚だ。
トラックリスト
- A1 – Le Vieil Arbre (6:24)
- A2 – Aujourd’hui (3:13)
- A3 – Je Te Regarde (4:47)
- A4 – Sourire (1:47)
- B1 – Vibrations (3:16)
- B2 – L’ami (6:23)
- B3 – Une Image Vous Salue (3:57)
- B4 – L’éveil (5:52)
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Matt Monro – The Best Of Matt Monro (1973)
Matt Monro『The Best Of Matt Monro』について
Matt Monroは、1960年代から1970年代にかけて活躍したイングランド出身の男性歌手である。いわゆるジャズ・ポップ、あるいはイージーリスニング寄りの歌唱で知られ、端正な発声とまっすぐなメロディの運びが持ち味の人だ。この『The Best Of Matt Monro』は、その代表的な録音をまとめたベスト盤として位置づけられる作品で、1973年にオリジナルが登場し、日本盤は1979年にリリースされている。
Matt Monroは、英国のチャートでも米国のチャートでも複数のヒットを残している。中でも1964年の「Walk Away」は、アメリカではBillboard Hot 100で23位、Adult Contemporaryで5位、イギリスでは4位を記録した代表曲として知られる。また、1960年の「Portrait of My Love」も英国で3位を記録している。こうした楽曲を軸にしたベスト盤という点で、彼の歌手像を短い時間で追いやすい内容になっている。
作品の位置づけ
1973年時点でまとめられたベスト盤なので、Matt Monroのキャリアの中でも、1960年代の主要なヒットや持ち味を整理して聴ける一枚といえる。映画主題歌やスタンダードを丁寧に歌うタイプの男性ボーカルとして、同時代の英国歌手の中では、Matt Monroはより直線的で、癖を抑えた歌唱で知られていた。そのため、同じくボーカル主体のポップ・ジャズ系の聴き手には、Frank SinatraやAndy Williams、Nat King Cole系の流れと並べて語られることもある。
日本盤としての楽しみ方
この盤は日本で1979年に出たもので、オリジナルの1973年盤よりも後年の流通盤になる。日本盤ベストとして手に取る場合、当時の国内向けコンピレーションとして、Matt Monroの代表曲をまとまって聴ける点に意味がある。シングル曲中心の構成であれば、彼の声の輪郭やフレージングの運びが分かりやすく、アルバム単位の作品とは少し違った入口になっている。
代表曲について
Matt Monroを語るうえで外せないのが「Walk Away」と「Portrait of My Love」だろう。「Walk Away」は、落ち着いたテンポの中で感情を押しつけずに歌い切るタイプの楽曲で、彼の歌い方の特徴がよく出ている。「Portrait of My Love」は、より早い時期の代表曲で、英国での存在感を示した1曲として重要だ。ベスト盤では、こうした曲を通して、派手な技巧よりも歌そのものの説得力で聴かせるタイプのシンガーであることが見えてくる。
まとめ
『The Best Of Matt Monro』は、Matt Monroの代表的なヒットや歌唱スタイルをコンパクトに押さえたベスト盤である。ジャズとポップの間を行き来しながら、穏やかで明瞭なボーカルを前面に出す彼の持ち味を、そのまま確認しやすい編集盤という印象だ。1973年のオリジナル版を土台にしつつ、日本では1979年盤として流通した一枚として、彼のキャリアを振り返る入口になっている。
トラックリスト
- A1 – From Russia With Love (2:34)
- A2 – Sunrise, Sunset (2:56)
- A3 – Born Free (2:46)
- A4 – I Will Wait For You (2:50)
- A5 – Wednesday’s Child (2:36)
- A6 – Love Is A Many Splendored Thing (2:47)
- A7 – Charada (4:06)
- B1 – The Music Played (3:16)
- B2 – Walk Away (3:05)
- B3 – (They Long To Be) Close To You (3:04)
- B4 – Georgia On My Mind (4:31)
- B5 – Merci Cheri (2:50)
- B6 – Stardust (2:22)
- B7 – For Mama (2:53)
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Fischer-Z – Red Skies Over Paradise (1981)
Fischer-Z「Red Skies Over Paradise」について
「Red Skies Over Paradise」は、英国のニューウェイヴ/ロック・バンド、Fischer-Zが1981年に発表した3作目のスタジオ・アルバムだ。録音は1980年12月5日から15日、ミックスは12月16日から24日にかけて行われ、翌1981年3月にリリースされている。John Wattsを中心にしたクラシック編成の最後の時期にあたる作品でもある。
Fischer-Zは1976年にロンドンでJohn WattsとSteve Skolnikによって結成されたバンドで、初期ニューウェイヴの文脈の中に位置づけられる存在だ。本作もその流れの中にありつつ、単なる時代の音ではなく、政治性の強い歌詞や冷戦を想起させるモチーフが目立つアルバムになっている。
作品の位置づけ
このアルバムは、バンドのキャリアの中でも転機にあたる1枚だ。マスターノートによれば、キーボーディストのSteve Skolnikが離脱した後も含め、クラシックなラインナップとしては最後のアルバムとなっている。Fischer-Zの初期を代表する時期の締めくくりとして見られることが多い作品だろう。
タイトルの「Red Skies Over Paradise」からも分かる通り、内容は軽快なポップ感だけでは終わらない。政治、社会、国際情勢の空気が楽曲の背景に入っている。80年代初頭の英国ニューウェイヴには、The Jam、XTC、Gang of Fourあたりと同時代的に、日常の感覚と時事性を結びつけるバンドが少なくなかったが、Fischer-Zもその一角にいる。
サウンドと聴きどころ
クレジットを見ると、John Wattsがリード・ボーカル、ギター、キーボードを担当し、James Stevensonがベースとベース・ペダル、コーラス、Mike Bennがドラムとコーラスを担っている。演奏編成はシンプルだが、歌とリズムの推進力で引っ張るタイプのアルバムだ。
実際に聴くと、まず耳に残るのはJohn Wattsの語りかけるような歌い口と、曲ごとに言葉を前へ押し出す構成だ。ニューウェイヴらしい硬質さがありながら、ギターの刻みやリズムの進行は比較的わかりやすく、メロディも追いやすい。派手な装飾よりも、歌詞の輪郭と曲の運びを優先した作りという印象がある。
アルバム全体では、政治的な題材を扱いながらも、ただ重苦しく沈む方向ではなく、テンポ感を保った曲で聴かせる場面がある。冷戦を思わせるイメージや、当時の国際的な緊張感が、タイトルとジャケットにも反映されているのが特徴だ。
代表曲について
本作からは、タイトル曲「Red Skies Over Paradise」が特に重要な曲として挙げられることが多い。アルバムのテーマをそのまま象徴するような曲名で、作品全体の空気を端的に示している。Fischer-Zの中でも、この時期の政治性とメロディ感を同時に伝える代表的な楽曲のひとつだ。
また、John Wattsの筆致は、直接的なメッセージを持ちながらも、説明しすぎないところに特徴がある。言葉の選び方が比較的具体的で、曲の中で状況を切り取っていく感じがある。そうした書き方が、アルバム全体の緊張感につながっている。
UK盤としての仕様
このUK盤は、内袋に10インチの親指穴があり、歌詞とクレジットが印刷されている。ラベル上では、A面にJohn Watts名義で全曲がクレジットされ、B面では全トラックに対して同じくJohn Wattsがクレジットされている。ランアウトはほぼスタンプで、BILBO TA1PEのみエッチング表記となっている。
録音とミックスの時期が明記されている点からも、制作過程を比較的きっちり追える作品だ。1981年という年のUKニューウェイヴの空気を、そのままスタジオ作品として閉じ込めたような一枚と言える。
まとめ
「Red Skies Over Paradise」は、Fischer-Zの初期を代表する3作目であり、政治性の強い歌詞とニューウェイヴ期らしい推進力を備えたアルバムだ。クラシック編成の最後の作品という位置づけ、冷戦を想起させるタイトルとビジュアル、そしてJohn Wattsの書く言葉の強さが印象に残る。
80年代初頭の英国ロック/ニューウェイヴの中で、Fischer-Zがどの位置にいたかを知るうえでも見ておきたい作品だろう。
トラックリスト
- A1 – Berlin (4:35)
- A2 – Marliese (3:52)
- A3 – Red Skies Over Paradise (4:32)
- A4 – In England (2:43)
- A5 – You’ll Never Find Brian Here (2:08)
- A6 – Battalions Of Strangers (5:05)
- B1 – Song And Dance Brigade (3:03)
- B2 – The Writer (3:22)
- B3 – Bathroom Scenario (3:50)
- B4 – Wristcutters Lullaby (2:47)
- B5 – Cruise Missiles (4:17)
- B6 – Luton To Lisbon (1:56)
- B7 – Multinationals Bite (5:38)
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Gryphon – Raindance (1975)
Gryphon『Raindance』(1975)について
Gryphonは、UKのプログレッシブ・ロック・バンドだ。初期は中世音楽や英国フォークの要素を強く持つアコースティック寄りの編成で始まり、その後はエレクトリック・ギターやキーボードも取り入れながら、よりロック色の強いサウンドへ移行していった。この『Raindance』は1975年の作品で、バンドが活動を重ねる中期の一枚に当たる。
1973年のデビュー作以降、Gryphonは楽器編成の幅を広げてきたが、この時期にはすでに独自の色合いがはっきりしている。一般的なロック編成の中に、木管系や古楽由来の響きを織り込む作風で、同時代の英国プログレの中でもかなり特徴的な立ち位置にある。
作品の位置づけ
バンドのプロフィールを踏まえると、『Raindance』は、初期の中世・ルネサンス志向から、よりロック寄りの表現へと進んでいく流れの中にある作品と見てよさそうだ。Gryphonは『Midnight Mushrumps』や『Red Queen to Gryphon Three』が代表作として語られることが多いが、本作もその前後の時期にあたる重要な記録になっている。
1974年にPhilip Nestorが加入し、その後1975年にメンバー交代があった時期でもあるので、バンドの編成面でも動きのあるタイミングだった。そうした背景を知って聴くと、Gryphonが単なる「中世風の珍しいバンド」ではなく、編成と楽曲構成を少しずつ更新しながら活動していたことが見えやすい。
録音について
収録曲は、ほとんどが1975年6月から7月にかけてコーンウォールのSawmills Studiosで録音されている。例外として「Wallbanger」は1974年10月、ロンドンのBrian Goodman’s P.L.S. StudiosでManor Mobileを使って録音されたと記されている。こうした記録からも、アルバム全体が一気に作られたというより、いくつかのセッションを経てまとめられていることがわかる。
また、背面ジャケットはEnglandでRoborが印刷・製作したとされている。UK盤らしい制作クレジットが残る一枚だ。
サウンドの印象
Gryphonの音楽は、初期にはロックというより英国のフォークや古い宮廷音楽に近い響きで語られることが多い。本作もその延長線上にあると考えられるが、1975年という時期のため、完全なアコースティック一辺倒ではなく、プログレッシブ・ロックとしての展開も意識された内容だったはずだ。
実際の聴感としては、同時代の大編成プログレに比べて、派手な技巧の見せ場よりも、楽器の音色や旋律の作り方に耳が行きやすいタイプの作品として受け取られやすい。YesやGenesisのような大きなシンフォニック志向とは別の方向で、英国的なフォーク感覚や古楽由来の響きをロックの中に置いている点が、Gryphonらしさだと言えそうだ。
同時代の文脈
1975年の英国プログレは、すでに初期の実験性を経て、より洗練された作編成や楽曲構成へ向かっていた時期だ。その中でGryphonは、一般的なギター・オルガン主体のプログレとは少し違い、木管楽器や古風な旋律感を前面に出す独自路線を保っていた。比較対象としては、英国フォークの流れをロックに持ち込んだバンドや、ルネサンス音楽の要素を取り入れたグループが思い浮かぶが、Gryphonはその中でもかなり明確に「英国の古い音」をロックに接続している。
まとめ
『Raindance』は、Gryphonの中期を示す1975年のUK盤で、バンドの初期から続くフォーク/古楽志向と、プログレッシブ・ロックとしての構成感が同居する作品だ。代表作としてまず挙がる盤ではないかもしれないが、Gryphonというバンドの個性がどの方向へ伸びていったのかを見るうえでは、十分に重要な一枚として位置づけられる。
トラックリスト
- A1 – Down The Dog (2:44)
- A2 – Raindance (5:37)
- A3 – Mother Nature’s Son (3:08)
- A4 – “Le Cabrioleur Est Dans Le Mouchoir” (2:14)
- A5 – Ormolu (1:00)
- A6 – Fontinental Version (5:36)
- B1 – Wallbanger (3:33)
- B2 – Don’t Say Go (1:48)
- B3 – (Ein Klein) Heldenleben (16:03)
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David Byrne – Music For The Knee Plays (1985)
David Byrne『Music For The Knee Plays』について
David Byrneが1985年に発表した『Music For The Knee Plays』は、Robert Wilsonの舞台作品『The Civil Wars』のために書かれた音楽をまとめたアルバムだ。Talking Headsの中心人物として知られるByrneが、バンド作品とは別の形で、舞台音楽とジャズ寄りの編成を結びつけた時期の一枚になっている。
日本盤も1985年のリリース。録音は1984年4月にロサンゼルスのOne On One StudiosとSound Studio Recordersで行われ、同年12月にミックスされている。クレジットには、ニューオーリンズのDirty Dozen Brass Bandから着想を得たこと、そしてWalker Art Centerで1984年4月26日に初演されたことが記されている。
作品の位置づけ
David Byrneのキャリアの中では、Talking Headsでの活動と並行して、より演劇的でコンセプトの強い仕事に踏み込んでいた時期の作品だ。1980年代前半のByrneは、Brian Enoとの共作をはじめ、ポップ・ソングの枠を少しずつ広げる動きを見せていたが、この作品ではロバート・ウィルソンの演劇世界に合わせた音楽という性格が前面に出る。
同時代の文脈で見ると、ニューオーリンズ由来のブラス・サウンドを参照しながら、即興性よりも構成を重視したアプローチが印象に残る。ジャズとロックの表記はあるものの、いわゆるロック・バンドのアルバムというより、舞台作品のためのアンサンブル音楽として捉えたほうが実態に近い。
音の印象
実際に聴くと、ビートやフレーズの置き方がかなり整然としていて、曲が進むほどに演劇の場面転換を支える役割が見えてくる。歌ものとして前に出るというより、短いモチーフや反復、ブラスの鳴り方で場面を作っていくタイプの作品だ。
Dirty Dozen Brass Bandを手がかりにしたという背景もあって、管楽器の存在感は大きい。だが、単なるブラス・バンド的な勢いではなく、ミニマルな進行や、音の間を活かした組み立てが目立つ。David Byrneの作品に通じる、リズムの反復と硬質な構成感がここでもはっきりしている。
曲と内容
このアルバムは、いわゆるヒット曲を持つ作品ではない。代表曲という意味では、アルバム全体が『The Knee Plays』のための機能音楽としてまとまっている。タイトル曲的な役割を持つ小品群の連なりとして聴かれることが多いだろう。
また、ジャケット表記の “A tree is best measured when it is down.” という一文も、この作品の性格をよく示している。舞台芸術のための音楽として、単独の楽曲以上に文脈を持ったアルバムだ。
まとめ
『Music For The Knee Plays』は、Talking Headsの延長線上にあるロック作品というより、David Byrneが演劇と音楽の接点で組み立てた1985年の作品として見えてくる。ニューオーリンズ・ブラスへの視線、Robert Wilsonとの共同作業、そしてジャズとロックのあいだを行き来する編成。そうした要素が、Byrneの1980年代半ばの活動をよく示している。
日本盤でこの時期のByrneを追うと、ポップ・アーティストとしての顔だけでなく、舞台音楽の作り手としての側面も見えやすい一枚だ。
トラックリスト
- A1 – Tree (Today Is An Important Occasion) (4:02)
- A2 – In The Upper Room (3:35)
- A3 – The Sound Of Business (6:15)
- A4 – Social Studies (4:52)
- A5 – (The Gift Of Sound) Where The Sun Never Goes Down (2:34)
- A6 – Theadora Is Dozing (2:59)
- B1 – Admiral Perry (5:32)
- B2 – I Bid You Goodnight (2:51)
- B3 – I’ve Tried (3:24)
- B4 – Winter (6:11)
- B5 – Jungle Book (3:38)
- B6 – In The Future (6:35)
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Siouxsie & The Banshees – A Kiss In The Dreamhouse (1982)
Siouxsie & The Banshees『A Kiss In The Dreamhouse』について
Siouxsie & The Bansheesの『A Kiss In The Dreamhouse』は、1982年に発表された5作目のスタジオ・アルバム。バンドは1976年にロンドンで結成され、Siouxsie Siouxの歌とSteven Severinのベースを軸に、メンバー交代を重ねながら独自の音像を深めてきた。本作は、その流れの中でも特に装飾性の強い時期の作品として知られている。
この日本盤は1982年リリースで、帯と4ページの歌詞・解説インサート付き。オリジナル盤と同年のプレスで、当時の国内流通盤としての位置づけになる。
作品の位置づけ
本作の前後には、『Juju』(1981)で示した緊張感の強いサウンドから、さらに踏み込んだ表現が見える。ギターはJohn McGeochが担当しており、この時期のバンドはリフの押し出しよりも、音の重なりや空間の作り方に重心がある。
Siouxsie & The Bansheesはポストパンクからゴシック・ロックの文脈で語られることが多いが、本作はその中でも、リズム、ギター、ボーカルの配置がはっきりしている。The CureのRobert Smithが関わった時期の作品群とも比較されやすいが、こちらはより色彩感のある作りに寄っている。
聴きどころ
実際に聴くと、まず耳に入るのは音数の多さではなく、各パートの置き方。ドラムとベースは前に出すぎず、それでも楽曲の輪郭は崩れない。Siouxsie Siouxのボーカルは、語尾の処理や抑揚の付け方が細かく、旋律の流れを引っ張る役割が大きい。
ギターは鋭いカッティングだけでなく、音色の切り替えや残響の使い方が印象に残る。派手なソロで見せるタイプではなく、曲の中に模様を足していくような演奏。アルバム全体として、1曲ごとの輪郭がはっきりしている一方で、通して聴くと統一感がある。
代表曲について
収録曲の中では「Slowdive」がよく知られた曲のひとつ。弦楽器の使い方が印象的で、バンドの中でも特に異色の仕上がり。シングルとしても存在感があり、このアルバムを象徴する楽曲として挙げられやすい。
また、「Arabian Knights」も本作を語るうえで外しにくい曲。リズムの推進力とボーカルのフレーズが噛み合っていて、アルバムの中でも輪郭がつかみやすい。
同時代の文脈
1982年前後の英国ロックでは、ポストパンクの延長線上で、より陰影のあるサウンドを作る動きが目立つ。The Cure、Bauhaus、Joy Division周辺の流れと並べて語られることも多いが、Siouxsie & The Bansheesはその中でも、リズムの硬さと装飾性の両方を持っている点が特徴的。
この作品では、ゴシック・ロックのフォーマットに収まりきらない、細部の作り込みが前面に出ている。暗さだけで押すのではなく、音の色や質感で曲を組み立てているところが、本作の分かりやすいポイントになっている。
日本盤としての見どころ
今回の日本盤は、帯付きで4ページの歌詞・情報インサートが付属する仕様。国内盤としては、当時の作品の雰囲気をそのまま伝える構成で、ジャケットと合わせて所有感のある作りになっている。
『A Kiss In The Dreamhouse』は、Siouxsie & The Bansheesの中でも、曲の構造と音の配置がはっきりしたアルバム。1982年という時代の英国ロックの空気を受けつつ、バンドならではの緻密さが前に出た一枚として見ておくと、全体像がつかみやすい。
トラックリスト
- A1 – Cascade (4:24)
- A2 – Green Fingers (3:32)
- A3 – Obsession (3:51)
- A4 – She’s A Carnival (3:40)
- A5 – Circle (5:23)
- B1 – Melt (3:47)
- B2 – Painted Bird (4:16)
- B3 – Cocoon (4:29)
- B4 – Slowdive (4:17)
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Errobi – Gure Lekukotasuna (1977)
Errobi『Gure Lekukotasuna』について
Errobiは、バスク地方出身のフランスのフォーク・プログレッシブ・バンドで、1973年から1985年にかけて活動したグループです。Anje DuhaldeとMixel Ducauを中心に結成され、バスク語による作品づくりでも知られています。『Gure Lekukotasuna』は1977年の作品として知られる一枚で、バスク音楽、フォーク・ロック、プログ・ロックの要素を持つアルバムです。
作品の輪郭
このレコードは、バスク語、フランス語、スペイン語で書かれた4ページのインサートを収録している点が目を引く。歌詞や資料を複数言語で補う構成で、バスク文化圏の背景をそのまま作品に持ち込んだ作りになっている。発売はスペイン、製造はElkarlanean、Guerssen向けの流通盤という位置づけ。
収録メンバーには、Anje Duhalde、Mixel Ducauのほか、Jean Phocas、Beñat Amorena、Robert Suhas、Jean-Paul Gilles、Mixel Haltyの名前が並ぶ。バンド名義でまとまった演奏体制が見える一枚で、グループとしての色が前面に出る作品といえる。
Errobiの中での位置づけ
Errobiは、バスク語圏のロックがまだ限られた場で流通していた時代に、フォークやプログ・ロックの手触りを持ち込んだ存在として語られることが多い。『Gure Lekukotasuna』も、その流れの中にある作品として見ると筋が通る。バスクの言語や文化的背景を、ロックの編成で表現していく姿勢が、この時代のグループらしい。
1970年代後半のヨーロッパでは、地域言語で歌うフォーク・ロックやプログ・ロックが各地で生まれていた。Errobiもその文脈に置けるバンドで、同時代のバスク系ロック、あるいはケルト圏のフォーク・ロックと並べて語られることがある。
再発盤としての見え方
2003年盤は、オリジナルの1977年作を後年に改めて手に取れる形にしたもの。盤としてはスペインで流通し、インサート付きで資料性もある。オリジナル盤と比べると、作品そのものに加えて、再発時のパッケージとして歌詞や解説を読みながら聴ける点が特徴になっている。
聴きどころとして挙げやすい点
- バスク語を中心にした歌唱と、ロック編成の組み合わせ
- フォーク・ロック寄りの進行と、プログ・ロックらしい展開の共存
- 多言語インサートによる資料性
- バスク地方の音楽表現を前面に出した作品性
まとめ
『Gure Lekukotasuna』は、Errobiのバスク語ロックの姿勢を示す1977年の作品として見ると、グループの輪郭がつかみやすい一枚。フォーク・ロック、プログ・ロック、バスク音楽という要素が、当時の地域音楽シーンの空気と結びついている。2003年盤は、その作品を資料付きで再確認できる再発盤として扱える。
トラックリスト
- A1 – Gure Lekukotasuna
- A2 – Ez Deat Erranen
- A3 – Kuia Lilien Erromeria
- A4 – Emazte
- A5 – Lantegiko Hamar Manamenduak
- B1 – Telebista
- B2 – Xileko Langileria
- B3 – Bakea
- B4 – Nagusiaren Nigarrak
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Mychael Danna – Elements (1979)
Mychael Danna『Elements』について
Mychael Dannaの『Elements』は、1979年にカナダでリリースされた作品である。のちに映画音楽で知られることになるDannaの、かなり初期にあたるレコードで、電子音楽とジャズを軸にしながら、アンビエントや実験音楽、イージーリスニングの要素を含む内容として知られている。
Mychael Dannaは1958年生まれのカナダ出身の作曲家で、兄は同じく作曲家のJeff Danna。『Elements』は、そうした後年の映像音楽家としての顔よりも前に出た作品で、彼の音楽的出発点を確認できる一枚という位置づけになっている。
作品の印象
この時期の作品らしく、メロディを前面に押し出すというより、音の配置や質感を追う方向の作りである。電子音、ジャズ的な演奏感、空間を意識した処理が重なり、曲ごとの輪郭ははっきりしつつも、全体としてはひとつの流れで聴かせるタイプのアルバムとしてまとまっている。
タイトルの通り、音そのものを素材として扱う感覚が強く、1970年代後半の電子音楽や実験的なインストゥルメンタル作品の文脈に置いて見ると理解しやすい。シンセサイザーを用いた作品群や、ジャズの即興性を残した電子作品と並べて語られることがありそうな内容である。
同時代の文脈
1979年は、電子音楽がより洗練された形で広がっていった時期でもある。こうした流れの中で、『Elements』は純粋な電子音楽でも、従来型のジャズでもない位置に立っている。聴き方としては、演奏の巧さを追うというより、音の密度や間合い、響きの変化をたどると見えやすい作品だろう。
また、Dannaは後年、物語の流れに寄り添う作曲で評価を高めていくが、その前段階としてこのアルバムを聴くと、すでに音の構築に対する感覚がかなり明確であることがわかる。
アルバムとしての位置づけ
『Elements』は、Mychael Dannaのキャリアの初期を示す記録として重要な一枚である。映画音楽の作曲家として広く知られる前に、電子音楽とジャズの接点を探っていたことが伝わる内容で、後年の作品とは違う角度から人物像を見せてくれる。
代表曲や大きなヒット曲が前面に立つタイプの作品ではないが、1970年代後半のカナダ発の実験的なインストゥルメンタル作品として、静かに個性を置いているアルバムである。
トラックリスト
- A1 – Fire (9:09)
- A2 – Air (6:55)
- B1 – Water (8:03)
- B2 – Earth (9:22)
- B3 – Ether (1:55)
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Ivor Cutler – Velvet Donkey (1975)
Ivor Cutler『Velvet Donkey』について
『Velvet Donkey』は、スコットランド出身の Ivor Cutler による1975年作。詩人、歌手、語り手、作家としても知られるCutlerらしい、短いフレーズや語り口を軸にした作品で、ロックの枠に収まりきらない作りが目立つアルバムだ。ジャンル表記では Rock、スタイルでは Abstract、Minimal とされているが、実際には歌というより、言葉の間合いと小さな音の配置を聴く作品という印象が強い。
Ivor Cutlerという人物像
Cutlerはグラスゴー生まれ、ロンドンで没した英国の異才。ユーモアと奇妙な視点を持つ作品で世代をまたいで支持を集め、ビートルズのジョンとポール、哲学者バートランド・ラッセル、ジョン・ピールらにも愛好者がいたとされる。音楽家であると同時に、児童書・大人向けの本も書き、学校教師としての経歴も持つ。そうした背景が、そのまま作品の話し方や視点に出ている人だ。
作品の位置づけ
『Velvet Donkey』は1975年のオリジナル作品。Cutlerのディスコグラフィーの中でも、彼の独特な語りと小規模な編成がはっきり出る時期の一枚として見られる。派手なバンド・サウンドで押すタイプではなく、声、言葉、間、そして最小限の伴奏で成立する構成。ロックの文脈に置かれながらも、フォーク、前衛、朗読劇の要素が混ざるような立ち位置にある。
内容と聴こえ方
この作品では、メロディを強く前面に出すというより、Cutlerの発話そのものが中心になる。リズムは控えめで、演奏も必要最小限に近い。音の数が少ないぶん、言葉の切れ目や、少し間を置いた言い回しが耳に残る。実際に聴くと、楽曲というより短い小品が連なっていく感触があり、1曲ごとの長さ以上に、全体の流れで印象が決まるタイプのアルバムだ。
彼の作品は、同時代の英国の実験的なフォークや、語りを重視したアウトサイダー的な音楽と並べて語られることがある。たとえば、歌の形式を借りながら内容をずらすやり方や、日常の言葉をそのまま作品化する姿勢には、一般的なシンガーソングライターとは違う距離感がある。
再発盤について
この盤はVirginのミッドプライス再発盤。後年の別再発とは異なり、緑と赤のVirginラベルで「Made in England」表記がある。盤のクレジットでは、Fred Frithが参加している曲について「自身のアレンジを用いた」と記されている。Frithらしい、既成の歌の形から少しずらした関わり方がうかがえる部分だ。ランアウトはスタンプ刻印。
関連する要素
- 1975年オリジナル作品
- 英国の異才 Ivor Cutler の代表的な一枚として語られやすい作品
- 言葉、間、最小限の演奏が中心の構成
- Fred Frithの参加クレジットあり
- Virgin再発盤、英国プレス表記
『Velvet Donkey』は、派手な展開よりも、声の置き方と語りの温度で聴かせるアルバムだ。Ivor Cutlerという人物の輪郭をつかむうえで、かなり分かりやすい入口になっている。
トラックリスト
- A1 – If Your Breasts
- A2 – I Got No Common Sense
- A3 – Useful Cat
- A4 – Oho My Eyes
- A5 – The Dirty Dinner
- A6 – Yellow Fly
- A7 – Mother’s Love
- A8 – The Meadows Go
- A9 – Phonic Poem
- A10 – Life In A Scotch Sittingroom Vol.2 Ep.2
- A11 – Birdswing
- A12 – Nobody Knows
- A13 – Uneventful Day
- A14 – Little Black Buzzer
- A15 – Bread And Butter
- B1 – A Nuance
- B2 – Go And Sit Upon The Grass
- B3 – The Even Keel
- B4 – Pearly Gleam
- B5 – The Best Thing
- B6 – Life In A Scotch Sittingroom Vol.2 Ep.7
- B7 – Once Upon A Time
- B8 – There’s Got To Be Something
- B9 – The Purposeful Culinary Implements
- B10 – Gee, Amn’t I Lucky
- B11 – The Curse
- B12 – I Think Very Deeply
- B13 – I, Slowly
- B14 – Sleepy Old Snake
- B15 – Titchy Digits
- B16 – The Stranger
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Ian Gillan Band – Child In Time (1976)
Ian Gillan Band『Child In Time』について
『Child In Time』は、Ian Gillan Bandが1976年に発表した作品。Ian Gillanといえば、Deep Purpleのヴォーカリストとして知られる人物だが、このバンドはその活動の流れから生まれた別プロジェクトという位置づけになる。1975年末に結成され、翌1976年にアルバムを形にした流れで、この作品はその初期を示す一枚になっている。
タイトルはDeep Purple時代の代表曲「Child in Time」と同じだが、こちらはIan Gillan Bandとしての作品名。バンド名に本人の名前を冠していることからも、Gillan自身のソロ志向と、当時の新しい音楽的方向をはっきり示している盤といえる。
作品の位置づけ
Ian Gillan Bandは、Deep Purpleの延長線上にあるハードロックだけでなく、より自由度のある演奏や構成を取り入れていたグループとして見られることが多い。ここでも、ハードロックを軸にしつつ、クラシック・ロックやプログレッシブ・ロックの要素が同居している。Gillanの声を中心に置きながら、各楽器の動きにも目を向けた作りが特徴になっている。
メンバーはIan Gillan、Ray Fenwick、John Gustafson、Mark Nauseefに加え、キーボードにMike Moran、その後Mickey Lee Soule、さらにColin Townsへと変化していく流れがある。この編成の変化も、バンドの音に少なからず影響しているように見える。
サウンドと聴きどころ
この時期のIan Gillan Bandは、Deep Purpleのような一直線のハードロックとは少し違い、曲ごとに展開を持たせる場面が目立つ。Ray Fenwickのギター、John Gustafsonのベース、Mark Nauseefのドラム、キーボード陣の厚みが、Gillanのヴォーカルを支える形。演奏はロックの骨格を保ちながら、やや組曲的に感じられる部分もある。
実際に聴くと、Ian Gillanの歌い方が、叫ぶだけではなく、フレーズの置き方や語りかけるような運びに意識が向いていることが分かる。Deep Purpleの代表曲で聴けるような強烈な高音の印象だけでなく、バンド全体のアンサンブルの中でどう音を動かすかという感覚が前に出ている印象。
同時代との関係
1976年という時期は、ハードロックが大きな存在感を保ちつつ、プログレッシブ・ロックの手法もまだ広く共有されていた時代。Ian Gillan Bandのこの作品も、その両方の文脈で語られやすい。Deep Purpleのようなハードロック勢を思い浮かべつつ、より構成を重視するバンド群とも比較されることがある。
そのため、単純に「重い」「速い」といった方向だけでは収まらず、演奏の間や展開の作り方に耳が向く作品になっている。ロックの中でも、70年代中盤らしい作り込みのある一枚という見方がしやすい。
日本盤の仕様
- 見開きジャケット仕様
- 英語と日本語の歌詞インサート付き
- U字型のポリライン内袋入り
日本盤としては、歌詞カードが英語と日本語の両方で付く点が実用的。見開きジャケットも含めて、当時のLPらしいパッケージ感がある。音源そのものは1976年の作品として扱われる一枚。
まとめ
『Child In Time』は、Ian GillanがDeep Purple後の活動で示した、バンド形式の新しい方向を確認できる作品。ハードロックを土台にしながら、演奏の組み立てやキーボードの使い方に70年代中盤らしい広がりがある。Ian Gillanという歌手の個性と、バンドとしてのまとまり、その両方が見える内容。
トラックリスト
- A1 – Lay Me Down (2:56)
- A2 – You Make Me Feel So Good (3:41)
- A3 – Shame (2:47)
- A4 – My Baby Loves Me (3:34)
- A5 – Down The Road (3:20)
- B1 – Child In Time (7:22)
- B2 – Let It Slide (11:37)
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Akira Ito – 日出処の天子 (1982)
Akira Ito『日出処の天子』(1982)
1982年に日本で発表された、伊藤詳によるイメージ・アルバム。竹宮惠子の漫画『日出処の天子』を題材にした作品で、電子音、ロック、ニューエイジ、アンビエント、サウンドトラックの要素がまとまった一枚だ。アーティストとしての伊藤詳は、1945年生まれの日本のロック/ニューエイジ系ミュージシャンで、レーベル主宰者としても知られている。
作品の位置づけ
本作は、漫画作品の世界観を音で組み立てるイメージ・アルバムとして作られている。歌もののヒット曲を前面に出すタイプではなく、物語の空気や人物像、場面転換を音響で追う構成だ。80年代初頭の日本では、漫画やアニメを題材にしたイメージ・アルバムやサウンドトラックが広がっていく時期で、本作もその流れの中にある。
伊藤詳の作品の中では、ロック寄りの感触とニューエイジ的な静けさが同居するタイプに入る。電子楽器の使い方も含めて、同時代の日本のインストゥルメンタル作品や、サウンドトラック的な作りと並べて語られることが多い内容だろう。
収録曲
- A1: Hi Izuru Tokoro (Hi No Kuni)
- A2: Mijiran Densetsu
- A3: Mirokusenka
- A4: Hanashizume No Matsuri
- A5: Mumyō To Garyōtensei
- B1: Shitennō
- B2: Shinbutsu’ittai
- B3: Espā (Umayado No Oji Emishi)
- B4: Tojiko
- B5: Seijaku
- B6: Shakujō No Hibiki
聴きどころ
曲名だけでも、物語の鍵になる人物や概念をそのまま音に落とし込んでいることがわかる。A面冒頭の「Hi Izuru Tokoro (Hi No Kuni)」で作品世界の入口を示し、「Mirokusenka」「Shitennō」「Shinbutsu’ittai」など、歴史・宗教・伝承に関わる語が続く構成。単独のメロディを押し出すというより、場面の輪郭を少しずつ重ねていくタイプの流れだ。
「Espā (Umayado No Oji Emishi)」のように、固有名を持った曲も置かれていて、物語の人物像に寄せた作りが見える。終盤の「Seijaku」「Shakujō No Hibiki」あたりは、タイトル通り静けさや響きの余韻を意識した曲順に感じられる。
同時代の文脈
1982年という時期は、日本のニューエイジや電子音楽が、映像作品やイメージ・アルバムの形式と結びついていく流れが見えやすい。ロック・ミュージシャンとしての感覚を持ちながら、アンビエント的な空気やサウンドトラック的な展開へ振れていく点で、当時のインスト作品群の中でも位置づけがはっきりしている。
盤の仕様
この盤には帯とインサートが付属する。1982年の日本盤オリジナルとして、当時の初出形態で聴けるリリースだ。
まとめ
『日出処の天子』は、漫画原作のイメージを音で組み立てた1982年の作品で、伊藤詳のロック感覚、電子音の処理、静かな音像が一つに収まった内容だ。曲ごとの題材が明確で、作品全体としては物語の場面を順に追う構成。80年代初頭の日本のイメージ・アルバム文化を知るうえでも、ひとつの具体例として見えてくる一枚だ。
トラックリスト
- A1 – 日出処 (火の国) (2:30)
- A2 – 未戸郎伝説 (3:50)
- A3 – 弥勒仙花 (5:00)
- A4 – 鎮花祭 (2:30)
- A5 – 無明と画龍点晴 (5:30)
- B1 – 四天王 (3:55)
- B2 – 神仏一体 (1:45)
- B3 – 超能力者 (厩戸王子・毛人) (4:40)
- B4 – 刀自古 (2:25)
- B5 – 静寂 (2:40)
- B6 – 錫杖の響き (2:30)
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Supersister – Startrack Vol. 1 (1973)
Supersister『Startrack Vol. 1』について
『Startrack Vol. 1』は、オランダのプログレッシブ・ロック・バンド、Supersisterが1973年に発表したコンピレーション盤だ。電子音、ジャズ、ロック、ポップの要素をまたぎながら、ジャズ・ロック、実験性、プログレッシブ・ロックの流れの中で整理された内容になっている。バンドの初期からこの時期までの楽曲をまとめた1枚で、Supersisterの活動の断片を時系列でたどれる構成といえる。
Supersisterというバンドの位置づけ
Supersisterは1967年にSweet OK Supersisterとして始まり、のちにSupersisterへ改名したオランダのプログレッシブ・ロック・バンドだ。ロバート・ヤン・スティプスを中心に、ジャズ寄りの鍵盤サウンド、変則的な曲構成、ユーモラスな感触を含む演奏で知られる。イギリス勢のプログレと並べて語られることが多いが、音の運びやリズムの組み方には、オランダ勢らしい独自性もある。
バンドは1974年に最初の解散を迎えており、『Startrack Vol. 1』はその直前期の素材をまとめた作品として見ることができる。活動のピーク期に近い記録であり、アルバム単位の作品とは少し違う形で、当時のSupersisterの動きが伝わる編集盤だ。
収録内容と素材の出どころ
本作は複数のSupersister作品から編集された構成で、収録曲は1970年から1972年にかけての録音にまたがっている。各曲は別々のリリースから取られており、A面・B面を通してバンドの初期から中期への流れが見える。
- A1、A3: 1971年録音。A1は7インチ・バージョン
- A2、A4: 1972年録音。A4は最終回のエピソード
- B1、B2: 1970年録音。B2は『Metamorphosis』の一部
- B3、B4: 1971年録音。B3は断片、B4はフェードインあり
こうした構成なので、単独のアルバムというより、Supersisterの複数の時期をつなぐ編集盤としての性格が強い。曲ごとに素材の年代が異なるため、バンドの編成や音作りの変化も追いやすい。
音の印象
Supersisterの持ち味は、鍵盤を軸にした進行の細かさと、ジャズ由来のフレーズをロックの形式へ組み込むやり方にある。この盤でも、整ったメロディだけで押し切るというより、拍の置き方や展開の切り替えで聴かせる場面が目立つ。エレクトロニックな質感が前に出る瞬間もあり、当時のプログレらしい構築性と即興的な気配が同居している。
聴き進めると、派手なヒット曲を前面に出すタイプではなく、曲のつなぎ方やパートの切り替えそのものに重心があることがわかる。代表曲を1曲だけ挙げる形よりも、断片や別バージョンを含めてバンドの輪郭を見せるタイプの作品だ。
同時代の文脈
1970年代前半のヨーロッパのプログレッシブ・ロックは、英国勢だけでなく、オランダやドイツ、イタリアでも多様に展開していた。Supersisterはその中で、ジャズ・ロック寄りのアプローチと、実験性のある構成を行き来するバンドとして位置づけられる。比較対象としては、キャメルやキャラヴァンのような英国プログレの流れ、あるいはよりジャズ色の強いバンド群が思い浮かぶが、Supersisterはそこにオランダ独自の軽さやひねりを持ち込んでいる印象がある。
まとめ
『Startrack Vol. 1』は、Supersisterの1970年代前半の素材をまとめた編集盤で、バンドの鍵盤主体のアレンジ、ジャズ・ロック的な展開、実験的な構成がまとまって確認できる1枚だ。アルバム単位の物語というより、複数作品の断片をつなぎながら、当時のSupersisterの音を俯瞰する内容になっている。
トラックリスト
- A1 – Bagoas (2:44)
- A2 – Judy Goes On Holiday (9:17)
- A3 – Babylon (7:54)
- A4 – Pudding En Gisteren (2:14)
- B1 – Present From Nancy (8:08)
- B2 – Mexico (3:21)
- B3 – Energy (Out Of Future) (4:21)
- B4 – Higher (3:14)
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Tomoyo Harada – L’Île La Plus Proche Du Paradis = 天国にいちばん近い島 (1984)
原田知世『L’Île La Plus Proche Du Paradis = 天国にいちばん近い島』について
原田知世の『L’Île La Plus Proche Du Paradis = 天国にいちばん近い島』は、1984年に日本でリリースされた作品だ。俳優としても知られる原田知世が、歌手としての活動を広げていた時期の作品で、同年のシングル「天国にいちばん近い島」と同じ題名を持つ。電子的な音色を含むポップス、映像作品との結びつきがあるサウンドトラック的な要素、そして当時の歌謡曲の文脈が重なる一枚として捉えやすい。
作品の概要
原田知世は1967年11月28日生まれ、長崎県出身の日本の歌手・俳優だ。本作は、彼女の初期ディスコグラフィの中でも、映画や映像作品との関係が見えやすい時期のリリースにあたる。タイトルにフランス語表記を含む点も印象的で、1980年代前半の日本のポップスに見られる洗練されたパッケージ感がある。
盤の仕様としては、帯付き、見開きジャケット、歌詞・写真ブックレット付きの構成。レコードとしてのまとまりを重視した作りで、当時のLPらしい情報量のあるパッケージになっている。
音の方向性
収録音源は、シンセサイザーを含む電子的なアレンジが前面に出るタイプのポップスとして整理できる。いわゆる歌謡曲の旋律のわかりやすさを保ちながら、80年代らしい鍵盤や打ち込みの質感が加わっている。映像作品の空気を引き受けるような、場面に寄り添う作りが目立つ。
原田知世の初期作品は、同時代のアイドル歌謡の中でも、田原俊彦や松田聖子、河合奈保子らの主流ポップスと比べると、より映像的で、静かなテンポ感を持つ曲調が印象に残ることが多い。本作もその流れの中で理解しやすい。
代表曲としての「天国にいちばん近い島」
タイトル曲の「天国にいちばん近い島」は、原田知世の代表曲として知られる一曲だ。同名映画との結びつきもあり、彼女の初期イメージを形づくった重要な楽曲として位置づけやすい。歌声は過度に主張せず、曲の空気を崩さない進み方をする。80年代前半の日本のポップスに見られる、清潔感のある作りが中心だ。
この曲が広く知られることで、本作全体も原田知世の初期歌手活動を語るうえで外しにくい盤になっている。作品単体というより、彼女のスクリーンイメージと音楽活動が重なっていた時期を示す資料性もある。
同時代の文脈
1984年の日本のポップスは、シンセサイザーや電子ドラムの導入が進み、歌謡曲の枠組みの中にも新しい質感が入り込んでいた時期だ。本作もその流れの中にあり、テレビや映画との連動を前提にした楽曲作りが見えやすい。サウンドトラック的な役割を担いながら、単独の歌としても成立させる作りが特徴的だ。
原田知世の作品群を追うと、俳優活動と歌手活動が並走していたことがよくわかる。本作はその交差点にある一枚として見やすく、彼女のキャリア初期を知るうえで押さえやすいタイトルだ。
まとめ
『L’Île La Plus Proche Du Paradis = 天国にいちばん近い島』は、1984年の原田知世を示す重要な作品だ。シンセポップ、サウンドトラック、歌謡曲の要素が交差する内容で、タイトル曲「天国にいちばん近い島」が代表的な存在になっている。帯付きの見開きジャケットと歌詞・写真ブックレットを備えたLPとして、当時の作品性とパッケージ性の両方を感じやすい一枚だ。
トラックリスト
- A1 – メラネシアン序曲
- A2 – ニューカレドニアへ
- A3 – 光の島
- A4 – 愛してる
- A5 – Bonjour, Bonsoir
- A6 – 奇跡の丘
- B1 – 天国にいちばん近い島
- B2 – ザーザネラ~風の唄
- B3 – 夢は何処
- B4 – 「見つけました・・・・・・」
- B5 – エピローグ
- B6 – 草冠の姫君
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Hopo – Dietro La Finestra (1991)
Hopo『Dietro La Finestra』について
Hopoの『Dietro La Finestra』は、1991年にイタリアで登場した作品で、ロックの中でもプログレッシブ・ロック寄りの文脈で語られる一枚だ。演奏メンバーにはCarlo Poggini、Marino Baccini、Paolo Tovoli、Enrico Barbieri、Michelangelo Zorzitの5名がクレジットされている。
録音とミックスは、1991年6月から7月にかけて、フローレンスのSound Exportスタジオで行われたと記されている。制作時期がはっきりしているので、当時のイタリアのプログレ再興期の空気をそのまま閉じ込めた作品として見やすい。
作品の位置づけ
イタリアのプログレッシブ・ロックは、1970年代の伝統を土台にしながら、1980年代末から1990年代初頭にかけても継続して作品が出ていた流れがある。『Dietro La Finestra』もその延長線上に置けるタイトルで、国産プログレの系譜を意識した作品として捉えられることが多いタイプだろう。
バンドの詳しいプロフィールは多く残っていないが、5人編成で制作されている点からも、アンサンブル重視の構成が想像しやすい。個々の演奏を積み上げていく作りの作品として受け止められる。
リリースの特徴
オリジナルの1991年盤は、500枚限定という少数プレスで出ている。流通量が少ないため、当時からコレクター向けの性格を持っていた作品といえる。
盤としては1991年のリリースで、作品自体も1991年のものとして扱える。録音年と同じ年に世に出ているので、制作から発表までの距離が短いのも特徴だ。
聴きどころの見方
実際の音像については、プログレッシブ・ロックの基本である楽器の掛け合い、曲展開の切り替え、まとまりのある演奏が見どころになりやすいタイプだ。イタリア盤らしく、メロディとアンサンブルの両方を追う聴き方がしっくりくる。
代表曲や広く知られたヒット曲については、少なくともこの作品単体では前面に出て語られるものではない。アルバム全体を通して聴くことで印象が残る構成の作品として受け取るのが自然だろう。
まとめ
『Dietro La Finestra』は、1991年のイタリア産プログレッシブ・ロックの一枚として、Sound Exportスタジオでの録音・ミックス、5人編成、500枚限定プレスという要素がそろった作品だ。イタリアのプログレ史の流れの中で、90年代初頭の継続性を示すタイトルとして位置づけられる。
トラックリスト
- A1 – Dietro La Finestra (7:46)
- A2 – Un Uovo Di Cristallo (5:40)
- A3 – Non Era Un Fiume (6:26)
- B1 – A Piedi Nudi (6:45)
- B2 – Un Minuto Solo (5:45)
- B3 – La Luna Gioca Ancora (7:35)
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Tangle Edge – In Search Of A New Dawn • The Psychological Perspective Of Tangle Edge (1989)
Tangle Edge『In Search Of A New Dawn • The Psychological Perspective Of Tangle Edge』について
ノルウェーのTangle Edgeが1989年に発表した作品。タイトルからも伝わる通り、バンドの個性を前面に出したアルバムで、サイケデリック・ロックとプログレッシブ・ロックの要素を軸にした内容として知られている。録音は1985年12月から1988年8月にかけて、NarvikのMushroom Studiosで断続的に行われ、ミックスはKjell Martnes Studiosで1986年、1987年、1988年にわたって進められている。制作期間の長さそのものが、この作品の成り立ちをよく示している。
作品の位置づけ
Tangle Edgeは1980年ごろにRonald NygårdとHasse Horrigmoeによって結成されたバンドで、この1989年作は初期活動の流れのなかで出た重要なリリースと見られる。以後もアルバムを重ね、イングランド、ロシア、イタリア、デンマーク、スウェーデン、ノルウェーでツアーを行っている。バンドのディスコグラフィーをたどるうえで、この作品は出発点のひとつとして扱われる盤。
メンバーにはRonald Nygård、Hasse Horrigmoeに加え、Tom Steinberg、Kjell Oluf Johansen、Svein Hugo Bergvik、Rune Forselv、Lars Forselvが名を連ねる。編成の厚みがそのまま音の層に反映されるタイプの作品として受け取られている。
レコードとしての特徴
1989年盤は初回プレスでピンク・ラベル仕様。ゲートフォールド・スリーブで、A4サイズのインサートも付属する。盤の表記では、スリーブとB面ラベルに℗&© 1989のクレジットが入っている。ランアウトの刻印も確認でき、MLのみエッチング、Åは横向きにスタンプされている。
録音と制作の流れ
録音は一度きりのセッションではなく、数年にわたって少しずつ進められている。1985年末から1988年夏までの断続的なレコーディング、そして1986年・1987年・1988年のミックス作業という流れで、完成までに時間をかけた作品だとわかる。こうした作り方は、プログレッシブ・ロック系の作品で見られることがあるが、この盤でもその制作姿勢が記録から読み取れる。
ジャンル文脈
ジャンル表記はRock、スタイルはPsychedelic RockとProg Rock。北欧のロック作品として見ると、演奏の構成力や長尺の展開を重視する流れの中に置ける内容だと考えられる。Tangle Edgeは同時代のプログレッシブ・ロック・バンド群と並べて語られることがあり、サイケデリックな感触と組曲的な進行を両立させるタイプの作品として扱われることが多い。
聴きどころとして語られやすい点
この作品については、タイトル曲相当のまとまりと、アルバム全体を通した構成が注目されやすい。派手なシングルヒットで押すタイプというより、曲順を通して世界を組み立てる作り。曲ごとの切れ味よりも、パートのつながりや展開の積み重ねに目が向くアルバムだと受け取られている。
まとめ
『In Search Of A New Dawn • The Psychological Perspective Of Tangle Edge』は、1989年のノルウェー産プログレッシブ・ロック作品として、Tangle Edgeの初期像を示す一枚。長い制作期間、ゲートフォールド仕様、インサート付きの初回盤といった物理面も含めて、作品の輪郭がはっきりしたレコードだと言える。
トラックリスト
- A1 – Isis At The Invisible Frontispiece (2:02)
- A2 – Caesar’s Integrated Flaw (4:40)
- A3 – Nephthys (4:23)
- A4 – A Secret Inside Clopedia (7:17)
- A5 – The Approaching Triptykhon Sunset (3:42)
- B1 – The Centipede’s Tune (5:35)
- B2 – Later Than The Pinworm-Era (2:52)
- B3 – Mushy Shadows From A Lost Caravan (2:10)
- B4 – Solorgy (14:56)
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La Bullonera – La Bullonera 2 (1977)
La Bullonera「La Bullonera 2」について
「La Bullonera 2」は、スペイン・アラゴン地方のフォーク・グループ、La Bulloneraが1977年に発表した2作目のアルバム。前作「La Bullonera」に続く形で、グループ名をそのまま冠したシリーズの2枚目にあたる作品である。バンドはJavier MaestreとEduardo Pazを中心に、Luis Fatás、Javier Masらによって結成され、政治的な関わりの強い活動で知られる。
作品の位置づけ
この時期のLa Bulloneraは、商業的な後押しよりも、地域性とメッセージ性を前面に出した活動で存在感を示していたグループ。1977年作の本作は、その流れの中で作られたアルバムで、バンドの初期ディスコグラフィーの中心に置かれる1枚といえる。
同じくスペインのフォークや社会性の強い音楽を手がけたアーティスト群――たとえば地域色の強いカンシオン・プロテスタ系の流れや、スペイン内の各地方の民謡を再解釈する動き――と並べて語られることが多いタイプの作品でもある。
録音とリリース情報
録音は1977年8月、マドリードのSonolandスタジオで行われた。プロダクション表記には「Movieplay – Gong – Chinchecle」とある。スペイン国内盤としてのリリースで、ゲートフォールド仕様のジャケット、歌詞インサート付きという内容になっている。
歌詞が付属する点は、この手のフォーク作品では重要な要素。言葉の比重が高い楽曲を、音だけでなくテキストでも追える構成になっている。
サウンド面
このアルバムのジャンル表記はLatin、Folk、World & Country。実際のところ、La Bulloneraの活動を考えると、アラゴンの地域性を背負ったフォークを軸に、時代の社会的な空気を反映した歌ものとして捉えるのが自然だろう。派手な装飾より、曲と歌詞を前に出す作りが基本線のように見える。
メンバーにはJavier Mas、Francisco Gil、José Cruz、Luis Fatás、Javier Maestre、Eduardo Pazがクレジットされている。編成の詳細までは追い切れないが、グループもののフォークとして、合唱やアンサンブルのまとまりが要となるタイプの作品である。
ディスコグラフィーの中で
La Bulloneraの公式な流れでは、1976年の1作目「La Bullonera」に続き、1977年に本作、1979年に「La Bullonera 3」、1980年に「Punto」と続く。つまり本作は、バンドの初期展開を支える中核作のひとつ。後年にはアラゴンの民謡に向き合った「Del folklore aragonés: homenaje a Arnaudas」も出しており、地域への意識は一貫している。
まとめ
「La Bullonera 2」は、1977年のスペインで、アラゴンのフォークと政治的なメッセージ性を結びつけていたLa Bulloneraの姿をそのまま伝える1枚。録音場所、歌詞インサート付きの仕様、そしてグループの初期ディスコグラフィーの流れから見ても、作品性の中心はかなり明確である。派手さよりも、土地と言葉を軸にした記録として残るアルバムだ。
トラックリスト
- A1 – Ver Para Creer
- A2 – Tus Brazos
- A3 – La Bolsa O La Vida
- A4 – El Verrugón Atómico
- A5 – Quién Te Ha Visto Y Quién Te Ve
- A6 – Jota Carcelera
- B1 – Aquí Nunca Pasa Nada
- B2 – Bajo Aragón
- B3 – Chuflas Del Bimilenario
- B4 – Bienvenido Mr. Marshall
- B5 – Jotas De Ronda : La Mujer, La Coyuntura Económica, La Despedida