Commodity Fetish – The Through Line / Iron Hop (1986)
「コモディティ・フェティッシュ(商品物神性)」――カール・マルクスの『資本論』における中心概念をプロジェクト名に掲げ、1986年に突如としてニューヨークのサボタージュ・スタジオ(Sabotage Studios)からリリースされた謎多き自主制作12インチ・シングル。それがこの『ザ・スルー・ライン/アイアン・ホップ(The Through Line / Iron Hop)』だ。
「数台の機械と2人の人間」が鳴らす冷徹なポスト・インダストリアル
ジャケットの裏面に記されたステートメント「Commodity Fetish is composed of several machines and two humans(コモディティ・フェティッシュは数台の機械と2人の人間で構成されている)」、そしてオーストリアの社会思想家イヴァン・イリイチ(Ivan Illich)の言葉からの引用(「時間のなかの人間において、リズムとは法であり、それを通じて私たちの対話は沈黙と響きの陰陽となる」)が象徴するように、本作は80年代半ばの高度消費社会と機械文明に対する痛烈なアイロニーを内包したコンセプチュアルな電子音楽作品だ。
ニューヨークの名門マスタリング・スタジオ「マスターディスク(Masterdisk)」でラッカーが刻まれた本作。当時のアンダーグラウンドでは珍しいフル・デジタル・レコーディングを標榜しながらも、無機質なサンプリングと肉体的なビートが衝突する音像は、ベルギーのフロント242(Front 242)や英国のカバレット・ヴォルテール(Cabaret Voltaire)が牽引していた初期EBM(エレクトロニック・ボディ・ミュージック)やミニマル・ウェーヴの狂騒と共振している。
94BPMの不穏なミニマリズムと、128BPMのメタリックな疾走
本作のレコード盤面にはご丁寧にそれぞれのBPM(テンポ)が明記されており、A面「The Through Line」は94BPM、B面「Iron Hop」は128BPMという極端なコントラストを描いている(なおジャケット背面の曲順表記と実際の盤面の収録順が逆になっているという、初期インディーズ盤ならではのミスプリントもコレクター心をくすぐる)。
A面「The Through Line」は、重厚なキックと金属的なシークエンスがじわじわと反復されるミッドテンポのインダストリアル・ファンク。冷徹なシンセサイザーのベースラインと、機械の軋みのような金属ノイズ、断片的なスポークン・ワードが交錯し、冷戦末期の硬質な緊張感を醸し出す。
対するB面「Iron Hop」は、128BPMのハイテンションなビートがフロアを直撃するキラーなEBMダンサー。初期シカゴ・ハウスやエレクトロのグルーヴ感を取り込みつつも、叩きつけられる無機質なスネアと歪んだシンセ・リードが暴れ回る音像は、90年代のハード・ミニマル・テクノやダーク・エレクトロの先駆けとも言える鋭利な破壊力を放っている。
80年代米インディペンデント電子音響の知られざる秘宝
グラハム・フランソワ(Graham Francois)が手掛けた幾何学的でアジテーション性の高いジャケット・アートも含め、DIY精神と知的なアヴァンギャルド感覚が結晶化した本作。長らくごく一部のカルト・コレクターの間でのみ語り継がれてきたが、近年の初期EBM/コールド・ウェイヴ再評価の文脈において、80年代アメリカ東海岸の電子音楽地下水脈を物語る貴重な証言として強い輝きを放ち続けている。
トラックリスト
- A - The Through Line (5:08)
- B - Iron Hop (4:18)