Larry Fast – Metropolitan Suite (1987)
ピーター・ガブリエルの初期ソロ作における革新的な音響プログラミングや、プログレッシブ・ロック・バンドのネクター(Nektar)での客演など、シンセサイザー黎明期からハードウェアの極限を切り拓いてきた名匠ラリー・ファスト(Larry Fast)。彼が自身のライフワークである電子音楽プロジェクト「シナジー(Synergy)」名義で1987年11月にオーディオン・レコーディング(Audion Recording Co. / Passport Records)から発表した通算8作目のアルバムが、この『メトロポリタン・スイート(Metropolitan Suite)』だ。
20世紀初頭の摩天楼と産業美を電子音で紡いだ交響詩
70年代の『Electronic Realizations for Rock Orchestra』や『Sequencer』といった初期作では、モーグ・モジュラー・シンセサイザーを主軸にした未来的・宇宙的な電子音響を探求していたラリー・ファスト。だが80年代後半に制作された本作では、20世紀初頭のニューヨークをはじめとするアメリカの大都市・工業地帯の発展と栄枯盛衰をモチーフに据えた、壮大でクラシカルな電子交響詩へと舵を切っている。
アルバムの白眉となるのが、アナログ盤のB面全体を占める表題組曲「Metropolitan Suite」だ。夜明けのハドソン川にかかる霧を描くような静謐な「North River」から、立ち並ぶ鉄骨と蒸気のエネルギーを力強いパルスで描いた「Steam and Steel Towers」、工業化と社会の軋みを描く劇的な「The City Goes to War」、そして壮麗な主題が鳴り響く「Metropolitan Theme」へと展開する構成は、まるで映画のサウンドトラックを聴くかのような高いストーリー性を湛えている。
デジタルとアナログが交錯する円熟のオーケストレーション
サウンド面での特徴は、80年代中盤から急速に普及したデジタル・シンセサイザーやサンプラー(Kurzweil 250やE-mu Systems、Yamaha DXシリーズなど)と、長年培ってきたアナログ・シンセシスを融合させた緻密なレイヤリングにある。当時のシンセ・ポップにありがちだった無機質なプリセット音に頼ることなく、ブラスやストリングスの質感を持つ波形を何層にも重ね合わせ、金管楽器が重なり合うオーケストラのスコアさながらの立体的な響きを構築している。
A面に収められた独立した3曲もそれぞれに表情が豊かだ。冷気を感じさせるアンビエント調の音響空間が広がる「Into The Abyss」、草原に射し込む光のように穏やかな旋律が展開する「Prairie Light」、そして80年代後半のアーバンな空気感とフュージョン的なコード進行が漂う「West Side Nights」など、組曲の重厚さとは対照的なメロディアスな側面を楽しませてくれる。
シンセサイザーを「表現の筆」として極めた職人技
ヴァンゲリス(Vangelis)やウェンディ・カルロス(Wendy Carlos)の系譜に連なりながらも、アメリカン・プログレッシブ・ロックの骨太さと職人的な音響構築美を追求し続けたラリー・ファスト。電子楽器を単なるギミックではなく、都市の情景や歴史の陰影を描くための「絵筆」として鳴らしきった本作は、シンセサイザー・ミュージックが円熟期を迎えた80年代後半の空気感を伝える重要な記録だ。
トラックリスト
- A1 - Into The Abyss (7:18)
- A2 - Prairie Light (6:54)
- A3 - West Side Nights (8:15)
- B1 - Metropolitan Suite - North River (1:20)
- B2 - Metropolitan Suite - Steam And Steel Towers (6:15)
- B3 - Metropolitan Suite - The City Goes To War (6:17)
- B4 - Metropolitan Suite - Metropolitan Theme (Main Theme) (4:09)
- B5 - Metropolitan Suite - The End Of An Era (3:10)