Sally Oldfield – Easy (1979)
マイク・オールドフィールドの不朽の名作『チューブラー・ベルズ』での神秘的なヴォイスや、初期フォーク・デュオ「サリ・アンジー(The Sallyangie)」での活動を経て、1stソロ『ウォーター・ベアラー(Water Bearer)』でトールキンの幻想世界を見事に描き出したサリー・オールドフィールド(Sally Oldfield)。彼女が名門Bronze Recordsより1979年に放った2ndアルバム『Easy』は、前作の幽玄なアシッド・フォークの叙情性を引き継ぎながら、洗練されたアコースティック・ポップ/アート・ロックの華麗なアンサンブルへと飛翔を遂げた傑作である。
アシュリー・ハウの手腕と、若きハンス・ジマーを含む豪華な演奏陣
ユーライア・ヒープ等を手掛けたブロンズ・レーベルの名伯楽アシュリー・ハウ(Ashley Howe)とサリー自身の共同プロデュースのもと、ロンドンのラウンドハウス・スタジオで録音された本作。バッキングを務めるミュージシャンの顔ぶれは、当時の英国セッション界の頂点を極めた錚々たる名手ばかりだ。
スカイ(Sky)のギタリストとして名を馳せるケヴィン・ピーク、デヴィッド・ボウイやルー・リードの名演で知られる伝説的名手ハービー・フラワーズ(ベース)、名パーカッショニストのフランク・リコッティに加え、実兄テリー・オールドフィールドがフルートで参加。さらに注目すべきは、のちに映画音楽の世界的巨匠となる若き日のハンス・ジマー(Hans Zimmer)がストリングス・シンセサイザーのプログラミングを手掛けている点であり、精緻を極めた音響空間に瑞々しい広がりを与えている。
銀鈴の歌声が紡ぐ「You Set My Gypsy Blood Free」から、洗練の表題曲へ
ケイト・ブッシュやジョニ・ミッチェルとも比肩される、透き通るようなクリスタル・ヴォイスと重層的なセルフ・ハーモニーは本作でも圧倒的な輝きを放つ。生命の輝きを高らかに歌い上げる「The Sun In My Eyes」や、ジプシーの旅情をアコースティック・スウィングに乗せた「You Set My Gypsy Blood Free」では、彼女の詩的イマジネーションが軽やかに躍動する。
ヴィブラフォンの煌めきと都会的なグルーヴが心地よい表題曲「Easy」の洒脱なポップ・センス、そしてB面に配された「Hide And Seek」で見せるミステリアスなフォーク・ディスコ調のビート感覚など、70年代末という時代の空気をしなやかに吸収した多彩なアプローチが光る。
オールドフィールド一族の美意識が息づく、英国フォーク・ポップの至宝
ケルトの神秘主義と都会的な洗練が奇跡的なバランスで融け合い、聴く者の心を穏やかな光で満たしてくれる本作。マイク・オールドフィールドのプログレッシヴな大作群とは異なるアプローチでありながら、オールドフィールド家の血脈に流れる崇高なメロディ感覚と自然への讃歌が確かに宿った、70年代英国女性シンガーソングライター屈指の名盤である。
トラックリスト
- A1 - The Sun In My Eyes
- A2 - You Set My Gypsy Blood Free
- A3 - Answering You
- A4 - The Boulevard Song
- A5 - Easy
- B1 - Sons Of The Free
- B2 - Hide And Seek
- B3 - Firstborn Of The Earth
- B4 - Man Of Storm
Yanni – Keys To Imagination (1986)
後にアテネのアクロポリスやインドのタージ・マハルでの壮大なオーケストラ・コンサートを成功させ、インストゥルメンタル/ニューエイジ・ミュージックの世界で破格のスーパースターとなるギリシャ出身の鍵盤奏者/作曲家、ヤニー(Yanni)。彼が元タンジェリン・ドリームのピーター・バウマン主宰の名門レーベル「プライベート・ミュージック(Private Music)」へ電撃移籍し、1986年に放った記念碑的2ndアルバム『Keys To Imagination』は、シンセサイザー・ミュージックの地平を劇的に塗り替えた金字塔である。
ピーター・バウマンのPrivate Musicとの邂逅と、情熱のシンセ・オーケストレーション
カメレオン(Chameleon)というプログレッシヴ・ロック/ポップ・バンドでの活動を経てソロに転じたヤニー。本作はミネアポリスのプライベート・スタジオにて、1日15時間にも及ぶ緻密な作業の末に完成された。複数のキーボードをMIDIでリンクさせ、音色ごとに異なるエンベロープとレイヤーを綿密に重ね合わせる手法により、当時のデジタル全盛期にあって異例とも言えるふくよかな温かみと圧倒的なダイナミクスを獲得している。
アンビエントや環境音楽としてのニューエイジとは一線を画す、プログレッシヴ・ロック由来の強烈なアタック感と、地中海の血脈がもたらす熱情。ドラマティックな起承転結を伴ったそのサウンドスケープは、まさに「イマジネーションへの鍵」というアルバム名通りの豊かな色彩を放つ。
不朽の代表曲「Santorini」の飛翔と、哀愁のピアノ「Nostalgia」
何よりも本作を歴史的名盤たらしめているのは、ヤニーの全キャリアを通じて最大の代表曲となった名曲「Santorini(サントリーニ)」の存在だ。故郷ギリシャのエーゲ海に浮かぶ美しい島をモチーフにしたこの楽曲は、ファンファーレのような高揚感あふれるブラス・シンセのリフと、変拍子を交えた躍動的なシーケンスが疾走し、聴き手を圧倒的なカタルシスへと導く。
一方で、切ないメロディが琴線を震わせる名ピアノ・バラード「Nostalgia」や、万華鏡のように表情を変える長尺曲「Looking Glass」、そしてスリリングな展開美を誇る表題曲「Keys To Imagination」など、アルバム全体のトータルな完成度も極めて高い。単なる電子音楽の枠を軽々と飛び越え、壮大なシンフォニーを一人で紡ぎ出す職人技が全編に漲っている。
80年代シンセ・ミュージックの到達点にして、世界的巨匠への第一歩
冷徹になりがちだった80年代のシンセサイザー・サウンドに、類まれな人間的エモーションと地中海の豊かなロマンティシズムを注ぎ込んだ本作。この成功がのちの世界的ブレイクへと直結したことからも分かる通り、ヤニーという稀代のメロディメーカーが持つ天性の才気が最もピュアな形で結実した、エレクトロニック・インストゥルメンタルの必聴盤である。
トラックリスト
- A1 - North Shore (5:06)
- A2 - Looking Glass (6:39)
- A3 - Nostalgia (4:29)
- A4 - Santorini (4:35)
- B1 - Port Of Mystery (4:49)
- B2 - Keys To Imagination (5:15)
- B3 - Forgotten Yesterdays (3:29)
- B4 - Forbidden Dreams (3:57)
Naxatras – V (2025)
ギリシャ・テッサロニキの地下シーンから頭角を現し、アナログ・テープによる一発録音のサイケデリック・ジャムで世界中のヘヴィ・サイケ/ストーナー信奉者を熱狂させてきたカルテット、ナクサトラス(Naxatras)。キーボードを正式導入してプログレッシヴ・ロックへの飛翔を遂げた前作『IV』(2022)を経て、2025年2月に完全自主制作で放たれた待望の通算5作目『V』は、彼らのコズミック・スペース・ロック叙事詩が映画的な壮大さと構築美の頂点へと到達した傑作である。
星々のゲートウェイと古代の要塞:SF的伝承を紡ぐトータル・コンセプト
付属のインサートに刻まれた暗号めいた散文が示す通り、本作は星々の彼方に聳える古代要塞「シタデル(The Citadel)」と、時空の狭間でゲートウェイを見守る存在「スペースキーパー(Spacekeeper)」を巡るSF神話を描いたコンセプチュアルな作品だ。全8曲・トータル42分というヴァイナル・フォーマットに最適化されたタイトな構成の中に、寸分の隙もないスペイシーな物語世界が凝縮されている。
初期の泥臭いストーナー・リフから脱皮し、ピンク・フロイドやアラン・パーソンズ・プロジェクト直系のスペーシーなシンセ・テクスチャーと、地中海・中東音楽のエキゾチックな旋律美を融合。帯付きの美麗なアートワークも含め、彼らのトータル・アートとしての美意識が遺憾なく発揮されている。
オリエンタルなフルートが舞う「Spacekeeper」から、怒涛の終曲「The Citadel」へ
静謐な星屑の瞬きを描く「Celestial Gaze」で幕を開けると、先行シングルとなった「Spacekeeper」ではムーグ・シンセサイザーのパルスとエキゾチックなフルートが交錯し、リスナーを時間軸の外側へとトリップさせる。ジョン・デリアスの伸びやかなギタートーンは、デヴィッド・ギルモアを思わせる至福のサステインを響かせ、広大な宇宙空間を旅するような浮遊感をもたらす。
さらにヘヴィなリフがうねる「Breathing Fire」や、乾いた砂塵の彼方に蜃気楼を映し出す「Sand Halo」を経て、アルバムはクライマックスの表題曲「The Citadel」へと雪崩れ込む。ホークウィンド直系の力強いドライブ感と、幾重にも重なるシンセのファンファーレが炸裂するフィナーレは、現代スペース・ロック屈指の昂揚感を誇る。
現代ヨーロッパ・サイケデリック・シーンが到達した最高峰の銀河旅行
ジャム・バンドとしての野生味を失うことなく、高度な作曲術とヴィンテージ・プログレッシヴの格式を手に入れたナクサトラス。重厚なドラムとベースのグルーヴを土台に、光と闇が交錯する音響絵巻を描ききった本作『V』は、2020年代のヘヴィ・サイケデリア/ネオ・スペース・ロックを代表する金字塔として長く語り継がれるだろう。
トラックリスト
- A1 - Celestial Gaze (5:05)
- A2 - Spacekeeper (5:09)
- A3 - Numenia (5:09)
- A4 - Utopian Structures (5:29)
- B1 - Breathing Fire (5:17)
- B2 - Legion (4:51)
- B3 - Sand Halo (6:01)
- B4 - The Citadel (5:55)
Black Widow – Black Widow (1990)
1970年、黒魔術の儀式と悪魔崇拝を前面に押し出した衝撃作『サクリファイス(Sacrifice)』によって、ブラック・サバスと並びオカルト・ロックの開祖として英国音楽界を震撼させたブラック・ウィドウ(Black Widow)。スキャンダラスなパブリック・イメージが先行した彼らが、ギミックを削ぎ落とし、純粋な音楽集団としての高度なアンサンブルを証明すべく1971年に英CBSより放った勝負作が、このセルフタイトル2ndアルバム『Black Widow』(通称『Black Widow II』)である。本作は1990年に独Repertoire Recordsが初期の豪華見開きジャケットを忠実に再現してリイシューした名盤だ。
オカルトの呪縛からの解放と、ジャズ/フォーク・プログレへの音楽的深化
悪魔儀式を取り入れた過激なステージ演出によって世間を騒がせた前作の反動から、バンドはあえて黒魔術的なモチーフを封印。ギタリスト兼メイン・ソングライターのジム・ギャノン(Jim Gannon)を中心に、初期キング・クリムゾンやジェスロ・タル、オーディエンス(Audience)らと共鳴する、格調高くプログレッシヴなソングライティングへと舵を切った。
クライヴ・ジョーンズ(Clive Jones)の吹き鳴らすフルートとサックス、ズート・テイラーの重厚なハモンド・オルガンと繊細なピアノ、そしてキップ・トレヴァーのソウルフルなヴォーカル。彼らが織りなすアンサンブルは、ハードロックの枠組みを超え、英国トラッド・フォークの哀愁とスモーキーなジャズ・ロックの語法が美しく溶け合っている。
9分に迫る長編「Tears And Wine」から、哀愁の物語「Mary Clark」へ
アルバムの冒頭を飾る9分近い大作「Tears And Wine」は、本作の音楽的成熟を象徴する屈指の名演だ。静謐なアコースティックの爪弾きとメランコリックなフルートから始まり、やがてジム・ギャノンによるブルージーで流麗なロング・ギター・ソロが炸裂する展開は、70年代初頭のブリティッシュ・アンダーグラウンド屈指の美しさを誇る。
続く「The Gypsy」のエキゾチックな疾走感、哀愁のメロディが胸を締め付ける叙情詩「Mary Clark」、そしてドラマティックな展開美を見せる「Legend Of Creation」に至るまで、全編を通じて一切の無駄がない。扇情的な仕掛けを排したことで、個々のプレイヤーの卓越した技量と楽曲自体の豊かさが白日のもとに晒されている。
ギミックの影に隠れていた、真の英国プログレッシヴ・ロックの逸品
当時は前作のオカルト路線を期待したファンを困惑させ、商業的には不当に低迷したものの、時を経た現在ではブリティッシュ・プログレッシヴ・ロック草創期の名作として極めて高い評価を獲得している。ドイツの名門Repertoireによる本作のアナログ復刻は、彼らが単なるキワモノではなく、一流の音楽的知性と叙情性を備えた真のプログレッシヴ・バンドであったことを鮮烈に物語っている。
トラックリスト
- A1 - Tears And Wine
- A2 - The Gypsy
- A3 - Bridge Passage
- A4 - When My Mind Was Young
- A5 - The Journey
- B1 - Poser
- B2 - Mary Clark
- B3 - Wait Until Tomorrow
- B4 - An Afterthought
- B5 - Legend Of Creation
Visible Wind – Catharsis (1988)
アルモニウムやマネージュといった名バンドを輩出し、独自のシンフォニック・ロック文化を育んできたカナダ・ケベック州。その肥沃な土壌から80年代末に登場したヴィジブル・ウィンド(Visible Wind)は、英ネオ・プログレッシヴ・ロックの系譜を受け継ぎながら、北米インディーズ特有の澄んだ叙情美を極めた名グループだ。1988年に完全自主制作でリリースされた記念すべきデビュー作『Catharsis』は、マリリオンやペンドラゴン、そして中期ジェネシスのファンを虜にし続ける、80sネオ・プログの隠れた名盤である。
モントリオールStudio 270録音と、ケベックから響く英国叙情詩の調べ
モントリオールのアウトレモンにある名所「Studio 270」にて1988年1月から4月にかけて録音された本作。フランス語圏ケベックのバンドでありながら、あえて全編英語詞を選択した彼らのサウンドは、70年代英国のジェネシス(とりわけ『静寂の嵐(Wind & Wuthering)』期)や初期キャメルが持っていた、どこまでも優美で哀愁に満ちたロマンティシズムを色濃く宿している。
シンセサイザーとメロトロンの重層的なレイヤーが織りなす幻想的な空間の中を、フィリップ・ブーシェの情感豊かなギターが流麗に舞う。80年代後半のプログレ不毛期にあって、トレンドのデジタル・ビートに媚びることなく、じっくりと物語を紡ぎ出すオーセンティックなシンフォニック・スタイルを貫き通した姿勢が清々しい。
クリストファー・ウェルズの演劇的ヴォーカルと、ドラマティックな大曲群
バンドの最大の魅力となっているのが、フロントマンであるクリストファー・ウェルズ(Christopher Wells)の表現力豊かな歌声だ。ピーター・ガブリエルやマリリオンのフィッシュを想起させるシアトリカルで熱を帯びたヴォーカル・デリヴァリーは、楽曲に深い陰影とドラマ性を与えている。
8分を超える大曲「The False Truths」では、繊細なピアノの序奏から劇的な転調を繰り返し、緊張感とカタルシスが交互に押し寄せるネオ・プログの真骨頂を提示。さらに7分半に及ぶ表題曲「Catharsis」の崇高なクライマックスや、ラストを飾るインストゥルメンタル「Les Tortues Schizophrènes Marchent Vers Leur Destin / Les Trois Lacs」に至るまで、組曲的なダイナミズムが息をつかせない。
自主制作が生んだ奇跡:80年代アンダーグラウンド・シンフォニックの秘宝
自主レーベル「Visible Wind Musik」から少部数プレスされたオリジナルのアナログ盤は、インサート付きの仕様も含めて現在では入手困難なコレクターズ・ピースとして知られている。後の『A Mystical Sadness』(1991)へと繋がる彼らの音楽的冒険の原点であり、北米プログレッシヴ・ロックの豊かな多様性を証明する、まさに清冽な風のような美しさをたたえた名品である。
トラックリスト
- A1 - Blind Regards (3:27)
- A2 - The False Truths (8:42)
- A3 - Learning To Bloom (3:50)
- A4 - Wedding Game (5:18)
- B1 - Catharsis (7:32)
- B2 - Wrong Time, Wrong Place (6:37)
- B3 - Les Tortues Schizophrènes Marchent Vers Leur Destin / Les Trois Lacs (8:49)
Various – The British Psychedelic Trip Vol. 3 1966-1969 (1987)
米国のガレージ/サイケデリック・シーンを総括した『ナゲッツ(Nuggets)』に対し、60年代後半の英国スウィンギング・ロンドン地下シーンの眩惑と混沌を余すところなく掘り起こした金字塔シリーズが、英See For Miles Recordsが誇る『The British Psychedelic Trip』である。1987年にリリースされた第3集『Vol. 3 1966-1969』は、後にCD化されることなくアナログ盤オンリーのままカルト的な人気を保ち続けている、英国フリークビート〜トイタウン・サイケデリアの聖典とも言える一枚だ。
See For Milesによる発掘美学と、メジャー配給から零れ落ちた幻のマスター
コリン・マイルズ率いるSee For Milesは、80年代において最も先見性を持った再発レーベルのひとつだった。本作に収められているのは、ポリグラム/デッカ系列のアーカイヴから厳選された全20曲。アルバムを一枚も残すことなく散っていったシングル・オンリーのアクトから、のちにスーパースターとなる若き才能の最初期の狂い咲きまで、当時の英国ロックの豊饒なアンダーグラウンドを鮮烈に捉えている。
ディネス・クラックシャンクによる詳細なライナーノーツとともに編纂された本作は、単なるレアトラック集にとどまらず、歪んだファズ・ギターとメロトロン、おとぎ話のようなバロック・ポップの旋律が交錯する英国特有の「アシッド・フォークロア」のパノラマを現出させている。
オープン・マインドの狂乱ファズから、若きマーク・ボランの反逆劇まで
ハイライトを挙げれば枚挙にいとまがない。B面冒頭を飾るジ・オープン・マインド(The Open Mind)の「Magic Potion」と「Cast A Spell」は、英国フリークビート/プロト・メタルの頂点として名高い超弩級のヘヴィ・サイケ・チューンだ。鼓膜を切り裂くファズ・リフと疾走するドラムは、モッズ・カルチャーがドラッグ体験を通じて変貌を遂げた瞬間の爆発力を叩きつける。
さらに、T・レックス結成前の若きマーク・ボランが在籍し、全英BBCで放送禁止騒動を巻き起こしたジョンズ・チルドレン(John’s Children)のモッド・パンク・アンセム「Desdemona」、ジミー・ペイジがセッション参加したことで知られるアル・スチュワート(Al Stewart)の幻のデビュー・シングル「The Elf」、そしてカレイドスコープ(Kaleidoscope)の可憐なトイタウン・ポップの至宝「Jenny Artichoke」やジェイソン・クレスト(Jason Crest)のサイケ・ポップなど、まさに一秒の無駄もない。
英国サイケデリア黄金期の地下水脈を完璧に封じ込めたアナログの宝箱
ビートルズの『サージェント・ペパーズ』やピンク・フロイドの『夜明けの口笛吹き』がチャートを彩る背後で、ロンドンのUFOクラブや地方のダンスホールで鳴り響いていた真のリアル・サイケデリック・サウンド。レコードの溝から立ち上るリバース・テープやフェイザーの渦は、半世紀を経た今もなお鮮烈な幻覚を聴き手にもたらしてくれる。
トラックリスト
- A1 - The Human Instinct – Renaissance Fair
- A2 - The Cuppa T – Miss Pinkerton
- A3 - Toby Twirl – Toffee Apple Sunday
- A4 - Cherry Smash – Green Plant
- A5 - The Californians – Follow Me
- A6 - The Outer Limits – Just One More Chance
- A7 - Les Sauterelles – Heavenly Club
- A8 - Elliots Sunshine – 'Cos I'm Lonely
- A9 - Jason Crest – Turquoise Tandem Cycle
- A10 - Kaleidoscope (2) – Jenny Artichoke
- B1 - The Open Mind – Magic Potion
- B2 - The Open Mind – Cast A Spell
- B3 - Keith Shields – Deep Inside Your Mind
- B4 - Al Stewart – The Elf
- B5 - Crocheted Doughnut Ring – Happy Castle
- B6 - The Human Instinct – Death At The Seaside
- B7 - The Virgin Sleep – Secret
- B8 - Tinkerbells Fairydust – In My Magic Garden
- B9 - Turquoise (3) – Woodstock
- B10 - John's Children – Desdemona
Various – The Dutch Explosion (Hollands Greatest Hits) (1969)
60年代末、ショッキング・ブルーの「ヴィーナス」やゴールデン・イヤリングが世界的なチャートを席巻する直前、オランダのポップ/ロック・シーン(通称「ネーデルビート:Nederbeat」)は独自の狂熱と洗練を極めていた。ザ・タートルズ(The Turtles)を擁した米国の名門インディー・レーベル「ホワイト・ホエール(White Whale Records)」が、1969年に北米マーケットへ向けてオランダの最新鋭ヒットと気鋭アクトをパッケージ化して送り出した歴史的オムニバスが本作『The Dutch Explosion (Hollands Greatest Hits)』である。
米White Whaleレーベルによるネーデルビートの越境キュレーション
英米のブリティッシュ・インヴェイジョンやガレージ・パンクを吸収しながら、ヨーロッパ大陸特有の哀愁と異国情緒を織り交ぜて独自の進化を遂げた60年代オランダのビート・ミュージック。本作は、現地のフィリップスやポリドール周辺の熱狂的な音源から、アメリカのリスナーを射抜くポテンシャルを持った楽曲を厳選したショーケース的性格を持つ。
当時のオランダ・ポップス界のフィクサーであり、のちに世界的なヒットを連発する名プロデューサー/ソングライターのハンス・ファン・ヘーメルト(Hans van Hemert)のソロ・ナンバーをはじめ、現地のリアルなスタジオ・ワークの熱気が濃密にパッケージされている。
クリエイションの名曲カヴァーから、サンドラ・リーマーの可憐なサイケ・ポップまで
A面冒頭を飾るビッグ・ホイール(Big Wheel)による「If I Stay Too Long」は、英フリークビートの雄ザ・クリエイション(The Creation)の隠れた名曲を取り上げた名演だ。重厚なオルガンとファズ・ギター、そしてソウルフルなヴォーカルが絡み合うアレンジは、原曲の持つサイケデリック・ソウル感覚を極上のグルーヴで見事に再解釈している。
さらに、インドネシアにルーツを持ち、のちにユーロビジョン等でも国民的人気を博す女性シンガー、サンドラ・リーマー(Sandra Reemer)の可憐な歌声が光る「Since You Have Gone」や「Love Is Like A Rainbow」は、ソフトロックとフリークビートの狭間に咲いた可憐な花のような輝きを放つ。ジェイ・ジェイズ(Jay-Jays)のソリッドなビート・ロックや、ザ・クーパーズ(The Coopers)の哀愁漂うフォーキー・ガレージに至るまで、当時のオランダ音楽シーンの層の厚さを雄弁に物語る。
60sガレージ/フリークビート探求者必聴のタイムカプセル
『ナゲッツ(Nuggets)』や『ペブルス(Pebbles)』といった後年のガレージ・コンピレーションの先駆とも言える、1969年当時のリアルタイムな熱気を捉えた貴重なドキュメント。英米のロックとは一味異なる、どこかメランコリックでキャッチーなメロディと荒削りなガレージ・サウンドが同居したネーデルビートの芳醇な魅力を味わう上で、コレクターにとっても見逃せないタイムカプセル的一枚である。
トラックリスト
- A1 - Big Wheel – If I Stay Too Long (3:44)
- A2 - Hans Van Hemert – My Little Girlie (2:26)
- A3 - Sandra Reemer – Since You Have Gone (2:56)
- A4 - Los Piratos – Whoopy Whistle (2:51)
- A5 - Bobby Green Selection – What's That Sound (2:37)
- A6 - Sandra Reemer – Love Is Like A Rainbow (2:55)
- B1 - The Coopers – Leave This Man Alone (2:59)
- B2 - Big Wheel – What A Day, What A Day (2:56)
- B3 - Jay-Jays – I Know In My Mind (2:20)
- B4 - Los Piratos – Boem (2:04)
- B5 - Big Wheel – Little Women (2:30)
- B6 - The Coopers – Didn't I (2:26)
It Bites – The Big Lad In The Windmill (1986)
80年代半ばの英国音楽シーンにおいて、チャートを席巻するキャッチーなポップ・センスと、70年代プログレッシヴ・ロックの緻密な超絶技巧をこれほど痛快かつスリリングに衝突させたバンドは他に存在しないだろう。イングランド北部カンブリア州出身の4人組、イット・バイツ(It Bites)が1986年に名門Virginから放った衝撃のデビュー・アルバム『The Big Lad In The Windmill』は、「プログ・ポップ(Prog-Pop)」というジャンルの頂点に君臨する大傑作である。
アラン・シャックロックの手腕と、全英6位「Calling All The Heroes」の衝撃
元ベイブ・ルースのギタリストであり、名プロデューサーとして鳴らしたアラン・シャックロック(Alan Shacklock)を迎え、名門RAKスタジオで録音された本作。シャックロックが施した80年代特有のゲート・リバーブの効いたビッグなドラム・サウンドと煌びやかなシンセサイザーのレイヤーは、一聴するとMTV全盛期のメインストリーム・ポップそのものの華やかさを湛えている。
その極めつけが、全英シングル・チャート第6位を記録した大名曲「Calling All The Heroes」だ。少年漫画のような躍動感あふれるアンセムでありながら、裏では複雑怪奇なキメと変拍子が平然と組み込まれ、お茶の間を熱狂させながらプログレ・マニアを唖然とさせるという痛快な離れ業を演じてみせた。
フランシス・ダナリーの狂気的ギター・ワーク:ホールズワース直系の変態性
本作の最大の推進力となっているのが、フロントマンであるフランシス・ダナリー(Francis Dunnery)の鬼気迫るギター・プレイだ。ダナリー自身が自らのスタイルを「狂人の音楽(Nutter’s Music)」と形容した通り、キャッチーなサビが終わった途端、アラン・ホールズワースを彷彿とさせる流麗なレガート奏法やアクロバティックなアーミング、予測不能なディソナンス(不協和音)を伴う高速タッピングが容赦なく炸裂する。
ジョン・ベックのカラフルかつ知的なキーボード・アレンジ、ディック・ノーランのファンキーなベース、そしてボブ・ダルトンの強靭なタイム感によるドラミングが一体となったアンサンブルは、「Turn Me Loose」や7分を超える大作「You’ll Never Go To Heaven」において、イエスやジェネシスが持っていた壮大な構築美を80年代のスピード感で再定義している。
ポップとプログレの狭間で異彩を放ち続ける孤高のモニュメント
あまりにも高度な演奏技術ゆえに当時の純粋なポップ・ファンには「風変わり」と映り、あまりにもポップでダンサブルだったために頭の固いプログレ純血主義者からは嫉妬混じりの敬遠をされたという数奇な運命を辿ったイット・バイツ。しかし、そのジャンル分けをあざ笑うかのような自由奔放さと圧倒的な完成度は、後進のテクニカル・ロック勢やプログレッシヴ・メタル勢に計り知れない影響を与え続けている。80年代の英国ロックが生み落とした、最も知的で最も狂気じみたエンターテインメントの結晶だ。
トラックリスト
- A1 - I Got You Eating Out Of My Hand (5:37)
- A2 - All In Red (3:31)
- A3 - Whole New World (4:25)
- A4 - Screaming On The Beaches (3:45)
- A5 - Wanna Shout (3:29)
- B1 - Turn Me Loose (4:11)
- B2 - Cold, Tired And Hungry (4:16)
- B3 - Calling All The Heroes (5:33)
- B4 - You'll Never Go To Heaven (7:12)
- B5 - The Big Lad In The Windmill (0:48)
Martha And The Muffins – Trance And Dance (1980)
世界的な大ヒットとなったシングル「Echo Beach」の瑞々しいメランコリーによって、一躍ニューウェイヴ・シーンの寵児となったカナダ・トロント出身のアート・ポップ・グループ、マーサ・アンド・ザ・マフィンズ(Martha and the Muffins)。世界的な成功のプレッシャーが押し寄せる中、わずか半年余りのインターバルで英DinDiscより1980年秋に放たれた2ndアルバム『Trance And Dance』は、前作のポップな親しみやすさを大胆に裏切り、より冷徹で催眠的なポストパンクの実験精神へと潜行した意欲作である。
マイク・ハウレットのプロデュースと、マナー・スタジオでの濃密なセッション
元ゴング(Gong)のベーシストであり、OMDやシンプル・マインズ初期の名盤を手掛けたニューウェイヴの職人プロデューサー、マイク・ハウレット(Mike Howlett)が前作に引き続いて指揮を執り、英国オックスフォードシャーの名門マナー・スタジオ(The Manor)で録音された。本作が持つ特異な音響空間は、マイク・ハウレットの明晰なプロダクションと、バンドが持つ醒めたアート・スクール的感性との摩擦から生まれている。
マーサ・ジョンソンとマーサ・ラドリーという「2人のマーサ」が織りなす無機質でクールなヴォーカル・アンサンブル、カール・フィンクルの強靭なベースライン、そしてアンディ・ハースによる時に不協和音を奏でるフリーキーなサックス。ポップ・ソングの定型を脱構築し、ミニマルな反復とニューウェイヴ特有のアンニュイを前景化させたアレンジメントが随所に光る。
都市の倦怠を描く「Suburban Dream」から、7分に及ぶ表題曲のトランスへ
遊園地の不穏な情景をスケッチした「Luna Park」に続き、郊外生活の退屈と閉塞感を鋭く切り取るシングル曲「Suburban Dream」では、乾いたギターカッティングと跳ねるビートが絶妙な緊張感を醸し出す。さらに「Was Ezo」や「Symptomatic Love」で見せるミニマルでダビーな空間処理は、トーキング・ヘッズやヤング・マーブル・ジャイアンツの同時代的なアプローチとも共鳴している。
クリス・スペディングの痛快なロックンロール「Motorbikin’」を無機質なニューウェイヴ・ファンクへと解体した異色のカヴァーを経て、アルバムの掉尾を飾る7分超の表題曲「Trance And Dance」へと至る展開は圧巻だ。タイトル通り、執拗なリズムの反復と冷ややかなシンセサイザーのレイヤーが聴き手を催眠的なトランス状態へと誘い込む。
オリジナル・ラインナップ最後の煌めきと、深化を遂げたアート・ポップの結晶
本作のリリース後、ヴィジュアル面でも重要な役割を果たしていたマーサ・ラドリー(のちにピーター・サヴィルらとアートデザインに携わる)やカール・フィンクルが脱退したため、本作はオリジナル・メンバー6人が揃った最後の記録となった。「Echo Beachの続編」を期待した当時の商業的評価からは賛否を呼んだものの、安易なヒットの複製を拒絶し、アート・パンクとしての矜持と冷徹な実験性を貫いた本作の価値は、今日において極めて高い再評価を獲得している。
トラックリスト
- A1 - Luna Park (3:11)
- A2 - Suburban Dream (3:27)
- A3 - Was Ezo (4:00)
- A4 - Teddy The Dink (3:27)
- A5 - Symptomatic Love (4:08)
- A6 - Primal Weekend (5:10)
- B1 - Halfway Through The Week (3:40)
- B2 - Am I On? (3:24)
- B3 - Motorbikin' (2:55)
- B4 - About Insomnia (3:10)
- B5 - Be Blasé (2:39)
- B6 - Trance And Dance (7:14)
The Snake Corps – Flesh On Flesh (1985)
80年代英国インディーズ・シーンにおいて、冷徹な哀愁と霧がかったドリーム・ポップの美学を確立した名バンド、サッド・ラヴァーズ&ジャイアンツ(Sad Lovers & Giants)。そのギタリストであったトリスタン・ギャレル=ファンク(Tristan Garel-Funk)がバンド解散直後の1984年に結成したスネイプ・コープス(The Snake Corps)は、前身バンドのエレガントな耽美主義を継承しつつ、よりダイナミックで骨太なポストパンク/ゴシック・ロックの突進力を融合させた伝説のグループだ。1985年に名門Midnight Musicからリリースされた1stアルバム『Flesh On Flesh』は、ダークウェイヴの歴史に燦然と輝く隠れた金字塔である。
アラスカ・スタジオの濃密な空気感と、Suicide/Homicideと題された二部構成
コクトー・ツインズやジーザス&メリー・チェインらも使用したロンドンの名拠点、アラスカ・スタジオ(Alaska Studios)で録音された本作は、アナログ盤のA面に「Suicide(自殺)」、B面に「Homicide(他殺)」という不穏なテーマを冠したコンセプチュアルな構成を持つ。リズム隊にはアナーコ・パンクの伝説ルーディメンタリー・ペニ(Rudimentary Peni)のドラマー、ジョン・グレヴィルを迎え、地を這う重厚なビートを導入したことで、サウンドは前身バンドよりも遥かに強靭な肉体性を獲得した。
トリスタンのトレードマークである、コーラス・エフェクトが深くかかった冷ややかなジャングル・ギターのアルペジオが空間を切り裂く。そこに重なるマーク・ルイス(Marc Lewis)のヴォーカルは、ザ・サウンドのエイドリアン・ボーランドやザ・カメレオンズのマーク・バージェスを想起させる情熱的なバリトンであり、陰鬱な世界観の中に圧倒的なエモーションの光を灯している。
疾走するアンセム「Victory Parade」から陰影深き「Science Kills」へ
オープニングの「Victory Parade」が叩きつけるドラムと鋭利なリフは、聴き手を一瞬にして80年代半ばの薄暗いロンドンの地下クラブへと引きずり込む。焦燥感に満ちたメロディが疾走する「Animals All」や、切なさを湛えたサビが胸に迫る名曲「Save My Heart」など、キャッチーなソングライティングと哀愁のメランコリーが完璧な均衡を保っている。
B面「Homicide」の幕開けを飾る「Science Kills」では、テンポを落としつつも張り詰めたサスペンスと荘厳なスケール感が際立ち、「Look East For Eden」では中東的なオリエンタリズムを滲ませたダーク・サイケデリアを展開。単なるゴス・ロックの枠に収まらない多彩なアレンジメントが冴え渡る。
メジャーの波に呑まれず、地下で純度を守り抜いたポストパンクの美学
ジョン・ピールをはじめとする熱心なインディー信奉者から絶賛されながらも、当時の英国音楽誌の過度な流行偏重によって正当な評価が遅れた本作。しかし、ヨーロッパ大陸での熱烈なツアー活動と、後年の再評価によって、現在では80年代ポストパンク/ネオ・サイケデリックが生んだ最も完成度の高いデビュー・アルバムのひとつとして揺ぎない地位を築いている。レコードの溝から響く鋭利なギターと情熱的な咆哮は、今聴いても一切の古びを感じさせない。
トラックリスト
- A1 - Victory Parade (4:09)
- A2 - Animals All (3:38)
- A3 - Save My Heart (3:54)
- A4 - Man In The Mirror (3:36)
- A5 - Miracle (3:42)
- B1 - Science Kills (5:06)
- B2 - Another Monday (4:18)
- B3 - Look East For Eden (4:06)
- B4 - House Of Man (4:17)
- B5 - Flesh On Flesh (1:54)
Theo Travis – The Tonefloat Sessions (2009)
英国カンタベリー・ロックやプログレッシヴ・ロックの正統を受け継ぎ、ソフト・マシーン(Soft Machine)やゴング(Gong)、ロバート・フリップ(Travis & Fripp)、そしてスティーヴン・ウィルソンの諸作でその類まれなリリシズムを響かせてきた名管楽器奏者、セオ・トラヴィス(Theo Travis)。彼が、ヴィドナ・オプマナ(vidnaObmana)の名でも名高いベルギーのアンビエント/ドローン界の巨匠ディルク・セリーズ(Dirk Serries)のソロ・プロジェクト、フィア・フォールズ・バーニング(Fear Falls Burning)と邂逅を果たした作品が、2009年にオランダの音響名門Tonefloatより限定ヴァイナルで放たれた『The Tonefloat Sessions』である。
限定200枚のダークブルー盤:Tonefloatが体現する美意識と静寂の美学
ポキュパイン・ツリーやベース・コミュニオン(Bass Communion)など、洗練されたアートワークと徹底したオーディオファイル仕様のヴァイナル・リリースで熱狂的な支持を集めるオランダのレーベル「Tonefloat」。本作はわずか200枚のみプレスされたダークブルー・カラーヴァイナル仕様の完全限定盤として世に送り出された。A面「The Lamentation Returns」とB面「Melancholy Of The Masses」という2つの長大な即興音響絵巻のみで構成されたフォーマットそのものが、本作のストイックな純度を象徴している。
セリーズが構築するのは、エレキギターの原音をエフェクトのフィードバックとループによって無限に引き延ばした、重厚にして幾重にも折り重なるドローンの壁だ。冷徹な金属質と暖かな倍音が共存するこの音の海は、轟音でありながらどこまでも静謐な瞑想空間を現出させる。
重層的ギター・ドローンと、咽び泣く木管楽器の邂逅:ダークジャズの深淵へ
そこにセオ・トラヴィスのソプラノ・サックスとアルト・フルートが吹き込まれた瞬間、無機質なドローン空間は息を呑むほど情緒的な生命の息吹を宿す。トラヴィスの奏でる旋律は、ドローンに埋没することなく、霧の中に差し込む一条の月光のように哀切な弧を描いていく。
フリージャズのようなアブストラクトな破壊衝動ではなく、ECMレーベルの諸作やアンビエント・ジャズの傑作群を想起させる深い内省と詩情。2人の音楽家が互いの呼吸と空間の余白を極限まで研ぎ澄ませながら対話を重ねていく様は、ボームレン(Bohren & der Club of Gore)などのダークジャズにも通じる底知れぬ孤独と美しさを湛えている。
深夜の暗闇で対峙すべき、極上のミニマリズム・アート
一切のビートを排し、音の持続と減衰、そして空気の震えそのものを聴かせる本作は、アナログ盤の溝に刻まれた微小なニュアンスまでも余すところなく味わい尽くすためのレコードだ。プログレッシヴ・ロックの文脈を超え、現代アンビエント/ドローン・ミュージックの記念碑的コラボレーションとして、耳の肥えた音響探求者に永遠の安らぎと緊張感をもたらす逸品である。
トラックリスト
- A - The Lamentation Returns
- B - Melancholy Of The Masses
Rip Rig & Panic – Attitude (1983)
ザ・ポップ・グループ(The Pop Group)が放った政治的かつ音楽的な破滅のエネルギーが四散したのち、ブリストル〜ロンドンの地下シーンから最も鮮烈な祝祭の炎を立ち上げたのがリップ・リグ&パニック(Rip Rig & Panic)だ。ギャレス・セイガー(Gareth Sager)とブルース・スミス(Bruce Smith)を中心に結成され、当時まだ十代だったネナ・チェリー(Neneh Cherry)をフロントに擁した彼らが、1983年に名門Virginから放った3作目にしてラスト・アルバム『Attitude』は、アヴァン・ファンクとフリージャズ、そして弾けるポップ・センスが奇跡的な均衡で結実した大傑作である。
混沌から洗練へ:アダム・キドロンを迎えた構築美のグルーヴ
初期の『God』(1981)や『I Am Cold』(1982)が持っていた衝動的なノイズと即興的痙攣から一転、本作ではスクリッティ・ポリッティらを手掛けたアダム・キドロン(Adam Kidron)とセイガー自身が共同プロデュースを担当。彼らの代名詞である尖ったアフロ・ビートや変拍子、フリーキーなサックスの咆哮を巧みに引き締め、極めてダンサブルでソリッドなポストパンク・ファンクへと昇華させた。
マーク・スプリンガーが叩きつけるセロニアス・モンク直系の鋭利な不協和音ピアノと、夭折の天才ショーン・オリヴァーが唸らせる強靭なスラップ・ベース。そこにブルース・スミスのポリリズミックなドラミングが絡み合い、鋭利でありながら身体を直撃する躍動感を生み出している。
ネナ・チェリーの天性のカリスマと、ブリストル・サウンドへの架け橋
何よりも本作を輝かせているのは、のちにソロとして世界的成功を収めるネナ・チェリーの生命力あふれるヴォーカルだ。ドン・チェリーの義理の娘としてジャズの血を受け継ぎながら、ヒップホップ前夜のストリート感覚を宿した彼女の歌声は、「Keep The Sharks From Your Heart」や「Do The Tightrope」において前衛的なアンサンブルを鮮やかなポップ・アートへと塗り替えていく。
「Sunken Love」に見られるエキゾチックでダビーな音響処理や、中東音楽の旋律を取り入れた「Viva X Dreams」の混沌とした祝祭感には、のちにブリストルから勃興するトリップホップ(マッシヴ・アタックやポーティスヘッド)へと直結する多国籍ミクスチャーの遺伝子が確かに刻み込まれている。
80年代英国ポストパンクが到達した最も豊穣なミクスチャー・ミュージック
パンクのDIY精神、フリージャズの解体衝動、ラテン〜アフロのリズム、そしてソウル/ファンクの肉体性――それらすべてを「アティテュード(姿勢)」というタイトルのもとに呑み込み、ポップ・ミュージックの臨界点へと叩きつけた本作。リップ・リグ&パニックの短い活動期間における到達点であり、80年代初頭のポストパンク黄金期が遺した最も豊潤で冒険心に満ちたレコードである。
トラックリスト
- A1 - Keep The Sharks From Your Heart
- A2 - Sunken Love
- A3 - Rip Open, But Oh So Long Thy Wounds Take To Heal
- A4 - Do The Tightrope
- A5 - Intimacy, Just Gently Shimmer
- A6 - How That Spark Sets Me Aglow
- B1 - Alchemy In This Cemetry
- B2 - Beat The Beast
- B3 - The Birth Pangs Of Spring
- B4 - Eros; What Brings Colour Up The Stem?
- B5 - Push Your Tiny Body As High As Your Desire Can Take You
- B6 - Viva X Dreams
Pure Reason Revolution – Coming Up To Consciousness (2024)
2000年代初頭のデビュー以来、ピンク・フロイド直系の壮大なるサイケデリアと、スマッシング・パンプキンズを思わせるオルタナティヴ・ロックの重厚なダイナミズム、そして重層的な男女混声コーラスを融合させてきた英国プログレッシヴ・ロックの旗手、ピュア・リーズン・レヴォリューション(Pure Reason Revolution)。2024年に名門InsideOut Musicよりリリースされた通算6作目のスタジオ・アルバム『Coming Up To Consciousness』は、バンド史上最も内省的でありながら、比類なき音響的洗練を極めた傑作として結実した。
喪失と別れを見つめる個人的悲歌:安楽死と意識の浮上を巡る旅
活動再開後の『Eupnea』(2020)、『Above Cirrus』(2022)に続く本作は、ソングライター/フロントマンのジョン・コートニー(Jon Courtney)が、17年間にわたり人生を共にした愛犬の看取りと安楽死という極私的な悲痛を真正面から見つめたコンセプト作である。死と別れ、残酷なまでの時間経過、そして悲哀の底から意識がゆっくりと覚醒していくプロセスの生々しい感情の揺らぎが、アルバム全体を貫くダークかつ崇高な物語を紡ぎ出す。
脱退したクロエ・アルパーに代わり、本作ではオランダのダーク・フォーク界で活躍するアニッケ・シリーン(Annicke Shireen)がヴォーカルとして全面参加。コートニーとグレッグ・ジョンによるメロディに寄り添う彼女の透明感あふれる歌声は、初期からのトレードマークである緻密なポリフォニック・ハーモニーを新たな次元へと昇華させている。
ピンク・フロイドの重鎮ガイ・プラットと、ブルース・スードの音響美学
本作のサウンドを語る上で欠かせないのが、豪華な布陣による職人芸的なバックアップだ。ベースには、ピンク・フロイドやデヴィッド・ギルモアのツアー・メンバーとして名高い伝説的ベーシスト、ガイ・プラット(Guy Pratt)が参加(「Worship」を除く7曲を担当)。復帰したラヴィ・ケサヴァラムの推進力あるドラムスと相まって、極上のグルーヴとふくよかなローエンドを提供している。
さらに、現代プログレッシヴ・ロック界きっての名匠、ザ・パイナップル・シーフ(The Pineapple Thief)のブルース・スード(Bruce Soord)がアルバムのミックスを担当し、ギターでも客演。スティーヴ・キッチによるマスタリングと相まって、繊細なアコースティックのアルペジオから爆発的なディストーション・ギター、幽玄なシンセ・テクスチャーに至るまで、驚異的な空間解像度とダイナミクスが実現されている。
ヘヴィネスと静謐の美しき共存:現代プログ・ロックの到達点
緊張感に満ちたオープニング「Dig Till You Die」から、美しくも不穏なメロディが疾走する「Betrayal」、張り詰めたピアノと重厚なリフが交錯する「The Gallows」、そしてエモーショナルな終焉を描く「As We Disappear」に至るまで、アルバムは途切れることのない劇的なテンションを保ち続ける。現代のポスト・プログレッシヴ・シーンにおいて、感情の深淵と音響工芸の極致がこれほど完璧に調和した作品は稀有である。
トラックリスト
- A1 - Dig Till You Die (5:08)
- A2 - Betrayal (4:28)
- A3 - The Gallows (4:35)
- A4 - Useless Animal (4:17)
- B5 - Worship (5:13)
- B6 - Bend The Earth (6:36)
- B7 - Lifeless Creature (6:47)
- B8 - As We Disappear (4:49)
Zior – …Plus (1971)
70年代初頭の英国アンダーグラウンドにおいて、ブラック・サバスが提示した漆黒のヘヴィネスと、狂気をはらんだオカルト・サイケデリアを最も生々しく煮詰めていたバンドのひとつが、サウスエンド=オン=シー出身の4人組ジオリ(Zior)だ。1971年に名プロデューサーのラリー・ペイジが設立した伝説の短命レーベル「Nepentha」からリリースされた彼らのセルフタイトル・デビュー作は、半世紀を経た今もなお、プロト・ドゥーム/ブリティッシュ・ヘヴィ・サイケの「聖杯」としてカルト的な熱狂を呼び起こし続けている。本作『…Plus』は、1989年に英See For Miles Recordsが未発音源や幻の音源を網羅して編纂した決定的な拡張盤である。
キーフによる呪術的アートワークと、Nepenthaレーベルが放った暗黒の異形
ブラック・サバスの歴史的デビュー作やヴァーティゴ(Vertigo)の諸作で知られる写真家/デザイナー、キーフ(Keith “Keef” MacMillan)が手掛けた禍々しくも美しいアートワークが物語る通り、ジオリの音楽性は徹底して魔術的・背徳的なモチーフに彩られている。ライヴの現場ではブードゥー儀式や魔術的なパフォーマンスを取り入れ、当時のメディアから本物の黒魔術集団と恐れられたエピソードは有名だ。
キース・ボンサー(ヴォーカル、オルガン、フルート)の絞り出すような絶叫と奇怪なオルガン、ジョン・トルバのファズが歪み狂うギターリフ、そしてバリー・スキールズとピーター・ブリューワーによる重戦車のようなリズム隊。彼らが放つサウンドは、アトミック・ルースターやディープ・パープルの持つオルガン・ハードロックのドライブ感に、ドアーズの持つ呪術的酩酊感を毒薬のように注入したかのごとき凄まじい緊迫感を誇る。
ファズの狂宴「Za Za Za Zilda」から破滅の予言「Your Life Will Burn」へ
幕を開ける「I Really Do」の泥臭いブルース・ロックから一転、バンドの真骨頂が炸裂するのが問答無用のヘヴィ・サイケ・チューン「Za Za Za Zilda」だ。プリミティブなビートに乗せて繰り返される不穏なリフと呪文めいたコーラスは、一度聴いたら脳裏から離れない魔力を持つ。さらに、フルートが幽玄に舞う「Quabala」や、破滅的なタイトルが示す通りプロト・メタルの原型を叩きつける「Your Life Will Burn」など、当時のアンダーグラウンドの混沌とした熱気そのものが真空パックされている。
また、本作『…Plus』の大きな価値は、当時ドイツのみで極少数リリースされた幻の2ndアルバム『Every Inch A Man』収録曲や貴重なボーナストラックが惜しみなく追加収録されている点にある。彼らが変名バンド「Monument」としても密かに活動していたことからも分かる通り、その卓越した演奏力と底なしの創作意欲の全貌をこの1枚で俯瞰することができる。
ストーナー/ドゥーム・メタルの源流に聳え立つ、英国ロックの地下遺産
サバス直系のドゥーム・リフ、アシッドなブルース・ハープ、そして怪しくうねるハモンド・オルガン――のちのカテドラル(Cathedral)やエレクトリック・ウィザード(Electric Wizard)といった90年代以降のドゥーム/ストーナー勢が再評価したのも当然と言える、危険な芳香に満ちた音響世界。メジャーなメインストリームのロック史からは零れ落ちながらも、地下水脈で永遠に語り継がれるべき、真のブリティッシュ・ハード・ロックの暗黒名盤である。
トラックリスト
- A1 - I Really Do
- A2 - Za Za Za Zilda
- A3 - Love's Desire
- A4 - New Land
- A5 - Now I'm Sad
- A6 - Give Me Love
- A7 - Quabala
- A8 - Oh Mariya
- B1 - Your Life Will Burn
- B2 - I Was Fooling
- B3 - Before My Eyes Go Blind
- B4 - Rolling Thunder
- B5 - Dudi Judy
- B6 - Evolution
- B7 - Cat's Eyes
- B8 - Strange Kind Of Magic
- B9 - Ride Me Baby
E-I-E-I-O – Land Of Opportunity (1986)
80年代半ばのアメリカ中西部インディーズ・シーンにおいて、パンクの荒削りな衝動とアメリカン・ルーツ・ミュージックの哀愁をこれほど見事な純度で交差させた作品は他にないだろう。ウィスコンシン州ミルウォーキー出身の5人組バンド、E-I-E-I-Oが1986年に名門Frontier Recordsから放った鮮烈なデビュー・アルバム『Land Of Opportunity』は、いわゆる「カウパンク(Cowpunk)」や「ルーツ・ロック」の枠組みを遥かに凌駕する瑞々しい輝きを放ち続けている。
西海岸名門Frontierからの越境と、スティーヴ・バーリンによるプロデュース手腕
LAのハードコア・パンクやペイズリー・アンダーグラウンドの震源地として知られるFrontier Recordsが、中西部ミルウォーキーの泥臭いバー・バンドに白羽の矢を立てたという事実自体が、本作の特異な立ち位置を物語っている。プロデュースを手掛けたのは、当時Los Lobosでグラミー賞を獲得し、自身もThe Blastersなどでルーツ・ロックの最前線を走っていたスティーヴ・バーリン(Steve Berlin)と、ブライアン・ウィルソンやビーチ・ボーイズの作品で名高い名匠マーク・リネット(Mark Linett)だ。
バーリンの手腕は、バンドがライヴハウスで鍛え上げてきた荒削りな突進力を一切スポイルすることなく、ロカビリーやカントリー、フォークの伝統的な語法を鮮烈なインディー・ロックのダイナミズムへと研ぎ澄ませた点にある。さらに「Blue Mountaintop」には名匠T・ボーン・バーネット(T-Bone Burnett)がアコースティック・ギターで客演するなど、当時のルーツ・リバイバル最前線の重鎮たちが惜しみない信頼を寄せたプロダクションが施されている。
痛快なジャングル・ギターと哀愁のソングライティング:全曲捨て曲なしの熱量
オープニングを飾る「This Time」のイントロが鳴り響いた瞬間、胸のすくようなジャングリーなギターリフと跳ね回るビートが聴き手の心を掴む。スティーヴ・サマーズの伸びやかでどこか切なさを帯びたヴォーカルと、ロブ・ハーディング、マイク・ホフマンの鋭利なツイン・ギターが織りなすアンサンブルは、カントリーの軽妙さとガレージ・パンクの火花を同時に散らす。
息もつかせぬ疾走感で駆け抜ける「Go West Young Man」、ほろ苦いメロディが胸を打つバラード「Hello Heartache」、そして中西部の労働者階級のリアルな息遣いを切り取った「Hey, Hey, Round Here」に至るまで、全編にわたって一切の緩みがない。同じくウィスコンシン州から同時期にメジャーへ進出したBoDeansと並び称されながらも、E-I-E-I-Oの楽曲にはより生々しいストリートのざらつきと、純粋なロックンロールの気骨が宿っている。
90年代オルタナ・カントリーの夜明けを告げた隠れた金字塔
インディー・レーベルからのリリースという流通の制約もあり、本作は商業的な大ヒットには結びつかなかったものの、のちにアンクル・トゥペロ(Uncle Tupelo)やウィルコ(Wilco)、ジェイホークス(The Jayhawks)らが切り拓く「オルタナ・カントリー(No Depression)」ムーヴメントの決定的な先駆者として、今日ますますその歴史的評価を高めている。レコードの溝から立ちのぼる、80年代アメリカン・インディーズが持っていた無垢なエネルギーと豊かな音楽的土壌を体感する上で、絶対に素通りできない名盤である。
トラックリスト
- A1 - This Time
- A2 - Hello Heartache
- A3 - Get Back To Arkansas
- A4 - Tear It Down
- A5 - Me And Jesus Christ
- B1 - Go West Young Man
- B2 - Every Word True
- B3 - White Lines, Blue Skies, Black Top
- B4 - Blue Mountaintop
- B5 - Middle Of November
Mandrill – Beast From The East (1975)
パナマにルーツを持ち、ニューヨーク・ブルックリンのストリートで結成されたウィルソン3兄弟(カルロス、ルー、リック)を中心に、ジャズ、ラテン、アフロ・カリビアン、ロック、ファンクを縦横無尽に混交させた雑食性ミクスチャー・ファンクの先駆者、マンドリル(Mandrill)。ポリドール(Polydor)黄金期を経てユナイテッド・アーティスツ(United Artists)へ移籍した彼らが、1975年に発表した通算6作目のアルバムが、この『ビースト・フロム・ジ・イースト(Beast From The East)』だ。
東海岸の野性とフィリー・ソウルの洗練が交錯するサウンド
西海岸のサンタナ(Santana)やタワー・オブ・パワー(Tower of Power)の爽快感に対し、ニューヨーク・イーストコーストのタフで混沌としたゲットーの熱気を体現し続けてきたマンドリル。アルバム名『Beast From The East(東からの野獣)』が誇示するように、本作は彼らのルーツである強靭なストリート・ファンクの切れ味を前面に押し出した一枚となっている。
レコーディングはカリフォルニア州バーバンクのケンズン・レコーダーズに加え、フィリー・ソウルの聖地であるフィラデルフィアのシグマ・サウンド・スタジオ(Sigma Sound Studios)でも敢行。流麗なストリングスやフィリー特有の洗練されたグルーヴを吸収しつつも、骨太なホーン・セクションとワイルドなパーカッションが炸裂する独自のアンサンブルを構築している。
カリプソ・ディスコから故郷パナマへのオマージュまで
アルバムの冒頭を飾る「Disco Lypso」は、当時急速に台頭していたディスコ・ビートと、カリブ海伝統のカリプソのリズムを大胆に融合させた先駆的なクロスオーバー・ナンバー。陽気なスティール・ドラム調のパーカッションと祝祭感あふれるコーラスが躍動する。
続く「Honey-Butt」や「Livin’ It Up」では、うねるスラップ・ベースと歪んだロック・ギター、分厚いブラス・リフが一体となったマンドリル節全開の重量級ヘヴィ・ファンクを展開。また、B面に収められた「Panama」は、ウィルソン兄弟の生まれ故郷への熱い郷愁とアフロ・キューバン・リズムへの深い敬意が込められた名曲であり、哀愁を帯びたフルートと熱狂的なコンガの乱れ打ちが胸を打つ。さらに、シンセサイザーのスペーシーな響きを取り入れたジャズ・ファンク「Aqua-Magic」や「Synthia Song」など、70年代半ばらしいコズミックな音響実験も聴き逃せない。
ヒップホップ世代を魅了し続ける無敵のブレイクビーツの宝庫
パブリック・エナミー(Public Enemy)やカニエ・ウェスト(Kanye West)、エミネム(Eminem)ら数多くのヒップホップ・プロデューサーからサンプリングの宝庫として崇められてきたマンドリル。ジャンルの境界線を軽々と踏み越え、人種や文化のハイブリッドをグルーヴへと昇華させた本作は、70年代レア・グルーヴ/ラテン・ファンクの豊かなダイナミズムを余すところなく捉えた傑作だ。
トラックリスト
- A1 - Disco Lypso (4:01)
- A2 - Honey-Butt (4:57)
- A3 - Livin' It Up (4:22)
- A4 - Love Is Happiness (4:50)
- B1 - Ratchet (Como Se Va La Cosa) (3:09)
- B2 - Dirty Ole Man (3:21)
- B3 - Panama (3:48)
- B4 - Aqua-Magic (4:12)
- B5 - Synthia Song (3:09)
- B6 - Peaceful Atmosphere (0:42)
Commodity Fetish – The Through Line / Iron Hop (1986)
「コモディティ・フェティッシュ(商品物神性)」――カール・マルクスの『資本論』における中心概念をプロジェクト名に掲げ、1986年に突如としてニューヨークのサボタージュ・スタジオ(Sabotage Studios)からリリースされた謎多き自主制作12インチ・シングル。それがこの『ザ・スルー・ライン/アイアン・ホップ(The Through Line / Iron Hop)』だ。
「数台の機械と2人の人間」が鳴らす冷徹なポスト・インダストリアル
ジャケットの裏面に記されたステートメント「Commodity Fetish is composed of several machines and two humans(コモディティ・フェティッシュは数台の機械と2人の人間で構成されている)」、そしてオーストリアの社会思想家イヴァン・イリイチ(Ivan Illich)の言葉からの引用(「時間のなかの人間において、リズムとは法であり、それを通じて私たちの対話は沈黙と響きの陰陽となる」)が象徴するように、本作は80年代半ばの高度消費社会と機械文明に対する痛烈なアイロニーを内包したコンセプチュアルな電子音楽作品だ。
ニューヨークの名門マスタリング・スタジオ「マスターディスク(Masterdisk)」でラッカーが刻まれた本作。当時のアンダーグラウンドでは珍しいフル・デジタル・レコーディングを標榜しながらも、無機質なサンプリングと肉体的なビートが衝突する音像は、ベルギーのフロント242(Front 242)や英国のカバレット・ヴォルテール(Cabaret Voltaire)が牽引していた初期EBM(エレクトロニック・ボディ・ミュージック)やミニマル・ウェーヴの狂騒と共振している。
94BPMの不穏なミニマリズムと、128BPMのメタリックな疾走
本作のレコード盤面にはご丁寧にそれぞれのBPM(テンポ)が明記されており、A面「The Through Line」は94BPM、B面「Iron Hop」は128BPMという極端なコントラストを描いている(なおジャケット背面の曲順表記と実際の盤面の収録順が逆になっているという、初期インディーズ盤ならではのミスプリントもコレクター心をくすぐる)。
A面「The Through Line」は、重厚なキックと金属的なシークエンスがじわじわと反復されるミッドテンポのインダストリアル・ファンク。冷徹なシンセサイザーのベースラインと、機械の軋みのような金属ノイズ、断片的なスポークン・ワードが交錯し、冷戦末期の硬質な緊張感を醸し出す。
対するB面「Iron Hop」は、128BPMのハイテンションなビートがフロアを直撃するキラーなEBMダンサー。初期シカゴ・ハウスやエレクトロのグルーヴ感を取り込みつつも、叩きつけられる無機質なスネアと歪んだシンセ・リードが暴れ回る音像は、90年代のハード・ミニマル・テクノやダーク・エレクトロの先駆けとも言える鋭利な破壊力を放っている。
80年代米インディペンデント電子音響の知られざる秘宝
グラハム・フランソワ(Graham Francois)が手掛けた幾何学的でアジテーション性の高いジャケット・アートも含め、DIY精神と知的なアヴァンギャルド感覚が結晶化した本作。長らくごく一部のカルト・コレクターの間でのみ語り継がれてきたが、近年の初期EBM/コールド・ウェイヴ再評価の文脈において、80年代アメリカ東海岸の電子音楽地下水脈を物語る貴重な証言として強い輝きを放ち続けている。
トラックリスト
- A - The Through Line (5:08)
- B - Iron Hop (4:18)
Visitors – Visitors (1981)
フレンチ・カルト・ロック界における最大の狂人/奇才プロデューサーとして、レ・マレディクタス・サウンド(Les Maledictus Sound)やオホリフィック・チャイルド(Horrific Child)などの伝説的カルト作を生み出したジャン=ピエール・マシエラ(Jean-Pierre Massiera)。彼が1974年にマグマ(Magma)人脈などを集結させて始動させた異星人コンタクト系スペース・ロック・プロジェクト「ヴィジターズ(Visitors)」を、1980年代の幕開けとともにコズミック・ディスコ/エレクトロ・スペース・ロックへと大胆にアップデートしたのが、1981年発表の本作『ヴィジターズ(Visitors)』だ。
70年代プログレから80年代コズミック・シンセ・ディスコへの劇的転生
1974年の第1作(アメリカではバンド名商標権の都合から『Force 5』名義で配給)では、変拍子と狂気のサイケデリック・プログレを展開していたヴィジターズ。しかし1981年にパリのスタジオJ.ジョレスで録音された本作では、同時期のロケッツ(Rockets)やスペース(Space)、ジョルジオ・モロダー(Giorgio Moroder)の台頭に呼応するかのように、脈打つシーケンサーとボコーダー、そして図太いシンセ・ベースを主軸にした近未来型エレクトロ・サウンドへと劇的な変貌を遂げている。
アルバムの象徴となるオープニング曲「V-I-S-I-T-O-R-S ’81」は、ロボティックなボコーダー・ボイスで綴られるスペルコールと、疾走する16ビートのシンセ・アルペジオが炸裂するスペース・ディスコの決定打。チープとスペクタクルが紙一重で同居するマシエラ特有のキッチュなSF美学が全開となっており、のちのイタロ・ディスコやフレンチ・エレクトロのDJ陣からもカルト的人気を博すキラー・チューンだ。
ギタリストのベルナール・トレリと繰り広げるハード・エレクトロ・ファンク
本作のサウンドに鋭利なエッジを与えているのが、74年の初期ヴィジターズからの盟友であり、のちに米国サンディエゴのトラック・スター・スタジオで数々のグラミー関連作を手掛ける名エンジニア/ギタリスト、ベルナール・トレリ(Bernard Torelli)のプレイだ。「Everybody Now!」や「Don’t Squeeze!」では、シンセサイザーの無機質なグリッドに対し、トレリのファンキーなカッティングと唸りを上げるハード・ロック調のギターソロが激突し、ロック・バンドならではの生々しいダイナミズムを生み出している。
フランス語・イタリア語・英語の3言語が入り乱れる扇情的なメッセージが乗る「Reveille Toi – Svegliati – Get Up!」や、エレクトロ・ポップのキャッチーなリフレインが耳に残る「A-E-I-E-O」、ディストピア的な監視社会を想起させるシリアスなシンセ・ファンク「Mental Slavery」など、マシエラの奇矯なアイデアが怒涛のように繰り出される。さらにB面のハイライト「Joyo Can You Hear (Part 1 & 2)」では、メランコリックなバラードから壮大なコズミック・シンフォニーへと昇華していく構成美を聴かせ、プログレッシブ・ロックを出自に持つ音楽家としての確かな構築力を証明している。
フレンチ・エレクトロの地下水脈に君臨するミュータント・クラシック
B級映画的なスペース・オペラの過剰な演出と、時代の最先端をいく電子音響が奇跡的なバランスで融合した1981年版『Visitors』。ダフト・パンク(Daft Punk)やジャスティス(Justice)へと繋がるフランス産シンセ・ミュージックの怪しげな地下水脈を辿る上でも外せない、中毒性の高いミュータント・スペース・ディスコの金字塔だ。
トラックリスト
- A1 - V-I-S-I-T-O-R-S '81 (4:32)
- A2 - Everybody Now! (3:05)
- A3 - A-E-I-E-O (3:37)
- A4 - Reveille Toi - Svegliati - Get Up! (3:37)
- A5 - Mental Slavery (3:31)
- B1 - Joyo Can You Hear (Part 1) (3:53)
- B2 - Joyo Can You Hear (Part 2) (4:32)
- B3 - Don't Squeeze! (3:37)
- B4 - Try (3:43)
The Incredible String Band – The Big Huge (1969)
英国アシッド・フォーク/サイケデリック・フォークの最高峰として君臨し、ビートルズやレッド・ツェッペリン、さらにはのちのフリーク・フォーク勢にまで絶大な影響を与えたスコットランド発のグループ、ジ・インクレディブル・ストリング・バンド(The Incredible String Band)。彼らが名匠ジョー・ボイド(Joe Boyd)のプロデュースのもと、1968年後半に録音し、英国での2枚組大作『Wee Tam and the Big Huge』の後半部として、米国ではエレクトラ(Elektra Records)から1969年に単独LPとして分売された金字塔が、この『ザ・ビッグ・ヒュージ(The Big Huge)』だ。
ケルトの民間伝承と東洋神秘主義が交錯するコズミックな音世界
『The 5000 Spirits or the Layers of the Onion』や『The Hangman’s Beautiful Daughter』でサイケデリック・フォークの表現領域を一気に押し広げたロビン・ウィリアムソン(Robin Williamson)とマイク・ヘロン(Mike Heron)。パートナーのリコリス・マッケクニーやローズ・シンプソンを交えた4人体制で制作された本作は、日常の営みや素朴な自然を描いた『Wee Tam』に対し、広大無辺な宇宙の運行や東洋哲学、神秘主義的ヴィジョンへと深く分け入った瞑想的な性格を帯びている。
その極致が、アルバムの幕開けを飾る9分超の叙事詩「Maya」だ。ヒンドゥー教の「マーヤー(現世の幻影)」をモチーフに、シタールやシェーナイ、サラング、ウードといった多彩な東洋・中東楽器が交錯するなか、ウィリアムソンの歌声は存在の儚さと超越的な美を幻惑的なリズムに乗せて歌い上げる。さらに、禅の思想に触発された著書『頭がない男(On Having No Head)』で知られる哲学者ダグラス・ハーディングに捧げられた「Douglas Traherne Harding」など、60年代後半のカウンターカルチャーが希求した精神世界の探求が生々しく刻まれている。
ジョー・ボイドとジョン・ウッドが捉えたアコースティックの生々しい立体美
本作のサウンドを語る上で欠かせないのが、ロンドンのサウンド・テクニクス・スタジオにおいてプロデューサーのジョー・ボイドと名エンジニアのジョン・ウッドが創り上げた卓越した音響空間だ。ニック・ドレイクやフェアポート・コンヴェンションを手掛けた黄金コンビによる録音は、生楽器の一音一音の擦れや倍音、ハルモニウムの呼吸までもが生々しい立体感をもって記録されている。
マイク・ヘロンによる「Cousin Caterpillar」では、毛虫の変態を寓話的に捉えた素朴なユーモアと、万物に魂が宿るアニミズム的な世界観がアコースティック・ギターとマンドリンの温かな調べに乗せて奏でられる。また、ウィリアムソンによる「The Iron Stone」の重層的でプログレッシブな展開や、祈りのように穏やかな讃歌「The Circle Is Unbroken」の神聖な旋律は、トラディショナル・フォークの形式美を解体・再構築した彼らの独創的なソングライティングの頂点を示している。
ウッドストック前夜、ヒッピー・カルチャーの純粋な夢を伝える不朽の遺産
本作をリリースした1969年、彼らは歴史的なウッドストック・フェスティバルのステージに立ち、世界的な注目を浴びることとなる。電気楽器による爆音のロックが台頭する嵐のなかで、世界の民族楽器と古風な詩情、そして自然への畏敬を抱きながら孤高のユートピアを築き上げたインクレディブル・ストリング・バンド。『The Big Huge』は、サイケデリック・ムーブメントが到達した最も純粋で霊的な美を永遠に留めた、英国フォーク史に燦然と輝く名盤だ。
トラックリスト
- A1 - Maya (9:24)
- A2 - Greatest Friend (3:30)
- A3 - The Son Of Noah's Brother (0:16)
- A4 - Lordly Nightshade (5:13)
- A5 - The Mountain Of God (1:51)
- B1 - Cousin Caterpillar (5:15)
- B2 - The Iron Stone (6:33)
- B3 - Douglas Traherne Harding (6:15)
- B4 - The Circle Is Unbroken (4:47)
Rainman – Rainman (2021)
オランダのビート/ガレージ・ロック・シーン「ネーデルビート(Nederbeat)」の最高峰として知られる伝説的バンド、Q65。そのギタリスト兼メイン・ソングライターであったフランク・ナイエンス(Frank Nuyens)が、バンドの解散・活動休止期に「レインマン(Rainman)」名義で1971年にネグラム(Negram)から発表した唯一のソロ・アルバム。2021年にミュージック・オン・ヴァイナル(Music On Vinyl)から「50周年記念盤」として180g重量透明グリーン盤で限定復刻されたのが、この『レインマン(Rainman)』だ。
粗暴なガレージ・ビートから、内省的で牧歌的なアシッド・フォークへの転身
「The Life I Live」や傑作『Revolution』(1966年)で聴かせたQ65の荒削りで暴力的なR&Bビートとは打って変わり、本作でフランク・ナイエンスが提示したのは、雨空のように仄暗く、そして温かなアコースティック・シンガーソングライター/フォーク・ロックの世界だ。
アコースティック・ギターの爪弾きとメランコリックなハーモニカの音色、そしてナイエンスの素朴で飾らないボーカルが全編を包み込む。ニック・ドレイク(Nick Drake)やティム・ハーディン(Tim Hardin)、ドノヴァン(Donovan)といった英米のフォーク/アシッド・フォークの先達からの影響を色濃く感じさせつつも、低地国オランダ特有の湿り気を帯びた哀愁とノスタルジーが独自の気品を与えている。
盟友ジェイ・バーの作詞と、オランダ・ロックの名手たちが紡ぐアンサンブル
本作の大きな魅力となっているのが、Q65の盟友ドラマーであり優れた詩人でもあったジェイ・バー(Jay Baar)の存在だ。ナイエンスが作曲した繊細なメロディに対し、バーが内省的な詩を提供し、楽曲の深みを決定づけている。さらにバー自身もドラムスで参加しているほか、キュ―ビー+ブリザーズ(Cuby + Blizzards)で活躍した名ドラマー、ディック・ビークマン(Dick Beekman)らオランダ・ロック界の名手が集結。ハーグのGTBスタジオおよびハールレムのボヴェマ・スタジオで録音された音像は、アンプラグドな親密さとサイケデリックな揺らぎが同居する見事なアンサンブルを描き出している。
タイトル曲「Rainman」の静謐なイントロから、切々とした歌声が胸を打つ「Natural Man」、どこかドノヴァンを思わせる軽妙なフォーク・ポップ「Don’t」、そして哀愁のフルートとアコースティック・リフが絡み合う名曲「Vicious Circle」へと続く前半部は息を呑む完成度だ。また、米フォーク界の名匠ティム・ハーディンの代表曲「Don’t Make Promises」のカバーも秀逸で、原曲の痛切さをナイエンス流の優しいフォーキー・サイケへと見事に昇華させている。
半世紀の時を経て輝きを増す、ダッチ・フォーク・サイケの至宝
B面でも「Money Means Nothing At All」や「Get You To Come Through」など、商業主義に背を向けたかのようなピュアなフォーク・ロックが展開される。当時のオランダ本国でもメガヒットには至らず、長らくサイケ/フォーク愛好家の間で「失われた名盤」として語り継がれてきた本作。半世紀を経た2021年のリイシューによって、フランク・ナイエンスという類まれなソングライターが残した最も誠実で美しい個人的な歌が、時代を超えて再び静かに鳴り響いている。
トラックリスト
- A1 - Rainman
- A2 - Natural Man
- A3 - Don't
- A4 - Vicious Circle
- A5 - Don't Make Promises
- A6 - You Will Be Freed By Me
- B1 - Money Means Nothing At All
- B2 - Get You To Come Through
- B3 - She Told Me So
- B4 - They Didn't Feel
- B5 - The Joy That Is Inside
Negasphere – Disadvantage (1985)
ノヴェラ(Novela)やアウター・リミッツ(Outer Limits)、ページェント(Pageant)、ジェラルド(Gerard)らが群雄割拠し、インディペンデント・レーベルを主軸に空前の熱狂を見せていた1980年代中盤のジャパニーズ・プログレッシブ・ロック・シーン。その隆盛期の只中である1985年、ディスクユニオン傘下の気鋭レーベルDIW(DIW Records)からリリースされたネガスフィア(Negasphere)のセカンド・アルバムが、この『ディスアドヴァンテージ(Disadvantage)』だ。
専任ボーカルの加入とツイン・キーボードによるシンフォニックの深化
1970年代末の結成から長いアンダーグラウンド活動を経て、1984年の自主制作デビュー作『Castle In The Air(砂上の楼閣)』でプログレ・リスナーに衝撃を与えたネガスフィア。続く本作では、新たに専任ボーカリストとして平田史朗を迎え入れたことで、バンドの表現力とメロディの訴求力が飛躍的な進化を遂げている。
サウンドの骨格を成すのは、菅野恵と川崎薫による重厚なツイン・キーボード編成だ。アナログ・シンセサイザーのポリフォニックなレイヤーやストリングス・アンサンブル、時にバロック音楽を思わせるクラシカルな対位法が幾重にも交錯し、80年代初頭のUKネオ・プログレッシブ・ロック(マリリオンやIQなど)やキャメル(Camel)の叙情美に通じる幻想的な音響空間を構築している。平田の情感豊かな英語ボーカルが乗ることで、当時の和製プログレにありがちだったアングラ劇画調の湿り気とは一線を画す、洗練されたインターナショナルな構築美を獲得した。
キャッチーな前半部から17分超の大作「Empty And Meaningless Hot」へ
アナログ盤A面は、変拍子を巧みに配したスリリングなオープニング「Family」や、哀愁漂うメロディが疾走する「Change Your Fate」、前作のタイトルを冠したドラマティックな「Castle In The Air」など、ポップなフックとプログレ的展開がコンパクトに凝縮された佳曲が並ぶ。付属のソノシート(Flexi Disc)に別テイクが収録されたことでも知られる「Change Your Fate」の伸びやかなギターソロとシンセの掛け合いは、まさに80年代シンフォニック・ロックの醍醐味だ。
そして本作の白眉となるのが、B面の大部分を占める17分40秒の大曲「Empty And Meaningless Hot」である。静謐なピアノとアコースティック・ギターのアルペジオによる序奏から、ダイナミックなリズムセクションの突入、そして幾重にも押し寄せるシンセサイザーの壮麗なテーマへと、組曲形式で変幻自在に展開していく。虚無と熱情が交錯するコンセプチュアルな詞世界をドラマティックに描ききったこの長編は、80年代日本のシンフォニック・ロック史において指折りの完成度を誇る。
80年代和製プログレ・インディーズの結晶
ロジャー・ディーンを彷彿とさせる幻想的なジャケット・アートワークや、帯と歌詞カードが一体となった装丁、さらには貴重なソノシートの封入など、フィジカル作品としての美意識が徹底されていた『Disadvantage』。バンドはこの後メンバーチェンジを経て活動を停止してしまうが、のちにアルカンジェロ(Arcangelo)等からリイシューされ、国内外のシンフォニック・ロック・ファンから熱狂的な支持を受け続けている。80年代の日本のロックが持つ豊かな多様性と技巧の粋を今に伝える、見逃せない名盤だ。
トラックリスト
- A1 - Family (3:01)
- A2 - Change Your Fate (5:05)
- A3 - Castle In The Air (4:42)
- A4 - However Hard May I Try (4:42)
- A5 - Son To Father (3:10)
- B1 - Through The White Darkness (3:57)
- B2.I - Empty And Meaningless Hot - Part 1 (10:39)
- B2.II - Empty And Meaningless Hot - Part 2 (2:56)
- B2.III - Empty And Meaningless Hot - Part 3 (4:06)
- Flexi disc
- C - Change Your Fate (Different Version)
Pallas – Arrive Alive (1983)
1980年代初頭のロンドン・マーキー・クラブ(The Marquee Club)を拠点に、パンク/ニュー・ウェイヴ以降の新たな息吹として巻き起こった「ネオ・プログレッシブ・ロック(ポンプ・ロック)」のムーヴメント。マリリオン(Marillion)やIQ、ペンドラゴン(Pendragon)らとともにその最前線を駆け抜けたスコットランド・アバディーン出身の5人組、パラス(Pallas)が1983年に発表した初期の金字塔的ライブ・アルバムが、この『アライヴ・アライヴ(Arrive Alive)』だ。
自主制作カセットからEMIメジャー契約へと駆け上がった熱狂の原点
1974年に結成され、70年代プログレッシブ・ロックの構築美とNWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)のダイナミズムを融合させながらスコットランドのクラブで腕を磨いていたパラス。本作は1981年4月に故郷スコットランドで行われたライブ音源をグラスゴーのCa-Vaスタジオでミックスダウンし、当初は自主制作カセットテープとして手売りされていた音源が元になっている。
これがアンダーグラウンドのプログレ・ファンや英『サウンズ(Sounds)』誌などの音楽メディアで大反響を呼び、1983年に待望のアナログLP化。マーキー・クラブでの伝説的な連続公演を経て、彼らは大手メジャーレーベルのEMIと契約を交わし、1984年の名作スタジオ盤『The Sentinel』へと結実させていく。本作はその前夜にあたる、荒削りながらも剥き出しのパッションが炸裂したバンド初期のドキュメントである。
ピーター・ガブリエルの狂気を継ぐユアン・ローソンのシアトリカルな怪演
この時期のパラスの求心力となっていたのが、初代ボーカリストであるユアン・ローソン(Euan Lowson)の演劇的(シアトリカル)なステージングだ。初期ジェネシスのピーター・ガブリエルやアレックス・ハーヴェイを想起させる白塗りのメイクや奇怪な衣装を身にまとい、曲ごとに憑依したかのようにドラマを演じ分けるパフォーマンスは熱烈な信奉者を生んだ。
その真骨頂が、B面を締めくくる15分近い大作「The Ripper(切り裂き魔)」だ。当時英国社会を恐怖に陥れていた連続殺人事件の空気を反映し、猟奇的な殺人者の心理を演劇的な語りと絶叫、そして不気味なテンポチェンジで描いたこの楽曲は、マーキー・クラブでの過激な演出が物議を醸し、一時は同会場への出演禁止騒動にまで発展したという逸話を持つ。ローソンの鬼気迫るボーカルと、それを盛り上げるロニー・ブラウン(Ronnie Brown)の重厚なキーボード、ナイル・マシューソン(Niall Mathewson)の叙情的なギターソロが織りなすカタルシスは圧倒的だ。
ヘヴィ・ロックの疾走感とシンフォニックの融合が生んだネオ・プログレの熱気
オープニングを飾るタイトル曲「Arrive Alive」や「Heart Attack」に見られるのは、70年代のプログレ特有の長尺な晦渋さを削ぎ落とし、シンセサイザーのキャッチーなリフとエネルギッシュな8ビートで突進する80年代ならではの切れ味だ。グレアム・マレー(Graeme Murray)の図太いベースラインとマイク・ストーカー(Mike Stobbie/Derek Forman)のタイトなドラミングが牽引するリズム隊の推進力は、同時期のアイアン・メイデンやサクソンといったヘヴィ・メタル勢のリスナーをも巻き込むほどの突進力を誇っていた。
一方で「Queen Of The Deep」や「Crown Of Thorns」で見せるメロディアスなシンフォニック・バラードの美しさも秀逸であり、ダイナミズムと叙情性の振れ幅こそが彼らの真骨頂であることを証明している。スタジオ盤での整音されたサウンドとは異なる、観客の歓声とバンドの生々しいエネルギーが直撃する80年代英国プログレ再興期を象徴する必聴のライブ盤だ。
トラックリスト
- A1 - Arrive Alive
- A2 - Heart Attack
- A3 - Queen Of The Deep
- B1 - Crown Of Thorns
- B2 - The Ripper
Marissa Nadler – Ballads Of Living And Dying (2009)
「冥府の底までついていきたくなる歌声」――米ピッチフォーク誌をはじめとする各メディアを震撼させ、2000年代フリーク・フォーク/アシッド・フォークのムーヴメントのなかでひときわ異彩を放った米シンガーソングライター、マリッサ・ナドラー(Marissa Nadler)。彼女が2004年にエクリプス・レコーズ(Eclipse Records)から発表した鮮烈なデビュー作であり、2009年にブルックリンの名門メキシカン・サマー(Mexican Summer)から限定リイシューされた名盤が、この『バラッズ・オブ・リヴィング・アンド・ダイイング(Ballads Of Living And Dying)』だ。
霧深い荒野から響くようなメゾソプラノと、死生観を巡る古典的バラッド
ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(RISD)で絵画とイラストレーションを専攻していた経歴を持つ彼女の楽曲は、まるで19世紀のゴシック小説やキアロスクーロ(明暗対比)の絵画を思わせる陰影と幽玄な美しさをたたえている。本作の通底音をなすのは、タイトルが示す通り「生と死」の境界線だ。アパラチア民謡や英米のトラディショナル・マーダー・バラッド(殺人・死の伝承歌)が持つ不穏な宿命論を、彼女はパーソナルな喪失感と幻想的な詩世界へと昇華させている。
その文学的な傾倒が鮮やかに現れているのが、アルバムの重要なピースとなる2つの楽曲だ。「Hay Tantos Muertos」はチリの詩人パブロ・ネルーダの詩『ただ死があるばかり(Sólo la muerte)』の一節を引用し、骨や鐘が沈む静寂の死生観を冷冽なトーンで歌い上げる。そしてアルバム本編の終幕を飾る「Annabelle Lee」は、エドガー・アラン・ポーが最愛の妻の死を悼んで綴った名詩『アナベル・リー』を直接のモチーフに据え、海辺の墓標と決して朽ちることのない愛の亡霊を、息をのむほど甘美で悲哀に満ちたメロディで描き出している。
精緻なフィンガーピッキングと、深くリバーブに沈む幽玄な音像
サウンド面での核となるのは、ナドラー自身が爪弾く変則チューニングを用いたアコースティック・ギターの精緻なフィンガーピッキングだ。クラシックやフラメンコの素養を感じさせる端正なアルペジオの上に、バンジョーやスライド・ギター、かすかなパーカッションがそっと寄り添い、過剰な装飾を排したミニマルなアンサンブルが保たれている。
名曲「Fifty Five Falls」や「Box Of Cedar」で聴くことのできる、何層にも重ねられた自身のコーラスワークと深遠なリバーブ処理は、4ADレーベルのコクトー・ツインズ(Cocteau Twins)やマジー・スター(Mazzy Star)のホープ・サンドヴァルを思わせるドリーム・ポップの浮遊感を醸し出している。伝統的なアメリカーナの骨格を持ちながらも、現世から隔絶されたような孤独と冷気が宿るこの独自の音響空間は、本作を単なるフォーク・リバイバルにとどまらない孤高の作品たらしめている。
ゴシック・アメリカーナの原点として燦然と輝く処女作
2009年のメキシカン・サマー盤には、オリジナルLPには未収録だったボーナストラック「Door Slam」が追加収録され、1,000枚限定の手書きナンバリング入りで再評価の波を決定づけた。のちにセイクリッド・ボーンズ(Sacred Bones)やベラ・ユニオン(Bella Union)へと拠点を移し、ドゥーム・メタルやダーク・ウェイヴのリスナー層からも絶大な支持を集めていくマリッサ・ナドラー。その暗美で蠱惑的な世界観のすべてが原液のまま濃縮された、2000年代インディ・フォーク屈指の記念碑的傑作だ。
トラックリスト
- A1 - Fifty Five Falls (5:01)
- A2 - Hay Tantos Muertos (2:51)
- A3 - Stallions (3:11)
- A4 - Undertaker (2:17)
- A5 - Box Of Cedar (4:40)
- B1 - Bird Song (3:08)
- B2 - Mayflower May (3:21)
- B3 - Days Of Rum (4:20)
- B4 - Virginia (2:39)
- B5 - Annabelle Lee (5:15)
- B6 - Door Slam (2:29)
The Albion Band – A Christmas Present From The Albion Band (1987)
フェアポート・コンヴェンション(Fairport Convention)やスティーライ・スパン(Steeleye Span)の創設メンバーとして、英国エレクトリック・トラッド/フォーク・ロックの礎を築いた名伯楽アシュリー・ハッチングス(Ashley Hutchings)。彼が主宰した流動的コレクティブ、ジ・アルビオン・バンド(The Albion Band)が発表した本作『A Christmas Present From The Albion Band』は、英国の冬の情景と古くからのクリスマスの民俗的儀礼を、演劇的な語りとエレクトリック・フォークの手法で見事に描き出したコンセプチュアルな季節盤だ。
冬至祭の民俗学から第一次世界大戦の休戦までを巡る演劇的構成
1980年代半ばからアルビオン・バンドの風物詩として定着したクリスマス・ツアー「An Albion Christmas」の熱気を反映した本作。単なるホリデー・シーズンの定番曲集とは一線を画し、中世から近世にかけてのイングランド文学の朗読とトラディショナル・ソング、さらには同時代のフォーク・ロックをモザイク状に織り交ぜた構成が最大の魅力となっている。
アルバム随所に挿入されるスポークン・ワード(語り)の選定には、民俗学者肌のハッチングスならではの知的なこだわりが光る。16世紀のピューリタン論客フィリップ・スタッブスによる『悪徳の解剖(The Anatomie of Abuses)』(1583年)の辛辣な一節から、チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』、さらにはトマス・ハーディの小説『緑の木陰の下で(Under the Greenwood Tree)』のテキストに至るまで、祝祭に沸く村人たちの息づかいや宗教的・社会的な摩擦の歴史が立体的に浮かび上がる。特にB面のクライマックスでは、第一次世界大戦の記録テキストを背景に、英国の軍歌「Keep the Home Fires Burning」とドイツの聖歌「Es ist ein Ros entsprungen(一輪のばらが咲いて)」が重なり合い、1914年冬の最前線で起きた奇跡の「クリスマス休戦」の光景を痛切な祈りとともに立ち上げている。
キャシー・ルサーフの澄徹な歌声と、フィル・ビアの名人芸
80年代中盤のアルビオン・バンドを支えた布陣も極めて充実している。看板ボーカリストであるキャシー・ルサーフ(Cathy Lesurf)の凛とした歌唱は、厳冬の張り詰めた空気を想起させる「In The Bleak Midwinter」や「Tomorrow Shall Be My Dancing Day」において、トラッドの気品と透明感を鮮烈に印象づける。
演奏面を牽引するのは、のちに名フォーク・デュオ「ショウ・オブ・ハンズ(Show of Hands)」を結成するマルチ奏者フィル・ビア(Phil Beer)だ。フィドル、マンドリン、アコースティック&エレクトリック・ギターを自在に持ち替え、中世舞曲「The Official Branle(Ding Dong Merrily On High)」やイングランド西部のワッセイリング(果樹園や家々を巡り豊穣を祈る伝統儀礼)に由来する「Somerset Wassail」で軽快かつ力強いグルーヴを生み出している。さらにザ・バンド(The Band)のロビー・ロバートソンが書いた名曲「Christmas Must Be Tonight」をルーツ・ロック調にカバーし、伝統曲群と違和感なく繋ぎ合わせている点も聴き逃せない。
商業主義とは対極にある、生きた英国民間伝承の温もり
きらびやかな商業ポップスとしてのクリスマス盤とは対照的に、寒風吹きすさぶ田園地帯の暖炉の温もりや、教会や酒場に集う人々の素朴な歓喜をそのままパッケージしたような本作。英国フォーク・ロックのパイオニアたちが、自国のルーツと年中行事に宿る魂を愛情深く掘り下げた、冬の訪れとともに幾度でも針を落としたくなるタイムレスな名作だ。
トラックリスト
- A1 - In The Bleak Midwinter
- A2 - Tomorrow Shall Be My Dancing Day
- A3 - Extract From Phillip Stubbes' ”Anatomie Of Abuses”, 1583
- A4 - The Official Brandle (Ding Dong Merrily On High)
- A5 - Worcester
- A6 - Christmas Must Be Tonight
- A7 - Bells Of Paradise & I Sing Of A Maid
- A8 - Extract From Charles Dickens' A Christmas Carol
- A9 - Welch Rabbit
- B1 - Shepherds Arise
- B2 - Personent Hodie
- B3 - Extract From Thomas Hardy's ”Under The Greenwood Tree”
- B4 - On The Christmas Night All Christians Sing
- B5 - While Shepherds Watched Their Flocks
- B6 - Keep The Homefires Burning, Extracts From Parnell's ”History Of The First World War” & Es Ist Ein Ros
- B7 - Somerset Wassail