Marissa Nadler – Ballads Of Living And Dying (2009)
「冥府の底までついていきたくなる歌声」――米ピッチフォーク誌をはじめとする各メディアを震撼させ、2000年代フリーク・フォーク/アシッド・フォークのムーヴメントのなかでひときわ異彩を放った米シンガーソングライター、マリッサ・ナドラー(Marissa Nadler)。彼女が2004年にエクリプス・レコーズ(Eclipse Records)から発表した鮮烈なデビュー作であり、2009年にブルックリンの名門メキシカン・サマー(Mexican Summer)から限定リイシューされた名盤が、この『バラッズ・オブ・リヴィング・アンド・ダイイング(Ballads Of Living And Dying)』だ。
霧深い荒野から響くようなメゾソプラノと、死生観を巡る古典的バラッド
ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(RISD)で絵画とイラストレーションを専攻していた経歴を持つ彼女の楽曲は、まるで19世紀のゴシック小説やキアロスクーロ(明暗対比)の絵画を思わせる陰影と幽玄な美しさをたたえている。本作の通底音をなすのは、タイトルが示す通り「生と死」の境界線だ。アパラチア民謡や英米のトラディショナル・マーダー・バラッド(殺人・死の伝承歌)が持つ不穏な宿命論を、彼女はパーソナルな喪失感と幻想的な詩世界へと昇華させている。
その文学的な傾倒が鮮やかに現れているのが、アルバムの重要なピースとなる2つの楽曲だ。「Hay Tantos Muertos」はチリの詩人パブロ・ネルーダの詩『ただ死があるばかり(Sólo la muerte)』の一節を引用し、骨や鐘が沈む静寂の死生観を冷冽なトーンで歌い上げる。そしてアルバム本編の終幕を飾る「Annabelle Lee」は、エドガー・アラン・ポーが最愛の妻の死を悼んで綴った名詩『アナベル・リー』を直接のモチーフに据え、海辺の墓標と決して朽ちることのない愛の亡霊を、息をのむほど甘美で悲哀に満ちたメロディで描き出している。
精緻なフィンガーピッキングと、深くリバーブに沈む幽玄な音像
サウンド面での核となるのは、ナドラー自身が爪弾く変則チューニングを用いたアコースティック・ギターの精緻なフィンガーピッキングだ。クラシックやフラメンコの素養を感じさせる端正なアルペジオの上に、バンジョーやスライド・ギター、かすかなパーカッションがそっと寄り添い、過剰な装飾を排したミニマルなアンサンブルが保たれている。
名曲「Fifty Five Falls」や「Box Of Cedar」で聴くことのできる、何層にも重ねられた自身のコーラスワークと深遠なリバーブ処理は、4ADレーベルのコクトー・ツインズ(Cocteau Twins)やマジー・スター(Mazzy Star)のホープ・サンドヴァルを思わせるドリーム・ポップの浮遊感を醸し出している。伝統的なアメリカーナの骨格を持ちながらも、現世から隔絶されたような孤独と冷気が宿るこの独自の音響空間は、本作を単なるフォーク・リバイバルにとどまらない孤高の作品たらしめている。
ゴシック・アメリカーナの原点として燦然と輝く処女作
2009年のメキシカン・サマー盤には、オリジナルLPには未収録だったボーナストラック「Door Slam」が追加収録され、1,000枚限定の手書きナンバリング入りで再評価の波を決定づけた。のちにセイクリッド・ボーンズ(Sacred Bones)やベラ・ユニオン(Bella Union)へと拠点を移し、ドゥーム・メタルやダーク・ウェイヴのリスナー層からも絶大な支持を集めていくマリッサ・ナドラー。その暗美で蠱惑的な世界観のすべてが原液のまま濃縮された、2000年代インディ・フォーク屈指の記念碑的傑作だ。
トラックリスト
- A1 - Fifty Five Falls (5:01)
- A2 - Hay Tantos Muertos (2:51)
- A3 - Stallions (3:11)
- A4 - Undertaker (2:17)
- A5 - Box Of Cedar (4:40)
- B1 - Bird Song (3:08)
- B2 - Mayflower May (3:21)
- B3 - Days Of Rum (4:20)
- B4 - Virginia (2:39)
- B5 - Annabelle Lee (5:15)
- B6 - Door Slam (2:29)